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トランプ「世紀の中東和平案」――パレスチナが拒絶する3つの理由

六辻彰二国際政治学者
TV画面のトランプ大統領の顔に靴を叩きつけるパレスチナ男性(2020.1.28)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ大統領はイスラエルとパレスチナの間の領有権問題「パレスチナ問題」で新たな和平案を提示した
  • しかし、この和平案はイスラエルの実効支配を事実上認め、さらに国際法に反するイスラエル人入植者の権利も認めている
  • そのうえ、ほとんどのアラブ諸国がこの和平案に反対する姿勢をみせないことで、パレスチナの不信感と怒りは大きくなっている

 トランプ大統領はパレスチナ問題に関する和平案を明らかにしたが、これは「反・和平案」とさえ呼べる。

「世紀のディール」の虚実

 中東パレスチナの領有をめぐるイスラエルとパレスチナ人の対立は70年以上に及ぶ。

 これに関して、トランプ大統領は28日、イスラエルのネタニヤフ首相とともにパレスチナ和平案を明らかにした。トランプ氏はこの提案を「WINーWINの解決を可能にする」と強調し、「世紀のディール」と胸を張った

 しかし、一方の当事者であるパレスチナ自治政府のアッバス議長は、もともとアメリカ、イスラエルとともに和平協議に出席していたものの、トランプ案を受け入れられないと協議をボイコットしていた。

 自らが欠席したままの協議の結果として発表されたトランプ案をアッバス議長は「陰謀」と呼び、改めて拒否。これに呼応して、パレスチナ各地で抗議デモが発生する事態となった。

 ワシントンD.C.に拠点をもつアラブ・アメリカン研究所のジェームズ・ゾグビー所長は「この提案がパレスチナ人への侮辱ということをトランプ大統領が分かっていないことが驚きだ」と皮肉っている。

国連決議よりイスラエルの実効支配を優先させる

 それでは、トランプ案の何が問題なのか。以下では、パレスチナ人の不信感と怒りを呼んだ3つの理由をみていこう。

 第一に、イスラエルの実効支配を事実上認める点だ

 トランプ案はエルサレムを「イスラエルの不可分の首都」と認めている。ユダヤ教、キリスト教、イスラームの三宗教のいずれにとっても聖地であるエルサレムは、パレスチナ問題で常に焦点になってきた。

 1967年の第三次中東戦争でイスラエルはエルサレム全体を占領した。その後、イスラエルはエルサレムを首都と定めた。

 しかし、国連決議では西エルサレムがイスラエルに、東エルサレムがパレスチナに、それぞれ帰属すると定められている。

 そのため、統一エルサレムをイスラエルのものと認める国はなかったが、2017年にアメリカはそれまでテルアビブにあった大使館をエルサレムに移転すると発表した

 つまり、今回のトランプ案は国連決議に反する内容を、既成事実として認めているのだ。そのため、国連のグテーレス事務総長がトランプ案に反対しているのは不思議ではない。

 念のために補足すると、トランプ案ではパレスチナが主権国家として独立することを認めており、その場合には「東エルサレムを首都とする」となっている。しかし、そこでいう東エルサレムとは、パレスチナ側が求める市街地ではなく、郊外を指している。

 要するに、この提案はエルサレムをイスラエルのものにすると言っているに等しい

パレスチナ人の土地は返ってこない

 第二に、トランプ案で「イスラエル人もパレスチナ人も住居を追われない」と明記されていることだ。

 エルサレムの扱いとともに、パレスチナ問題で大きな焦点になってきたのが、国連決議でパレスチナ人のものと定められているヨルダン川西岸地区に移住してきたイスラエル人の問題だ。

 四度に及ぶ中東戦争でパレスチナ全域を実効支配したイスラエルは、占領地に国民を定住させてきた。これは国連決議を無視したもので、国際法で禁じられる植民地の建設にあたると批判されてきた。

 そのなかには、もともとパレスチナ人が暮らしていた土地も多い。特に1948年の第一次中東戦争では約70万人が居住地から離れざるを得なかった。その多くは今も難民キャンプで生活し、キャンプ育ちの三世、四世も少なくない。

 「誰も住居を追われない」というトランプ案は、実質的にイスラエル入植者の既得権を認める一方、パレスチナ難民の帰還する権利を無視するものといえる

アラブの「裏切り」

 第三に、そして最後に、パレスチナ人の怒りを増幅させたのは、「アラブ民族、イスラーム世界の兄弟」であるはずのアラブ諸国の多くが、この提案に反発しないことだろう

 トランプ大統領は今回の和平案の発表に合わせて、オマーン、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)の各国の協力に謝意を述べた。パレスチナ人にとって「侮辱」ともいえる協議は、アラブ諸国の仲介のもとで実現したのだ。

 仲介役以外のアラブ国の反応も、総じて微温的なものが目立つ。例えば、サウジアラビアのサルマン国王はトランプ案発表の後、アッバス議長との電話会談で「パレスチナ問題にコミットし続けること」を約束するにとどめ、エジプト外相はイスラエルとパレスチナの双方がトランプ案を精査するべきと述べながら、「この提案がパレスチナ国家の建設に資する」とも付け加えている。これらはどれも、少なくともトランプ案への明確な拒否ではない。

 ほとんどのアラブ諸国は、「イスラーム世界は皆兄弟」という建前とは裏腹に、パレスチナ問題に足を取られることを警戒している。そのうえ、トランプ氏は歴代の大統領のなかでもサウジアラビアとの同盟を重視しており、アラブの盟主たるサウジアラビアがパレスチナ問題に熱心でないことは、これに拍車をかけている。

 そのため、トランプ案を批判するのが、イランやトルコなどアメリカと距離を置いている国ばかりであることは不思議ではない。このうちイラン政府はトランプ案を「世紀の反逆」と呼んで批判している。

 また、イエメンのフーシ派やレバノンのヒズボラなど、イランから支援される武装組織もトランプ案を批判している他、「いくつかのアラブ諸国の共犯と裏切り」にも批判の矛先を向けている。

和平に反する和平案

 イランやそれに支援される武装組織は、イラン核合意からアメリカが離脱したことをきっかけに、アメリカとの対立を深めている。今月初旬には、イラン革命防衛隊の司令官がアメリカ軍によって殺害されたことで、緊張は高止まりしたままだ

 これに加えて、今回の和平案の発表に合わせて、「イスラーム国」(IS)もイスラエル攻撃を警告している

 このタイミングでトランプ氏が、これまでにないほど偏った内容の和平案を打ち出したことは、イランやそれに連なる武装組織だけでなく、国際テロ組織をさらに刺激するとみてよい。少なくともその意味で、トランプ大統領の和平案は和平に反するものといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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