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ウクライナ戦争は年内に終結するか――バイデン政権が中ロより警戒するもの

六辻彰二国際政治学者
マウイ島の被災地を訪問したバイデン大統領(2023.8.21)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカはこれまでの消極姿勢を変化させ、ロシア本土を攻撃できるF-16のウクライナへの供与を認めた
  • その一方で、バイデン政権はウクライナの不興を招きながらもロシアとの和平交渉を模索してきた
  • 来年の大統領選挙を控えて支持率が低迷するバイデンは、ウクライナ戦争の早期終結を、これまで以上に必要にしている

 バイデン政権はあくまでウクライナを支援しながらも、ロシアとの和平交渉に向かわざるを得ない圧力に直面している。アメリカ世論の突き上げである。

F-16供与に転換

 英ロイターは8月18日、ウクライナに戦闘機F-16を提供することをアメリカが承認したと報じた。

 米ロッキード・マーティン製F-16はアメリカ軍の主力戦闘機の一つで、NATO加盟国の多くが配備している。その一部をオランダとデンマークがウクライナに供与することをアメリカが承認したのだ。

デンマークを訪問してF-16のコクピットに乗るウクライナのゼレンスキー大統領(2023.8.20)
デンマークを訪問してF-16のコクピットに乗るウクライナのゼレンスキー大統領(2023.8.20)写真:ロイター/アフロ

 この決定に対してウクライナのゼレンスキー大統領は「まさしく歴史的なもの」「ウクライナの空の盾はさらに強固になる」と歓迎した。

 実際、この決定は大きな意味を持つ。

 ウクライナ政府はこれまでロシアの航空兵力に対抗するためとしてF-16の供与を求めてきたが、アメリカは言を左右にしてこれを断ってきた。ウクライナがロシア本土を攻撃すれば、戦線がさらに拡大する恐れがあるからだ。

 だからこそ、アメリカはF-16だけでなく、地対地ミサイルシステムATACMSをはじめ射程距離の長いミサイルの供与にも、これまで慎重な姿勢をみせてきた。

 その方針が転換されたことは、ドローンなどでロシア本土攻撃を加速させるウクライナに、アメリカがいわば手を引っ張られて、これまで以上にロシアへの軍事的圧力に舵を切った結果ともみえる。

来年初頭まで運用は困難

 ただし、F-16はすぐにウクライナで運用されるわけではない。ウクライナ軍のパイロット訓練が完了していないからだ。

 すでに11カ国が訓練を行っているともいわれるが、オランダやデンマークの担当者にインタビューしたロイターによると、その完了は「来年早い時期」とみられている。

 「パイロットの訓練が終わればF-16の移転を進める」というのがアメリカの方針だ。ということは、今すぐF-16が送られるわけでも、運用されるわけでもない。

 それまでの数ヶ月間、バイデンがひたすらロシアへの軍事的圧力を強めるかは疑問だ。

 アメリカ政府はウクライナ支援と並行して、ロシアとの間で「年末までに和平交渉を行う」ことを交渉中とみられているからだ。

ポーランド軍のF-16(2023.7.4)
ポーランド軍のF-16(2023.7.4)写真:ロイター/アフロ

米ロの非公式極秘会合とは

 米NBCは先月、ロシアのラブロフ外務大臣が国連総会に出席するため4月に国連本部のあるニューヨークを訪れた際、ホワイトハウスに近い人物が接触していたと報じた。

 それによると、ラブロフとの秘密会談に臨んだのは、アメリカ政府の決定に大きな影響力をもつシンクタンク、外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース元代表、国家安全保障会議(NSC)でヨーロッパ問題を担当していたチャールズ・カプチャン、やはりNSCでロシア問題を担当していたトーマス・グラハムの3氏だったといわれる。

 公職にない者が重要な協議を行えるのか疑問を抱くかもしれないが、こうした非正規ルート(バックチャンネルと呼ばれる)の協議は外交の常套手段だ。公職にない者の方が自由に動けるという利点から、政府中枢の「影の交渉人」が行うものをツー・トラック協議という。

 カプチャンとグラハムは4月、CFRの機関誌Foreign Affairsに“The West Needs a New Strategy in Ukraine(欧米はウクライナで新たな戦略をとる必要がある)”と題する論考を連名で発表し、軍事衝突の行き詰まりを打破するため、ウクライナ、ロシア双方が部隊を引き上げたうえで国境周辺に非武装地帯を設けることを提案した。

 3氏もホワイトハウスもラブロフとの極秘交渉に関しては口を閉したままだが、同様の人目をしのぶ会談は他にもしばしば報道されている。

 米ワシントン・ポストは5月、キーウを極秘訪問した中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官がウクライナ当局者との間で、年末までにロシアと和平交渉を行う可能性について協議したと報じた

 バーンズは現職なのでこの場合ツー・トラックではないが、これまでもCIA長官として困難な外交交渉の下準備をしてきた経歴がある。

バイデンが最も恐れるもの

 ロシアとの和平交渉は、アメリカや先進国では評判の悪い選択肢だ。

 ウクライナ東部のドネツクやルハンスクは昨年2月に分離独立を宣言し、ロシアはそれを承認して事実上保護国のように扱っている。戦闘が続くなかで停戦を合意すれば、この現状を認めることになりかねない

 だからこそ、プーチンはこれまでにもしばしば和平交渉を呼びかけてきたが、ゼレンスキーは一貫して拒絶してきた

 ウクライナ政府の反応を無視してまで和平交渉を進めることは、アメリカや先進国にとって妥協に他ならない。

 さらに、ロシアでは民間軍事企業ワグネルの反乱でプーチン体制のほころびが表面化している。そのため、4月のラブロフとの極秘会談をスクープしたNBCも、この段階でわざわざ交渉する必然性があるかを疑問視する専門家が多いと報じている。

 しかし、それでも「第三次世界大戦」や経済への悪影響に対する警戒から、これまでも欧米はしばしばウクライナに交渉を提案してきた。そして今、これまで以上にバイデン政権は戦争の早期終結に向かわせやすくなっている

 その原因は国内の反バイデン世論だ。

「ウクライナ支援」支持の低減

 グローバルな調査企業IPSOSによると、アメリカでは2022年末「たとえエネルギーや食糧の価格がさらに上がっても対ロ貿易を制限すべき」と答えた回答者は45%だった。

 これはロシアによる侵攻直後の昨年3~4月の調査から11ポイント減で、その減少幅はイギリスと並んで主要国中最大だった(ちなみに同じ時期の日本は4ポイント減で45%)。

 アメリカは日本やヨーロッパと異なり、昨年末までにロシア産天然ガスの輸入を全面的に規制したが、インフレが高止まりするなか、これに対する不満も大きくなっている。

 それにつれてバイデン政権の支持は下落している。AP通信とシカゴ大学が8月中旬に行ったインタビュー調査によると、バイデン政権による経済政策を支持したのは36%にとどまった

 さらに同じ調査では、2024年の大統領選挙でバイデンが勝つことを望んだのは24%に過ぎず、トランプ前大統領のカムバックを支持したのは30%だった(トランプ支持者の多くはウクライナ支援に消極的)。

 現在の経済状況にはコロナ禍やウクライナ戦争といった外部要因が大きいが、バイデンの政策もこれと無縁ではない。アメリカ政府がウクライナに供与した援助は、ロシアによる侵攻が始まった昨年2月から今年5月末までに、軍事・民生を含めて750億ドル(10兆円以上)を超えたとみられる。

 そのため、昨年11月の議会中間選挙でもウクライナ支援は大きな争点になり、バイデンの民主党が議会上院を押さえたものの、財政規律を重視する共和党は下院で過半数の議席を獲得した。

ハワイ山火事とウクライナ

 さらに8月8日からのハワイ州マウイ島での山火事で、バイデン政権は大きな被害を受けた家庭に700ドルを支給すると発表したが、ウクライナに対する膨大な支援と比べてあまりに少ないという批判も噴出している。

 2024年は大統領選挙があり、そのレースは今年末から始まる。しかし、バイデンの支持率は再選が危ぶまれるレベルにまで低下している。

 バイデンに限らず、アメリカ大統領が最も注意を払うのはロシアでも中国でもなくアメリカの世論だ。早期に経済を立て直すバイデンにとって「今年の年末までにロシアとの和平合意」は大きな意味がある。

 もちろん、今後の展開は予断を許さない。

 しかし、だからこそ、アメリカが100%ウクライナに付き合うという保証もない。

 歴史を振り返れば、それまで支援した現地勢力の声を大国が最終的に無視することは珍しくない。アメリカの場合も、「共産主義の脅威」を掲げたベトナム戦争でも、「テロの脅威」を強調したアフガニスタン侵攻でも、現地パートナーを自国の都合によって見捨てた歴史がある。

 ほぼ確実なことは、来年に向けてアメリカがますます内向きになることだ。その動向を注視する必要があるという意味では、中ロだけでなく、アメリカと足並みを揃えている同盟国も同じといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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