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トランプふたたび――その新たな相棒は議会下院マッカーシー新議長

六辻彰二国際政治学者
コロナ下でノーマスクで会談するトランプとマッカーシー(2020.5.8)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ前大統領が2024年大統領選挙に立候補することを表明した。
  • 今回の中間選挙で共和党が勝利した議会下院ではマッカーシー議長のもとトランプ色が強くなる公算が高い。
  • 連邦議会議事堂占拠事件などでトランプから支持者が離れた後も、マッカーシーは筋金入りのトランプ支持者であり続けた。

 トランプが帰ってくるかもしれない。さらに強力な相棒とともに。

トランプの出馬表明

 トランプ元大統領が16日、2024年のアメリカ大統領選挙に立候補を表明した。議会中間選挙の前から取りざたされていたが、いよいよ本人が正式に表明した格好だ。

 16日、支持者を前にしてトランプは「バイデンが大統領になって以来、我々は衰退してきた」と述べ、「アメリカを再び偉大で壮大なものにするため」立候補を表明した。その後、話題は不法移民、エネルギー問題、犯罪など各方面におよび、何度も同じことを話したこともあり、スピーチは延々1時間以上に渡ったという。

 あのトランプが帰ってくるかもしれない。

 「アメリカの利益」の名の下、パリ協定をはじめ国際的な取り決めや外国との約束を平気で反故にした男。ウソに近いレベルに事実を誇張してでも存在感を示そうとした男。そして自分が選挙に負けたとなると「選挙の不正」を主張し、アメリカ史の汚点となる議会議事堂占拠事件の引き金を引いた男。

 その差別的な言動や陰謀論者Q-Anonの暗躍、さらに中東パレスチナをはじめあちこちに火種をまき散らす行動など、トランプは歴代大統領のなかでもとりわけ異彩を放った。

 その一方で、アメリカに根強い例外主義(他の国なら許されないこともアメリカは例外的に認められるという考え方)をくすぐり、没落した中間層のフラストレーションをすくいあげることには天才的な嗅覚を発揮した。

 その言動は国際的なインパクトを持つだけに、その評価がこれほど分かれる立候補も珍しいかもしれない。

上院選挙で負けたのは誰のせい?

 ただし、トランプにはかつての影響力がないという見方もある。

 トランプ立候補を訪問中のインドネシアで知らされたバイデン大統領は、記者団の「トランプの支持基盤が相変わらず固い」という指摘に、笑いながら「そんなことはない」と答えた。

 実際、立候補表明の場にはメラニア夫人を除き、前政権時代にトランプを支えたファミリーすら姿をみせなかった。さらに、副大統領を務めたマイク・ペンスは自らが立候補に意欲をもっている。

 その一方で、議会中間選挙でトランプはその知名度を生かし、多くの共和党員を支援したが、それまで共和党が過半数の議席を握っていた上院では民主党にその座を譲った。

 この敗北に関して、共和党員の間でも評価がわれた。「トランプのスタンドプレーがかえって支持者離れを生んだ」という意見がある一方、トランプ支持が鮮明な共和党員からは上院議長ミッチ・マコーネルを非難する声もあがった。

 さまざまな評価はあるとしても、共和党が分裂したこと自体、良くも悪くもトランプの存在感の大きさを象徴する

新たな相棒マッカーシーとは

 そのトランプには新たな相棒とも呼ぶべき味方がいる。中間選挙で共和党が過半数の議席を獲得した議会下院の新議長ケビン・マッカーシーだ。

 マッカーシーはこれまで下院共和党の院内総務、つまり取りまとめ役だった。

 伝統的に二大政党の少数派政党の院内総務は、多数派を握った時に議長の座につく。今回の中間選挙で共和党が下院を握ったため、これまで民主党ナンシー・ペロシが座っていた議長の席にマッカーシーが座ることになる。

 アメリカの大統領制は大統領に強大な権限が与えられているというより、三権分立が極めて厳格である点に最大の特徴がある。イギリスの専制支配から独立した建国の父たちは、権力の独占を何より恐れたからだ。

 そのため、アメリカ連邦議会は立法権を握り、法律の作成を通じて、時には大統領の暴走にブレーキをかけ、時には大統領に行動を促してきた。その議長は議会多数派政党に所属する議員の、事実上のリーダー格にあたる。

 ところで、今回の中間選挙で敗れた上院の議長だったマコーネルは、敗北の責任をめぐって支持者同士の争いが表面化したことに象徴されるように、とりわけ連邦議会議事堂占拠事件をきっかけにトランプと一定の距離を保っていた。

 これに対して、今回下院議長に就任するマッカーシーは筋金いりのトランプ支持者だ。そのため、マッカーシー議長のもとで下院の議会運営が親トランプ色がこれまでより鮮明になったとしても不思議ではない。

トランプばりの「アメリカ第一」

 例えば、2019年にトランプはウクライナのゼレンスキー大統領に対して、武器売却の交換条件として、当時大統領選挙で有力ライバルになると目されていたバイデンとその家族のスキャンダルに関する調査を要求し、これを断られるや武器売却を撤回した。

 このウクライナ疑惑が発覚し、外交と選挙を結びつけたと批判された際、マッカーシーは「大統領は何も悪いことをしていない」と擁護した経緯がある。

 さらに2020年大統領選挙での敗北をめぐり、トランプが支持者に連邦議会議事堂の選挙を煽ったかどうかが問題になった時も、マッカーシーは「大統領に責任はない」と主張した。

 トランプ政権期、側近だった閣僚にも次々とトランプを見限る者が現れたなか、マッカーシーのトランプ支持は際立っていた。

 今回の中間選挙でも、バイデン政権による巨額のウクライナ支援を批判し、「下院を共和党が握ればウクライナにブランク・チェック(金額欄が空白の小切手。「好きなだけやる」の比喩)を渡さない」と主張するなど、トランプばりの「アメリカ第一」に沿った持論を展開して当選している。

 マッカーシーを通じて下院共和党をひきつけたことで、トランプは既に大統領候補選挙の本命になったといえる。少なくとも、混迷する世界の先行きが、これによってさらに不透明になったことは疑いない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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