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アメリカ名門大学で相次ぐパレスチナ支持デモと警察介入――デモ隊は何を要求し、大学は何を恐れたか

六辻彰二国際政治学者
特殊車両を用いてコロンビア大学に突入したニューヨーク市警(2024.4.30)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカ各地の大学でパレスチナ支持のデモ隊が大学にイスラエル関連投資の売却を求めて抗議活動を行なっている。
  • デモ隊の多くは4月末から、大学の要請を受けた警察の介入によって鎮圧・退去された。
  • 多くの大学がデモ隊一掃に乗り出したのは安全や秩序だけが理由ではなく、デモ隊が「反ユダヤ主義を煽っている」とみたためである。

“擬似戦場”と化した大学

 アメリカ各地の名門大学でパレスチナ支持のデモ隊による占拠と、これに対する警官の突入が相次いでいる。大学が“擬似戦場”と化すのは、ベトナム戦争反対を掲げた反戦デモが全米に吹き荒れた1960年代末のこと以来だ。

 ガザでの戦闘は3万人以上ともいわれる死者を出しており、イスラエルを支持する先進国以外のほとんどからは批判を集めている。アメリカはその中核にあり、国内でも若者を中心に「虐殺への加担」への批判は噴出している。

 例えばニューヨーク州のコロンビア大学では4月30日、約100人が逮捕された。同大学では歴史ある建造物ハミルトン・ホールが約200人のデモ隊によって占拠・破損されていた。

 ハミルトン・ホールはベトナム戦争時代の1968年にも占拠された歴史がある。

 このほかイエール大学、ブラウン大学、UCLA(カリフォルニア大学ロスアンゼルス校)、フロリダ大学などでも、大学当局の介入要請を受けた警官隊がデモ隊と衝突し、多くの逮捕者を出した。一部の大学では警察が催涙弾を用いたという報告もある。

 デモ隊の多くはパレスチナ支持を打ち出していて、大学にイスラエルに関連する企業などへの投資を売却するよう求めている。

 研究・教育機関である大学の資金がイスラエルに流れるとはどういう意味か。

「大学の資金が占領に使われる」

 アメリカの多くの大学は寄付などで賄われていて、とりわけ著名な卒業生を輩出し、海外からの留学生も多く集めている名門大学のなかには巨大な資産を持つところも少なくなく、例えばコロンビア大学の総資産は136億ドルにのぼるといわれる。

 その一方で、公的な助成が少ない私学の場合、日本の私学に比べても資産運用の裁量が大きく、巨額の資金をヘッジファンドなどに投入する大学も少なくないが、財務の公開性・透明性は株式会社と比べて低い。

 パレスチナ支持の学生デモ隊は、こうした大学がイスラエル企業に投資することを「虐殺に加担している」と批判する。

 これまでにも大学はしばしば批判を受けて、資産売却と投資先変更を余儀なくされてきた。そのなかにはアパルトヘイト時代の南アフリカ企業のほか、石油企業や民間刑務所などへのものが含まれる。

 『象牙の塔の金融業者』という著書のあるカリフォルニア大学チャーリー・イートン准教授はCNNの取材に「コロンビア大学はイスラエル関連投資の売却に踏み切らざるを得ない」と指摘するが、これまでのところコロンビア大学を含むどの大学も資産売却に踏み切っていない。

“表現の自由”vs.“反ユダヤ主義”

 イスラエル関連投資の売却が進まない一つの理由は、効果に疑問があるからだ。

 イエール大学の財政にもかかわるキャリー・クロジンスキー博士は「ほとんどの大学が保有する投資資産の多くは国債など公的なものが多く、民間企業のものは全体の0.1%に過ぎない」と説明する。

 つまり、売却してもイスラエルに制裁するほどの意味はない、というのだ。

 さらに、たとえアメリカの大学がイスラエル関連資産を売却しても、他の企業などが買ってしまえば何も変わらないという指摘もある。

 もっとも、ほとんどの大学が資産売却に消極的なのは、こうした経済合理的な判断だけが理由とも思えない。

 むしろ根本的な理由は、ほとんどの大学がパレスチナ支持デモ隊を不当な政治活動とみなしていることにある。

 ほとんどのデモ隊は“表現の自由”を掲げており、有識者の間にもこれを支持する見方はある。

 これに対して、警察に介入を要請した大学の多くは表現の自由を否定しないものの、デモ隊が不法占拠などで授業や学校行事を妨害しているだけでなく、反ユダヤ主義(反セム主義ともいう)を煽っているとみている。

 パレスチナ支持のデモが拡大するにつれ、多くの大学では一般のユダヤ系学生への嫌がらせや脅迫が相次ぎ、大学への苦情も増えた。パレスチナ支持のデモ隊のなかには「シオニストは生きる価値がない」と叫ぶ者さえある。

反ユダヤ主義だけか

 こうした背景のもと、多くの大学はパレスチナ支持のデモ隊を反ユダヤ主義の温床と捉えており、その排除にはホワイトハウスも反対していない。

 しかし、注意すべきは、高まっているのは反ユダヤ主義だけでなく、反パレスチナ、反アラブの風潮も同じということだ。

 スタンフォード大学では昨年11月、キャンパス内でアラブ系学生がひき逃げされた。警察はヘイトクライムとして捜査している。

 やはり昨年11月、バーモント大学のそばを歩いていたアラブ系学生3人が白人男性に銃撃されて重傷を負った。学生たちはパレスチナ支持を示す白地に黒の模様が入ったスカーフ(クフィーヤ)を身につけていた。

 この他、アラブ系学生への暴行、脅迫、さらに「パレスチナに死を」といったヘイトメッセージがキャンパス内に残されるといった事件は、昨年以来多くの大学で報告されている。

 つまり、安全を脅かされているのはユダヤ系学生だけではない。

「反ユダヤ主義」のレッテルを恐れて

 それに加えて学生同士のトラブルも増えていて、例えばUCLAではパレスチナ支持のデモ隊が築いたバリケードをイスラエル支持者が取り壊そうとして衝突に至った。

 さらに、大学にイスラエル関連投資の売却を求めるデモにはユダヤ系学生も参加している。

 とすると、ユダヤ系を単なる被害者としてのみ描き、そのうえ「イスラエルの軍事活動に反対=反ユダヤ主義」とイメージ化するのは、ベトナム戦争時代の「戦争反対=共産主義者」というレッテル張りと同じくらい一方的すぎるだろう。

 それでも大学当局には「反ユダヤ主義」のレッテルを回避しなければならないプレッシャーが働きやすい。

 今年1月、ハーバード大学で有色人種の女性として初めて学長に就任したクローディーン・ゲイ教授は、在任わずか6ヶ月で辞職に追い込まれた。きっかけは「ユダヤ系学生の安全に熱心でない」とみなされ、ホワイトハウスや議会からも非難にさらされたことだった。

 つまり、大学でのデモ対排除の一件は、国ぐるみで「反ユダヤ主義」とみなされないことにエネルギーを注ぐアメリカの傾向を、改めて浮き彫りにしたといえる。

 それだけユダヤ系が大きな社会的影響力をもっているということなのだろうが、その一方的なテコ入れがアメリカの分断をさらに促すことも想像に難くない。

 特にこれまでマイノリティ支援を重視してきた民主党支持者の間の分断は深刻だ。それはイスラエル支援を主導し、大統領選挙を控えたバイデン自身の首を締めるものでもあるのだ。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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