ヨーロッパ最大級の氷河の息を呑む美景。そこに着実に迫る危機に思いを寄せて
北欧ノルウェーから届いたドキュメンタリー映画「SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース」は、わたしたちが立つこの大地に畏敬の念を抱く一方で、自らの日々の暮らしの足元を見つめ直すような1作だ。
構成はいたってシンプルといっていい。
ドキュメンタリー作家のマルグレート・オリンが、自身の故郷であるノルウェー西部に位置する山岳地帯「オルデダーレン」で暮らす実の両親に1年間、密着。
フィヨルドや渓谷の風景に、植物や動物の姿、そこに自然を愛し敬意を払いながら暮らす父親の人生哲学といえる言葉が重ねられる。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、この世のものとは思えないほど息を呑む美しい自然の風景、あるいは逆に失われつつある氷河をはじめとした風景、自然とともに生き、妻と苦楽をともにしてきた一人の老人の言葉を前にしたとき、わたしたちは人生の意味、生と死といったことから、いまの自分の仕事や暮らしまで思いを巡らせることになる。
『PERFECT DAYS』のヒットが記憶に新しいヴィム・ヴェンダース監督と、イングマール・ベルイマン監督のミューズとして知られるノルウェーの大女優リヴ・ウルマンがプロジェクトに賛同し製作総指揮を担当。アカデミー賞のノルウェー代表に選出されるなど世界各国の映画祭でも高い評価を得た本作は、なにを語りかけ、何が世界の人々の心をとらえているのか?
手掛けたマルグレート・オリン監督に訊く。全五回/第一回
はじめて父と訪れた氷河を前にしたときの忘れられない思い出
はじめにマルグレート・オリン監督は「いつか故郷についての映画を撮ろう」と何年も前から考えていたという。
そのような考えに至った経緯についてこう明かす。
「そうですね。はじめにひとつ、父とわたしのあるエピソードをお話させてください。それが答えになると思うので。
作品の中でも触れていますが、わたしの父は大自然に包まれたオルデダーレンで育ちました。
そのオルデダーレンのすぐそばには内陸部にあるものとしてはヨーロッパ最大級の氷河があります。
そして、わたしがちょうど5歳のときに、父がその氷河に連れて行ってくれたんです。
そのとき、氷河の前に座ってしばし佇む時間がありました。
すると、ひじょうに狭い谷を険しい山から吹いてきた風が吹き抜ける。谷を通り抜けた風が、次には氷河のクレパス(割れ目)へと入っていく。そのとき、わたしには、風の音が単なる自然音から、クレバスに入った瞬間に、なにか音楽のメロディになった気がしました。なにかの曲のように聴こえたんですね。
それで、父にわたしはこう言ったんです。『(クレバスの)下の方でオーケストラが演奏しているの?』と。
それに対して父はこう答えてくれたんです。『君にも聴こえるのかい?』と。
たぶんふうつならば『風の音だよ』といったことになるんだと思います。
でも、わたしの父は、まだ幼い5歳の女の子だったわたしに対して、子ども扱いせず、否定もせず、そう言ってくれたんです。
このように父が接してくれたことで、わたしはひじょうに自然というものに深く興味を抱くようになりました。
ちなみにわたしが最初に覚えた言葉は、フィヨルド、山といった自然に関する言葉ばかりです(笑)。
興味をもつことで自然というものの美しさだけではなく、脅威や恐ろしさ、神秘的なところまで知るようにもなりました。
また父は、氷河に連れて行ってくれた後もアウトドアに頻繁に連れて行ってくれて。冬でしたらスキーに、夏だったら山にハイキングに、といった感じで連れて行ってくれて、わたしは四季折々の自然の風景や動植物を目にすることができました。
このように父も、そして母も自然をこよなく愛しています。また、自然に対して深い敬意を払い、大切にしてずっとオルデダーレンで暮らしてきています。
その両親の自然に対する敬意は、わたしにもきちんと引き継がれています。
で、みなさんご存じのように地球温暖化や気候変動が世界的に大きな問題になっています。
わたしももちろん深く関心を寄せてきました。
ひとりのドキュメンタリストとして見過ごせないテーマだと感じていました。
そして、もし自分が地球温暖化や気候変動、環境破壊についての作品を作ることになったら、そのアングルというものはおそらく自分の両親を通して、自分の故郷を通して、自分の故郷にある氷河を通してだろうと、いつからか考えるようになっていましたね」
(※第二回に続く)
「SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース」
監督:マルグレート・オリン
製作総指揮:リヴ・ウルマン、ヴィム・ヴェンダース
出演:ヨルゲン・ミクローエン、マグンヒルド・ミクローエン
公式サイト: https://transformer.co.jp/m/songofearth/
TOHO シネマズ シャンテ、シネマート新宿ほか全国公開中
場面写真はすべて(C)2023 Speranza Film AS