Yahoo!ニュース

ウクライナのドローン戦争の‘異変’――中国製軍用ドローンが見られない理由

六辻彰二国際政治学者
第二次世界大戦戦勝70周年パレードに参加した翼竜II(2015.9.3)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • ロシアとウクライナは双方ともドローンを有効な兵器として用いているが、これは世界の潮流からみて不思議でない。
  • 自軍兵士の犠牲を減らしながら攻撃するドローンは「コスパ重視の戦争」の象徴といえる。
  • ただし、ウクライナの場合、中国製軍用ドローンがほとんど確認されていないことが、他の戦場とは大きく異なる。

 ウクライナでは戦局のエスカレートとともに、双方がドローン(無人航空機)をこれまで以上に投入している。ドローン戦争そのものはもはや珍しくないが、ウクライナは他の多くの戦場と異なり、中国製軍用ドローンの使用がほとんど確認されていない点に一つの特徴がある。

カミカゼ・ドローンの急襲

 ウクライナでは今月初旬以来、各地をロシアがミサイルで攻撃してきたが、ここにきてロシア軍はドローン多用にシフトしている。

 17日早朝、首都キーウがロシア軍ドローン28機の編隊に急襲された。ドローンは電力関連施設などに突っ込み、8人が死亡した他、周辺地域の一部で電力を送れなくなった。

 こうした自爆攻撃を行うドローンはカミカゼ・ドローンと呼ばれる。

 キーウ市長は英BBCの取材に「標的に突っ込んだのは5機だけ」と述べ、むしろカミカゼ・ドローンの多くを撃墜した成果を強調した。

 とはいえ、一部しか目的を達せなかったとするなら、それはかえってカミカゼ・ドローンのインパクトを示すともいえる。

 一方で、ドローンによる自爆攻撃が増えたことは、ロシア軍が都市やインフラを、単価の高い巡航ミサイルより安いコストで攻撃したいからという観測も成り立つ。

ドローン戦争の系譜

 もっとも、近年の戦場では軍用ドローンが珍しくない。

 無人の航空機を軍事目的で飛ばす研究は、第一次世界大戦中に米英などで始まった。当初は既存の航空機にリモート操作の機器を取り付ける構想が主流だったが、第二次世界大戦後は小型の専用機の開発にシフトし、ベトナム戦争などでも実験的に使用された。

 コンピューターが急速に発達した1990年代以降、その進化は加速したが、その本格的な運用は対テロ戦争で始まった。

 2001年のアフガン侵攻でタリバン政権を打倒したアメリカ軍は、その後の駐留部隊に対する自爆攻撃に手を焼くなか、人的コストを減らす手段として、隠密性の高いドローンをアフガニスタンやパキスタンなどに投入したのだ。

 しかし、ドローンによる攻撃は標的の確認が不正解になりやすく、民間人に対する「誤爆」も多い。そのため、そもそも軍用ドローンを用いること自体、戦時国際法を定めたジュネーブ条約に違反するという指摘もある。

 それでも法的な議論はほとんど進まないまま実態だけが先行し、とりわけこの数年でドローン戦争が激しくなってきた。

コスパ重視の戦争へ

 どの国も、自軍兵士の犠牲を減らしながら戦果をあげたい。ドローンの利用はいわば「コスパ重視の戦争」を目指す気運の象徴といえる。

 さらに、技術の普及にともない、軍用ドローンを生産・輸出できる国が増えたことが、ドローン戦争に拍車をかけてきた。

 その結果、例えばイエメンの反体制派フーシは2019年、イエメン政府を支援する隣国サウジアラビアの最大の石油企業サウジアラムコの施設をドローンの自爆攻撃で破壊し、これによってサウジアラビアの石油生産量は一時半減した。同様の攻撃は、今年3月にも発生している。

 また、(日本でほとんど報じられない)エチオピア内戦では、政府軍がトルコ製バイラクタルTV2、中国製翼竜II、イラン製モジュール6などを用いているといわれる。

 なかでも数多くのドローンが飛び交うのが、「ドローン戦争のグラウンド・ゼロ」とも呼ばれたリビアで、敵対する二つの勢力がそれぞれトルコ、中国からドローンを調達してきた。その結果、ニューアメリカ財団の調査によると、2018年6月からの20カ月だけで1863回の攻撃が確認され、333-467人の民間人が犠牲になった。

 リビアでは人工知能(AI)を搭載した自律型殺傷兵器(LAWS)、いわゆるキラーロボットも登場した。

 国連は2020年3月の戦闘で、リビア政府軍がトルコ製LAWSを用いたと報告している。リビアで使用されたのは、トルコの兵器メーカー、STM社が開発したLAWSとみられているが、トルコ軍は同年6月にKargu-2の導入を発表した。

 つまり、トルコ軍の正式採用より先にKathy-2はリビアで使用されたのであり、だとするとリビアは最新式LAWSの実験場になったといえる。

ウクライナの特殊性

 こうした世界の潮流をみれば、ウクライナの戦場でドローンが多用されること自体は不思議ではない。

 このうち、ロシア軍はロシア製オルラン10の他、イラン製シャヘド136を投入しているといわれる(イラン政府はロシアへの武器輸出を否定している)。

 これに対して、ウクライナ側はバイラクタルTV2などのトルコ製だけでなく、アメリカ製スウィッチブレードなどを用いている。

トルコ製バイラクタルTB2
トルコ製バイラクタルTB2写真:ロイター/アフロ

 ただし、軍用ドローンは有人航空機に比べれば安価で、トルコ製など新興国製になればさらに先進国製より安いが、それでもバイラクタルTV2の場合1機200万ドルほどする。そのため、ウクライナ、ロシアの双方とも、軍用より安価な中国製Mavic-3(1機2000ドル程度)など民生ドローンを用いているといわれる。

 その一方で、ウクライナには他の戦場にみられない特徴もある。なかでも、翼竜IIなど中国製軍用ドローンがほとんど確認されていないことだ。

 これまで中国はリビアやエチオピアで、トルコと張り合うようにドローン輸出を進めてきた。いずれもアメリカ製など先進国のものより格段に安く、価格面での優位をテコに軍用ドローン市場を席巻してきた。

 中国が軍用ドローンに力を入れるのは、有人航空機の開発で米ロに遅れをとるなか、比較的新しい分野である軍用ドローンなら競争できるという目算があるからだろう(第一次世界大戦の前に、それまで海軍力の柱だった巨大戦艦の建造レースでイギリスに及ばなかったドイツが、新兵器である潜水艦に力を入れたのと同じ)。

中国製軍用ドローン翼竜II
中国製軍用ドローン翼竜II写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 各国へのドローン輸出には、単なる市場シェア拡大だけでなく、実戦データを蓄積し、ドローンという発達途上にある分野での技術開発で優位を確立する目的があるとみられる。

中ロの隙間風

 ところが、ウクライナに限っては、中国製ドローンがほとんど確認されていない。これは中国とロシアの微妙な関係を象徴する。

 習近平国家主席はロシア軍がウクライナ侵攻を開始した直後、プーチン大統領との会談で「ロシアの安全保障上の懸念を理解する」と述べたものの、それを支持するとは決して言わず、3月の国連総会でのロシア非難決議も欠席した。

 しばしばワンセットで語られる中ロだが、その利害が一致するとは限らず、これまでも中国はウクライナ侵攻と微妙に距離をおいてきた。

 つまり、中国はロシアを非難しないものの、積極的に協力しているともいえない。ロシア産の原油や食糧を輸入することを「協力」というなら、西側以外の世界中のほとんどの国がロシアに協力していることになる。

 また、ロシアにしても、中国から武器支援を受けるわけにはいかない。

 冷戦時代のソ連の頃から、ロシアは反西側のリーダーの座を中国と争ってきた。そのロシアにとって、今や経済面で中国に水をあけられている以上、軍事は中国に対する優位を示せる数少ない領域だ。

 ここで中国の軍用ドローンに頼れば、ウクライナ侵攻後の力関係において、ロシアはこれまで以上に中国の顔色をうかがわなければならなくなる。

 あればあったで人目を引く中国製軍用ドローンは、逆にほとんど見受けられなくても、それなりの示唆を与えるほどの存在感を、現代の戦場においてもつといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事