教育実習なしで先生になれるもうひとつの問題 ミスマッチが増える危険性
新型コロナの対応などで学校現場がてんやわんやの状態であることに配慮して、今年度は教育実習をしなくても、教員になれる道を、先日(8/11)、文科省は認めました。代わりに大学等での模擬授業や講義を受講すればよいという特例的な措置です。
このことに関連して、そもそも、教員養成に問題はないのか、また採用されたあとの育成はどうなっているのかなどの問題点を前回の記事では指摘しました。きょうは、教育実習が採用に果たしてきた役割、機能に注目した話をしたいと思います。
前回の記事:教育実習なしで、いきなり先生になって大丈夫? 新人教師の養成と育成、真の問題点
■教育実習がなくなることの、採用上のマイナス影響
元公立小学校教諭で、現在は大学で教員養成に携わっている、鈴木邦明先生は、こう述べています。
重要な指摘だと思います。教育実習には、教師に向いているかどうかについて本人が考えるフィルターの機能、スクリーニング、ふるい分けの効果がある、というわけです。
仮にそうだとすると、教育実習を経ずに(あるいは非常に短く簡略化された実習で)、採用となった場合、現場配属されたあと、「思っていた以上にうまくできなかった」、「思い描いていたものと違っていた」ということで、早々に離職したり、休職したりする若手が増えるかもしれません。つまり、ミスマッチが起こるリスクが高まる、というわけです。こうなると、本人は不幸かもしれませんし、周り(職場)もかなり大変になります(すぐに別の人が来てもらえるわけでもありませんし)。
もちろん、どんな仕事でも、多かれ、少なかれ、理想と現実とのギャップというものはあるだろうと思います。ですが、やはりギャップを小さくしておけるのであれば、こしたことはないですよね。
企業でもインターンシップに力を入れているところがかなりありますが、それは青田刈りの側面(優秀な学生を早いうちに採用に向けて確保しておくこと)と、採用のミスマッチを減らすことにあるのだろう、と思います。インターンに近いのが教育実習です。
■多忙であることは覚悟のうえ、応募している?
一方で、別の見方ができる側面もあります。というのは、昨今、学校現場が非常に大変である、多忙であることは知れ渡っています。もちろん、学生さんのほとんども知っています。コロナ禍で一層大変だということもよく報道されています。
それでも、教員採用試験を受けようというのですから、「それなりに志が高い人、先生になりたいという気持ちが強い人が応募してきているのでは」という仮説があります。
この指摘が現実にそうなのかは検証してみないとなんとも言えませんが、ロジックとしては、なるほど、そうかもしれない、とわたしは思います。
ですが、冒頭で引用した鈴木先生の指摘は、教育実習で、自分が教師に向いているかどうかについて気づくことができる、というものでした。いくら志が高くても、能力と言いますか、仕事内容と自分のできることがうまく合っていないなら、続けるのは難しいケースも多いかもしれません。とりわけ、教育現場は、子どもたちを相手にしますから、まったく甘い世界ではありません(子どもたちとともにいることで、やりがいも大きいわけですが)。
キャリア教育や就職・転職のときの自己分析などでは、「Will Can Should(or Must)の3つを考えなさい」ということが言われるときがあります。やりたいと思えるもの(=Will)、自分ができること(=Can)、周りから必要とされていること(=Should)を考えようというわけです。
「先生になりたい!子どもたちのためになる仕事がしたい!」という気持ち(=Will)はとても大事ですが、Canが伴っていないと、しんどいだろうと思います。ただし、採用後に自分で研鑽するなどして成長できたり、職場などでしっかり育成されれば、別ですが。現場の育成にも問題があることは、前回の記事でも申し上げました。
■倍率が低下している地域で、教育実習なしで、大丈夫か?
いま、教員採用試験の倍率は、地域差がとても大きくなってきています。中高では教科にもよります。5倍、10倍を超える地域もある一方で、一例ですが、小学校教員について見ると、福岡県は昨年も倍率は約1.3倍と苦戦していましたが、今年も1.4倍と低い水準です。隣の佐賀県を見ても、小学校教員については去年は1.4倍、今年は1.6倍で、苦戦しています。
併願も可能な場合もありますし、民間企業などに就職する人もいますので、教員採用試験では、途中で抜ける人や辞退者もいます。ひょっとすると、倍率が低いと、希望者はほぼ合格してしまうかもしれません。
「うちの県は応募者のほとんどは合格してしまう、“全入時代”だ」と言う関係者もいます。
仮に倍率が低くても、応募者の多くがWillもCanも高い人なら、問題はそれほどありません。極端な話ですが、1.0倍でも、全員教師に向いているという人なら、OKです(※)。ですが、教育実習を経ずに、WillないしCanをあまり確認できずに応募してきている学生さんたちもいるとすれば、倍率の低い地域では、よけい採用のミスマッチが起きやすい可能性があります。採用する側も、選んでいられないわけですから。
(※)関連記事:妹尾昌俊「教員採用試験倍率、1倍近い県も なぜ地域差が大きいのか?」、
「【先生の質は低下しているのか?(1)】 2倍、3倍を切る採用倍率の影響、背景を考える」
以上の分析は、仮説段階のものですので、今後の検証が必要ですが、申し上げたミスマッチ等のリスクが深刻化する可能性が高い地域ならば、本当に教育実習はやめざるを得ないのかどうかを、慎重に検討してほしいと思います。
あるいは、教育実習に代わる措置(大学等での模擬授業など)でもっとフィルタリング、スクリーニングができるようにしていくことを戦略的に講じていかないといけないと思います。たとえば、学校現場で実習するのが受け入れ側の負担増から難しいのであれば、教育委員会主催の教師塾(教員の卵を養成する公的な研修の場)などにおいて、なるべく現場経験に近いことをするとか、ときには厳しいことも含めて、フィードバックをしっかりやっていくことが重要となると思います。
とはいえ・・・、繰り返しますが、採用上で積み残した(取りこぼした)問題があれば、それは、採用後の育成などでカバーしていくべきです。どの職業であっても、採用前の学生や1年目の新人には多かれ、少なかれ、不十分なところは目につくものでしょう。だれだって、失敗や試行錯誤をしながら、成長していくものだと思います。
理想論だけを申し上げるつもりはありませんし、前回の記事などで指摘したように、冷静に構造的な問題を見ていく必要はあると思いますが、そもそも、学校や教育委員会は、「人を育成するプロ集団」であるはずです。
子どもたちには、「昨日より今日は、こんなにできるようになったね」などと褒めていますし、伸ばす支援を非常に丁寧にやられている先生方は多いです。1年目をはじめとして、若手教師に対しても、どうか伸ばすことに力を入れてほしいと思います(多忙などでその環境が整っていない問題が大きいことも承知していますが)。
きょうは、教育実習の果たしてきたフィルタリング、スクリーニング機能に注目して、今後の課題と方策を考えました。易きに流れるだけではいけません。
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