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「大暴動は若者の親とSNSとTVゲームのせい」――仏政府の責任転嫁

六辻彰二国際政治学者
暴動が発生した各市の市長らとの会議で発言するマクロン大統領(2023.7.4)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • フランス政府は10代の若者に夜間外出を認める親の他、「暴力を煽る」SNSやTVゲームを大暴動の原因としてあげた。
  • しかし、マクロン政権はこれまで移民とりわけムスリムの反感を招く政策を数多く実施し、これがデモと暴動を招く要因となった。
  • マクロン政権の責任転嫁は「悪いものは外から来る」という論調をヨーロッパ各国で強め、極右の活動を活発化させかねない。

 マクロン政権がこれまで差別を認めてきたことは、結果的に暴動を誘発したとみてよい。

「デモ禁止」のインパクト

 フランスで広がる差別反対の抗議デモは、フランス政府の対応のまずさによって加速している。

 6月27日にパリで発生した、警官によるアラブ系未成年の射殺をきっかけに広がった大暴動は、商店や自動車の破壊などで10億ユーロ(約1550億円)以上の損失を出したとみられ、3400人以上が逮捕された。

 これを受けて、警察は7月8日「デモ禁止」を発表した。

 ところが先週末、警察の命令を無視して数千人がデモ活動を行なった。パリ中心部にある共和国広場では数百人のデモ隊が集まり、暴力行為があったわけでもないが、警察によって追い散らされた。

 参加者の一人は英ロイター通信のインタビューに「フランスでは表現の自由はまだ保たれている。でも、集会の自由は危機に瀕している」と述べ、不満を口にした。

 日本と異なり欧米ではデモが日常茶飯事だが、とりわけフランスは「革命とデモの国」と呼べるほどデモが多い。それだけに「デモ禁止」が多くのフランス人の反感を招いても不思議でない。

SNSとTVゲームも規制対象に?

 マクロン政権の対応がかえって反感を招いたのは、こればかりではない。

 「デモ禁止」に先立つ6月30日、マクロンはデモや暴動に参加している10代の若者を念頭に「彼らが夜の路上に出ないようにするのは親の責任であって、政府の仕事ではない」と主張した。

 さらに翌日の記者会見では「暴動で逮捕された者の1/3はとても若い」と指摘しうえで、「彼らのなかにはゲームの中毒者もいるようだ」と述べた。

 「暴力的なゲームが若者に好ましくない影響を及ぼす」という指摘はよくあるものだが、ゲームの社会的影響を研究する米ステッソン大学のクリストファー・ファーガソン教授はこれを「時代錯誤的」と批判する。ファーガスンによると、「TVゲームがそうした悪影響をもたらすなら、最も普及している日本、韓国、オランダなどでは流血の惨事が絶えないはず」。

 さらに決定的だったのは、マクロンが「SNS遮断」を示唆したことだった。

 これはデモや暴動に参加する若者がTikTokなどで情報をやりとりしていることを念頭に置いたものだが、「権威主義的」と反発を招き、野党議員から「SNS遮断?中国、イラン、北朝鮮みたいに?」といった批判が相次いだ。

 これを受けてフランス政府は「大統領は全面的な遮断ではなく、必要に応じて一時的に停止する場合の法的根拠などについて検討している」と釈明に追われた。

欧州屈指のヘイトクライム増加率

 政治活動や差別反対の名の下の暴力や略奪が認められるべきでないことは確かだ。また、緊急事態宣言を発動しないままに暴動やデモの拡大を抑え込もうとするなら、「デモ禁止」や「SNS遮断」には一定の合理性があるかもしれない。

 とはいえ、マクロンの言動は「責任転嫁」と言われても仕方ない。暴動や差別反対デモは、マクロン政権下の右傾化に対する反動といえるからだ。

 マクロン政権が発足した2017年から2021年までの間に、フランスではヘイトクライムがおよそ2.3倍に増えた。発生件数そのものではイギリスやドイツより少ないものの、増加率でフランスはヨーロッパ屈指のレベルにある

 それ以前から外国人嫌悪は高まっていたが、この時期にヘイトクライムが急増した大きな要因としては、マクロン政権による反移民的とりわけ反ムスリム的な政策も無視できない

 例えば、フランスでは2020年10月、イスラームの預言者ムハンマドを揶揄するイラストを用いた授業を行なっていた学校教師が殺害されたが、この際にマクロンはムスリム系市民やイスラーム諸国からの反発をよそに「表現の自由」を全面的に尊重すると強調した。

 また、2021年2月には学校教育の場でそれまで免除されていたムスリム女子の水泳授業を強制する法案の審議が始まり、2022年5月、女子サッカーでムスリム選手のスカーフ着用が禁じられた。

 2017年大統領選挙で勝利したマクロンはもともと「右派でも左派でもない」ことを売りに登場した。しかし、大統領就任後に極右的な言動が鮮明になったのは、一種の政治戦術とみられる。

 マクロンの最大の政敵は2017年、そして昨年の大統領選挙で立ちはだかった極右政党、国民連合のマリーヌ・ルペン党首だ。つまり、マクロンの右傾化には極右政党の支持基盤を切り崩す目的があったといえる。

 しかし、それが結果的にフランス社会の右傾化と警察などの「構造的差別」を助長し、有色人種が不利に扱われているという不満を増幅させたとすれば、マクロン政権自身が大暴動の導火線に火をつけたことになる。

 それはちょうど2016年アメリカ大統領選挙でドナルド・トランプが勝利した後、「社会的認知を得た」と感じる極右の活動が、それ以前より活発化したことと同じ構図だ。

ヨーロッパ全体に飛び火するか

 国連人種差別撤廃委員会は7月7日、フランスにおける「構造的、システム的な差別」を見直し、警察による行き過ぎた取り締まりを改めるべきと勧告した。これに対して、フランス政府は「差別」そのものを否定している。

 しかし、ヨーロッパ各国では警戒が高まっている。今回の事態が飛び火する懸念があるからだ。

 フランスの大暴動を受け、ヨーロッパ各国では「暴力が蔓延する原因は移民や外国人にある」といった主張が極右以外にも広がっている。その結果、例えば隣国ドイツではフランスの暴動が発生した6月末の調査で、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持者が増えていることが明らかになった。

 さらにフランスでは、6月27日にアラブ系少年を銃殺して起訴されることが確実な警官のため、クラウドファンディングで募金が行われた。これはルペンのアドバイザーだったジーン・メッシハが立ち上げたものだが、1週間程度で160万ユーロが集まった。

 そこにはフランス国外からの支援者も多くいたとみられ、差別反対デモや暴動への拒絶反応の拡散がうかがえる。

 マクロン政権の責任転嫁はこうした風潮をさらに強めかねない。フランスはこれまでEUの要だったが、今やヨーロッパの不安定化要因ともいえるのである。

【追記】記事の一部を加筆・修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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