学力に不安があっても教師になれる時代に!?【先生の質は低下しているのか?(2)】
いまの時期は、教員採用試験の真っ只中。前回までの記事で、次のことを解説しました。
●今年実施中の教員採用試験の倍率(受験者数÷採用予定者数)は1倍近い地域もあれば、5倍以上あるところもあり、地域差や校種の差が大きい。
●この背景はさまざまだが、採用枠が拡大している地域では、倍率が低下ぎみである。
●「倍率が低下すると、教員の質が心配だ」ということがよく言われるが、おそらく経験則であり、確たる証拠はない。
●ただし、妹尾が実施したアンケート調査によると、現場の教員の感覚としては、「優秀な」人材が教職を目指さなくなっている傾向を実感している。小中も高校も7~8割近い先生がそう感じている。
つまり、「今年は倍率が高かった、低かった」と一喜一憂するよりも、いい人材が教師を目指さなくなっているのではないか、ということに注目していく必要があります。きょうの記事では、この問題にさらに迫ります。
このシリーズの記事
●先生のなり手がいない!? 保護者向けに募集チラシを配る学校も
●【先生の質は低下しているのか?(1)】 2倍、3倍を切る採用倍率の影響、背景を考える
(子どもたちの成長に関われる、すばらしい仕事ではありますが・・・)
■教師を目指さなくなった若者たち
この人はぜひ先生になってほしい、と思う人材が教職を目指さなくなっていたり、若くして離職したりしている現実があります。
なにをもって「優秀な」人材と言えるのかは、一概に言える話ではありませんし、多様な人材が学校で働いたほうが子どもたちにとってもよいと、わたしは考えています。ですが、いくつかとても心配なことがあります。
第一に、トイレに行く暇もないくらいの日常の忙しさ、また、土日も部活動や残業でつぶれかねないなど、過酷な現実を知り、「教員になるのを諦めた」という声が多く聞かれます。
たとえば、教育実習のときに早朝から夜中まで働きづめで、「体が持たない」と教員採用の受験をやめた学生もいます(沖縄タイムス2019年11月25日)。「優秀な」人ほど、企業や他の公務員でもウェルカムでしょうから、学校の現実に幻滅し、教員を目指さなくなっている可能性があります。
朝日新聞では、学生の声を紹介しています(強調は引用者)。
別の気になるデータもあります。文科省が11の都道府県・指定都市にアンケート調査した結果が次のグラフです。
図 教員不足の要因について、教育委員会の認識
教員不足の要因として、産休・育休取得者の増加、特別支援学級の増加、講師登録者の減少などが多くあがっています。併せて注目したいのは、「辞退者の増加等」、「採用候補が教員以外の職に就職済」といった回答もかなりあることです。教育委員会としても、優れた人材の流出を肌身で感じている人も少なくないようです。
■教員になれる間口を広げすぎた「弊害」も
教員の質について心配なこととして、第二に、特に小学校については、必ずしも学力が高くない若者が教員採用試験に大量にエントリーするようになったことに注目したいと思います。
2005年以降、政府の規制緩和で小学校教員の養成を行える大学が急増しました。結果として間口が広がった一方で、かつての受験者ほど学力が高くない学生でも、一定の単位を取れば教員免許を取得しやすくなった面は否めません。
卒業時に学力なり、教師としての資質が付いていれば問題はないのですが、新規参入した大学等のなかには、入学時(入試)の偏差値がとても低いところもあります。インターネットで教職課程をもつ私立大学・学部を検索すると、偏差値が30台のところも多数出てきます。
もちろん、入試時の偏差値だけで断じるのは、とても乱暴です。いくら受験学力が高くても、授業がうまいとはかぎらないし、何より子どもたちの気持ちに寄り添える人でなければ、教師としては不向きです。
ですが、いまの学校教育では、子どもたちの知的好奇心を高め、深い学びを促すことが求められています。インターネット(“Google先生”)やAI(人工知能)に聞けば、わかることを教えるだけではダメですから。
そんななか、教員になる人が、基礎的な学力に不安があり、学ぶ楽しさや探究的な学びのトレーニングを十分に積めていないとしたら、おそらく、教育の質はよくなりません。
■不安がある人でも採用せざるを得ない?
こうした点を踏まえると、小学校の教員採用については、次の図のような状況になっている可能性があると考えています。前述のとおり、教員の質というのは測りづらいもの(あるいは測ろうとすることが必ずしも適切ではないこと)ではありますが、ひとつの仮説として、お話ししておきます。
図 小学校の教員採用試験の受験者の変化(仮説)
ここでは単純化して、全国的に倍率が高かった2000年頃も、直近の2019年前後も、12人の受験者が応募してきたとします。ただし、人数は同じでも、質はちがいます。2000年頃は、規制緩和前でしたし、ある程度の水準(この図ではDランク)以上の受験者でした。
ところが、2019年頃は間口が広がった結果、Eランクの受験者も多数応募してくるようになっています(Dも増えています)。なおかつ、かつてはその多くが教員を志望していた上位の受験者(AやBランク)のなかには、企業等に就職を決めており、教員採用試験を受ける数が減ってしまいました。
こうした状況に加えて、採用増の影響が響いてきます(地域差はあることですが)。2000年頃は、この図の例では、4人の採用で済んだので、もともと一定以上の水準の応募者のなかから、しっかりと質を見極めて人材を選べていました。
ところが、2019年頃は、採用数は倍の8人となりました。採用増のため、昔ほどは人を選ぶことができず、かつては採用していなかった層(DやEランク)も採用せざるを得ません。
以上の理屈だと、教育委員会や現場の教員が「教員の質が下がっている」と感じる理由として一定の説得力があると思います。
倍率の低下という結果、表層だけに注目するのではなく、正確には、「優秀な」人(A、Bランク)の応募が減っていること、採用増でかつて採用していなかったレベルの人材を採らざるを得なくなっていることを問題と考えるべきです。
誤解してほしくないのですが、わたしは、いまの小学校等の若い先生が不安だと、クレームを付けたり、バッシングしたりしたいわけではありません。全国各地の学校等を訪問している、わたしの実感としても、教師の資質は人によりますし、若くても、たいへんいい先生もたくさんいます。
ですが、これまでの教員養成(大学等での教員の卵を育成していくこと)と採用には、大きな問題もあったのではないか、と考えています。倍率うんぬんの問題や志願者個人の問題ではなく、いい人材が採れていない構造的な問題があるのではないか、という危機感です。この状況は、まさに「ティーチャーズ・クライシス」(教師危機)と呼ぶべき事態だと思います。
わたしの分析、診断が杞憂であればいいのですが、養成と採用がうまくいっていない地域があるとしたら、いますぐにでも様々な手を講じていく必要があります。
各地の教育委員会は、「学校の先生にはこんな魅力があるよ~」というPRに精を出していますし(プロモーションビデオを作ったり、遠くまで説明会に出かけたり)、新型コロナの影響もあって、採用試験を簡素化する動き(論文試験はナシにします、集団面接もやめますなど)も起きています。
しかし、もし今回指摘したような問題が当たっているなら、教育委員会は上記のような政策を打つヒマがあるなら、もっと別のことをやっていくべきです。たとえば、大学等ともっと連携して、教員養成の質を上げていくとか、採用試験でしっかり思考力等を図るものを入れていくとか、あるいは、採用後の育成に時間とカネをもっとかけていくことなどです。このように、どうしていくのかについても、お話ししたいことはたくさんありますが、長くなりましたので、きょうはここまでにします。ぜひ多くの人に、倍率などで一喜一憂するのではなく、深層を見て、限りある人手と予算をしっかり課題にミートするところに投じてほしいと思います。
※この記事は、妹尾昌俊『教師崩壊』(PHP新書)を抜粋、加筆しました。
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