なぜ井岡一翔は「格の違いを見せる」の有言実行を果たし田中恒成に8回TKO勝利できたのか…「違った拳の重み」
ボクシングという競技の重要なキーワードである距離を自在に操り、左で若き挑戦者を支配した。左を打っては離れ、右を当ててはダッキングでもぐりこむ。早々にパンチを見切りガードとポジショニングを絶妙に組み合わせながら田中のスピードと勢いを封じ込めた。典型的なシーンが4回に。コーナーに追い詰められ、連打を許すが、すべてのパンチをガードと上体の動きで外していたのである。“神ディフェンス”だった。 「最初から余裕もって距離とポジションを作った。相手に合わさず自分のポジション変え打ち終わり(にパンチを狙うこと)を意識してできた。それが自然とラウンドを増す毎にはまっていった」 格の違いとはこういうことだ。井岡ワールドに相手をはめていくのである。 4ラウンドまでの攻防がこの試合のポイントだった。田中が勝つには、ここを制するしかなかった。田中も「序盤から行こうと思っていた」という。右ストレートに手ごたえがあった1ラウンドを「取れたと思ったが、セコンドに帰ると“よくない”と言われた。それが最初の誤算だった」とも振り返った。3人のジャッジのうち2人が38-38、1人が39―37で井岡を支持していた。 5ラウンド。手詰まりの田中の攻撃が粗くなった。嗅覚を研ぎ澄ましていた井岡は、そこに罠を張った。右ストレートを見せて左を誘い、そこにドンピシャのタイミングで左を合わせた。おそらく消えたパンチだったのだろう。ダウンした田中は、キャンバズの上に背中から落ち半回転するほどのダメージを負い鼻血を噴き出した。 「徹底して左フックのカウンターを狙っていたわけじゃない」 井岡は、田中が力んで左を打つ際に右のガードが下がり被弾率が高くなる癖を見抜いていた。井岡は6ラウンドにも2度目のダウンを奪う。これも左のフック。ガードの上、内と打ち分けたダブルのブローである。それでも井岡はフィニッシュにはいかなかった。 「判定では勝っている。このままうまく余裕を持って戦おうと思っていた」 逆にもう倒すしかなくなった田中は最後の力を振り絞る、それは井岡の蟻地獄の中でもがく最後の断末魔の叫びに似ていた。 元WBA世界スーパーフライ級王者の飯田覚士氏は、井岡のいわゆるシフトチェンジと言われるディフェンステクニックは、あの無敗の5階級制覇王者、フロイド・メイウェザー・ジュニア(米国)に通じるものがあると指摘した。 「顔をわざと少し前に置き前の足に重心があるように見せて、実は後ろ足に置き、田中のパンチを上半身を後ろに引くように距離を作って外す。田中のパンチは届かない。そういうディフェンスだからすぐに反撃に移れる。高度なテクニック。キャリアの差を見せつけた」 新型コロナ禍の影響で1年のブランクを作ったが、31歳になった井岡は何ひとつ錆びついていなかった。筋肉と神経を結びつける処理能力を高める「ピラティス」を取り入れるなどの努力を重ね、むしろ、そのテクニックは円熟味を増したと言える。