ドラマ「トリリオンゲーム」は低視聴率。だが同作品は、日本に新しい可能性を生み出すヒントが満載だ(下)
…前号からの続き…
本号では、ドラマ「トリリオンゲーム」から学べる、日本における今後の新しい可能性を生み出していける方策やスキルについて、説明していきたい。
(1)大きな願望や夢の必要性
このドラマでは、主役のハル(目黒蓮さんが演じている)が、パートナーであるガク/平学(佐野勇斗さんが演じている)と共に、「一緒に起業して、一兆(トリリオン)ドル稼ぐ」という大きな願望を実現していくのだが、その願望こそが、ハルやガクの原動力になる。実現不可能に近い願望や夢があるからこそ、それに向かって活動を続けていける。小さな願望ならすぐ実現してしまい、そこで終わりだ。だが、能力やキャパがあればあるほど、大きな願望が必要だ。
そのような大きな願望があることで、「Out-of-box」のように枠を超えた考え方ややり方が生まれて、ビジネスや事業を推進してパワーになるのだ。
(2)人材
1)サポータや理解者の存在
大きな願望を実現していくには、当事者がどんなに能力や願望があってもそれだけでは不十分だ。当事者の価値を評価し、ある意味可能性や当該ビジネスなどの試み(ギャンブルとであるともいえる)に賭けて、どんな時でもあるいは苦境でもサポートしたりメンターしてくれる者が必要だ。このドラマにも、「人生はギャンブル。倍率が高い方が燃える」といって主人公たちをサポートする人物が登場する。
日本社会(特に既得権益側)は、新興勢力があるレベルまでで追い風の際には応援するが、あるレベルを超えて脅威になってくると攻撃し、潰してくる社会だ。リクルートの江副浩正氏やライブドアの堀江貴文氏の事例をみれば、そのことは明白だ(注1)。
2)人材の目利きの重要性
大事をなすには、一人ではできない。その意味では、自分と共に目標に向い活動していける人材を目利きし、仲間をつくることは成功のための必須条件だ。このドラマでも、ハルは、天才的コンピュータースキルと知見のあるガクらを目利きし選択し、仲間に引き入れていく。
3)異なる個性や能力を有する人材から構成されたチームの重要性
2)とも関連するが、仲間にする人材を目利きする際には、異なる個性や能力のある人材を集め、チームを形成していくことが重要だ。このドラマでも、高いコミュニケーションのある「ハル」、高いITの知識とスキル・能力のある「ガク」、まじめだが高いリサーチ能力のある「りんりん(当該社のインターンで社長の高橋凛々。福本莉子さんが演じている)」などの異なる個性や能力のある人材がチームを形成する。日本は、多様性を活かす社会や組織は非常に少ないが、最近では社会や組織における多様性の重要性が指摘されるようになってきており、多様性こそがイノベーションや社会・組織的発展のカギだといわれている(注2)
またそのようなチームでは、問題や課題があっても、活動を前に進めていけ、やる気を奮い立たせる雰囲気づくりのできる、「ムードメーカー」が必要だ。このドラマでは、ハルが主にその役割を担っている。
4)専門性や専門人材の重視
2)や3)とも関連するが、このドラマで、ハルは、当該企業「トリリオンゲーム社」のビジネスや事業をしていくために、拘りが強いなどのために必ずしも成功していないが、専門性の高い人材を参集させていく。新しいビジネスや活動を行い、それで成功を生み出していくには、妥協のない高い専門性が必要であり、それを有する人材が必須なのだ。
(3)必要な対応
1)口と「はったり」も必要
このドラマでは、詐欺まがいの作り話、威嚇・脅迫、インサイダー取引やコミュニケーション・交渉等も登場する。それらはもちろんコンプラ上問題だが、新しいビジネスや活動をしていく上では、かなり際どいコミュニケーションや交渉なども必要だ。それなくして、イノベーションやブレークスルーなども実現できないのも事実だろう。
2)お金を超えたものの必要性
組織運営、ビジネスや活動には、お金(資金)は必要であり重要だ。だが、新しい活動やイノベーションを実現するには、それだけでは十分ではない。それを超えて、新しいものを生み出すには「心が震える」という感情や体験を提供したり、共有したりできることが必要だ。それがあるからこそ、人材が動き、新しいビジネスや動きが生まれるのだ。
このドラマでも、「トリリオンゲーム社」を対抗馬で既成大企業「ドランゴンバンク社」が「札束で、頬っぺたをひっぱたいて」強引にビジネスを進め失敗していくのに対して、ハルに巻き込まれた関係者は関わるビジネスや活動に対して「心が震える」ことが大切だという発言が何度もでてくる。それによって、関わる人物がハッピーになり、ビジネスなどを実現させていくのだ。
3)テクノロジーの活用
近年のテクノロジーやサイエンス等の進展およびその社会的浸透・密接性には目を見張るものがある。その結果、テクノロジーなどを理解できないと、新しいビジネスや活動を起こすことが難しい状況が生まれてきている。このドラマでも、AIなどのテクノロジーを活用し、新しいビジネスなどを実現し、既成大企業に対抗していく。
これから新しいビジネスを起こしたり、社会を変革していくには、社会や市場への理解と共に、テクノロジーなどの理解・スキルは必要不可欠な知見だ(注3)。
4)リサーチ力やアンテナ力
新しいビジネスや活動をしていくには、関係する状況や新しい可能性、人材に関する情報などを知っていることや、人的ネットワークなどをもっていることが必要だ。その意味では、事前および事業展開後の幅広い分野のリサーチ力や世の中の変化や人材に関する情報を得られるアンテナ力があることが求められる。このドラマのハルも、一見思い付きで行動し、活動をしているようにみえるが、それらの行動・活動を支えるリサーチや情報の収集などをしていることを裏付ける動きをしている場面が何度も出てくる。
5)スピード感
熟慮や議論が必要なこともあるが、新しいビジネスや活動をはじめ、推進していくには、ある時には果敢に英断・断行し、前に進めていく、スピード感が重要だ。タイミングを逃せば、勝機や運気を失う。その意味では、時に強引さや独断が意味を持つことがある。
6)カウンターやライバルの必要性
このドラマのヒールであり、カウンターでライバル企業は、日本最大のIT企業である「ドラゴンバンク社」、特にその中心は黒龍一真社長(國村 隼さんが演じている)だ。同社・同氏は、ハルらの「トリリオンゲーム社」の行う革新的なビジネスなどの行く手を阻む。それに対して、ハルらは、それを超えた対応を繰り出していく。それによって、「トリリオンゲーム社」はより大きく成長していくことになる。ビジネスも政治も、カウンターやライバルが存在し、切磋琢磨の競争がないと、成長せず、衰退しいく。それは、歴史の教えるところでもある。
7)金を出すが口は出さない
ハルらは、「トリリオンゲーム社」が新しい事業をはじめる際には、選別した秀逸な専門家・人材およびそのグループを集め、資金を提供する。だが、彼らには、活動ができる環境の提供はするが、基本的にその内容に細かく口出すことはしない。その結果専門家らは、自分の知見やスキルを思う存分に発揮し、最高のパフォーマン、および成果を実現していくのだ。このドラマでも、ゲームづくりやアニメ動画づくり等でこの対応がとられる。
(4)ビジョナリスト、イニシエーター、創業者の必要性
「(2)人材」とも関わるがことであるが、ビジョナリスト、イニシエーター、創業者の存在の必要性だ。このドラマでは、ハルだ。もちろんこのハルも、その能力とスキルが活きたのは、(2)でも述べたようにガクなどの異なる個性・才能との組み合わせがあったからだが、ハルの存在なしには、このドラマの「トリリオンゲーム社」は存在もその成功もない。では、そのハルの持つ個性・才能は何だろうか。それらは、次のようなものだろう。
1)ワガママ(このドラマの中では、自称「世界一のワガママ男」とされている)
自分の願望を実現するためには、誰のいうことも聞かず、何でもするという「でワガママ」が時として必要だ。人の意見を何でも聞く物分かりの良さだけでは、新しいビジネスなどは始められないこともあるということだ。
2)秀逸なプロデュース力
ハルは、「トリリオンゲーム社」を発展拡大させていくために、さまざまな事業を企画し、その実現のために資金の配分・活用、人材の調達・配置、事業環境の整備、あらゆる手練手管を駆使して、事業の推進・実現を行っていく。実現のための戦略作成とその具体的な内容の実現ができることが必要なのだ。これは正にプロデューサーの仕事だ。しかも、その手腕は秀逸だ。日本には、ビジネスでもパブリックでも、高いこのプロデューサーの能力を有する人材が少ないのが現状だ。
3)目利きと人たらし
ハルは、天才的な会話術とコミュニケーション能力を有している。だが、それを活かしてビジネスや事業を実現・成功していく上において、関わる人材を選別知る目利きの能力および、それらの人材を巻き込む「人たらし」の能力に長けているのである。それを通じて、人材を獲得、キャステングして、ビジネスや事業を実現していく。しかもそのプロセスにおいて、場を盛り上げ、士気を高めていく雰囲気作りにも長けた「ムードメーカー」でもある。新しいことをしていくうえでは、問題・課題や困難も多い。その際には、このような人材の存在は不可欠だ。
4)柔軟に学び、成長することの重要性
ハルは、「トリリオンゲーム社」を立ち上げ、事業をはじめた当初は、金にのみ執着し、内容ではなく形や体裁だけで取り繕い、人を幻惑させ誤魔化すことで、会社を拡大していこうとする。これに対して、ガクらは、形だけでなく内容・コンテンツにも拘り、良いサービスやゲームなどを生み出し、それが事業の成功を生み、より多くの資金を獲得し、ひいては同社の成長に大きく貢献していく。その経験から学んだハルは、金や形だけでなく、質の高い内容・コンテンツの重要性も理解し、その両方を追求していくことになる。要は、実際のビジネスでの経験を積み、そこから柔軟に学び、成長していったのだ。それが、ビジネスの拡大、成功につながっていくことになるのである。
(5)その他
そのドラマは、ITビジネスやAIなども扱っている。だが、海外展開や外国企業の話も一部でてくるが、日本国内における「トリリオンゲーム社」と「ドラゴンバンク社」の間の戦いが主軸だ。そして、後者の黒龍一真社長が、その戦いで「大手が新興を飲み込む。(日本市場におけるIT業界の)玉座は一つだ」として、「トリリオンゲーム社」を潰しあるいは乗っ取り・吸収にかかる。だが、IT業界は、グローバル展開が基準だ。その意味で、このドラマはやや残念なコンテクストで描かれているといえる。実際、日本の企業が、国際社会で現在プレゼンスがほとんどなくなってきているのも、あまりに国内市場を基準にビジネス展開をし、そこでの成功に満足してきたからだ。
その意味で、このドラマの逆説的な意味で、これからの世代は、新たにビジネスを開始し、展開して際には、ぜひ最初からブローバル市場を基準に行ってほしいものである。
最近では、岸田首相が、日本でのスタートアップのより活発な創生やその関連人材の育成、またリスキリリングによる人材の能力やスキルの転換などに関して、積極的に発言し、それらに関するさまざまな政策を打ち出しはじめてきている。
他方、日本の政治や行政の場合、自分たちの側の思い込みで政策の作成・執行等が行われることが多く、対象者のニーズに必ずしも合致していないことも多い(注5)。
だが、これからの世界や世界では、何が成功するかもわからないし予想もできない。そこにおいては、一部の人材が考えるだけでは成功を生み出すことは難しい。そこでは、本記事に書かれた人材や環境のなかで、多様な人材がさまざまな試みをするなかで、はじめて新しいビジネスやサービス、イノベーションが生まれる。
政治や行政の側は、そのことを肝に銘じて、その点を今後の政策づくりをおこなっていくべきだ。その際は、細かいディ―ルは不要だ。大きな枠や環境の整備に注力し、後は、それに参加するプレーヤーやアクターに自由にトライアルや活動をさせることが重要だろう。
以上、ドラマ「トリリオンゲーム」を基に、日本における新しいビジネスなどの可能性について検討してきた。
ドラマとはいえ、私たちは、そのドラマから、日本の今後の可能性について多くが学べるといえそうだ。その意味で、ぜひ特に若い世代の方々に、そのドラマをみてほしい(注4)。
(注1)この点については、次の拙記事等を参照のこと。
・「1980年代以降の日本の経済および企業の失敗の原因はこれだ…二冊の本の「裏メニュー(上)」(Yahoo!ニュース、2021年6月7日)
・「1980年代以降の日本の経済および企業の失敗の原因はこれだ…2冊の本の「裏メニュー」(下)」(Yahoo!ニュース、2021年6月8日)
(注2)この点については、次の拙記事等を参照のこと。
・「日本におけるイノベーションについて考えよう!」(Yahoo!ニュース、2023年5月7日)
・「多様性こそ、今の日本に必要だ。」(Yahoo!ニュース、2022年8月13日)
(注3)この点については、次の拙記事等を参照のこと。
・「近未来『テクノロジーと社会の関係性』」(ニュースレター『みらい』第14号・2017年10月)
(注4)ドラマ「トリリオンゲーム」は、TBSの金曜日10時から観られるだけでなく、TverやNetflixなどでも視聴できる。
(注5)これまでは、先進事例が存在する環境においては、そのようなやり方がある程度は成功し、第二次世界大戦後の日本の成功につながった。