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極右政権になったらどうなる? 知っておきたいフランス大統領選の基礎知識5選

六辻彰二国際政治学者
決選投票を前にTV討論に臨むマクロンとルペン(2022.4.20)(写真:ロイター/アフロ)

 フランス大統領選挙で極右政党「国民連合」党首ルペン候補の勢いが目立つことは、今後のヨーロッパ全体に大きな影響を及ぼすインパクトを秘めている。以下では、4月24日に投開票を迎えるフランス大統領選挙の基礎知識をまとめる。

アメリカ大統領選挙と何が違うか

 フランスの大統領の任期は5年で、アメリカより1年長い。それ以外に、大統領選挙でもフランスにはアメリカのものといくつかの点で違いがある。

 第一に、大統領選挙の参加者が多いことだ。アメリカでは二大政党からそれぞれの候補が出てくるため、基本的に二人しか選択の余地がない。

 しかし、二大政党制は英語圏以外ではあまり一般的でない。そのため、フランスの大統領選挙でも三人以上の候補が出ることが多い。ちなみに今回の場合、12人が立候補している。

 第二に、投票の回数が多いことだ。アメリカでは有権者の投票機会は一回だけだが、フランスでは第一回投票の得票数で上位2名が決選投票に進むため、有権者は二回投票することになる。

パリの街角にある両陣営の選挙ポスター(2022.4.20)
パリの街角にある両陣営の選挙ポスター(2022.4.20)写真:ロイター/アフロ

 これは投票を慎重に行うためであると同時に、確実に有権者の過半数によって支持される候補を大統領にするための仕組みでもある。

 そのため、4月10日に行われた今回の第一回投票では現職のマクロン候補が27.8%の得票率で1位通過したが、これに次ぐ23.1%で2位通過したルペン候補に、24日の決選投票で逆転される可能性もあるわけだ。

2位通過したルペンとは

 この決選投票はヨーロッパ中からの関心の的だ。その関心は、フランス初の女性大統領が誕生するかどうかもさりながら、フランス初の極右大統領が誕生するかどうかに集中している。第一回投票を2位通過したマリーヌ・ルペンは極右政党「国民連合」の党首だからだ。

 国民連合は1972年に発足した「国民戦線」にルーツをもち、ヨーロッパ極右政党の草分けともいえる。その最大の特徴は「反移民」の主張にあり、「フランスらしさを損なう」外国人、外国文化の流入に敵意を隠さないことだ。

2017年大統領選挙の決選投票を前に英ロイター通信のインタビューを受けるルペン(2017.5.2)
2017年大統領選挙の決選投票を前に英ロイター通信のインタビューを受けるルペン(2017.5.2)写真:ロイター/アフロ

 さらに、国家の独立を尊重する立場から、加盟国にさまざまなルールを課してくるEUにも反感を隠さず、イギリスのEU離脱を賞賛してきた

 国民戦線は地方選挙を入り口に徐々に党勢を拡大させ、1986年には初めて国民会議(国会にあたる)に議席を獲得した。2010年に初代党首ジャン=マリー・ルペンが引退すると、三女マリーヌがその座を引き継ぎ、党名を現在の国民連合に改称した。

 国民戦線時代から、その党首はこれまでに二度(2002年、2017年)、大統領選挙の決選投票に進んでいて、今回が3回目の挑戦となる。マリーヌ自身が決選投票に進むのは2017年選挙に続く2回目で、この時もマクロンとの一騎打ちだった。

 今回の第一回投票でのルペンの得票率は2017年選挙第一回投票での21.3%を上回っており、このことからも極右大統領が誕生するかに注目が集まっているのだ。

なぜ極右が勢力を広げたか

 ルペン率いる国民連合はなぜ大きな勢力になったのか。そこには大きく3つの理由がある。

 第一に、1970~80年代にいち早く、移民に反感を抱く人々を「票田」として掘り当てたことだ。当時、多くの企業は安い労働力として外国人を雇用していたこともあって、ほとんどの政党は移民受け入れを当然と捉え、選挙の争点にすらなっていなかった。

 ところが、この頃すでに中・低所得層の間には、移民の流入による文化摩擦、福祉など財政負担、雇用での競争といった不満が広がり始めていた。ほとんどの政党が無視していたこの問題を争点としてピックアップしたことで、国民連合は既存政党に飽きたらない有権者の支持を集めることに成功したのだ。

 第二に、イスラーム過激派に対する警戒感の高まりだ。フランスはヨーロッパのなかでイスラーム過激派の活動が最も目立つ国の一つだ。2015年にはパリで二度、大きなテロ事件が発生し、数多くの犠牲者を出した。

 テロに対する警戒感はムスリムなどへの不信感も高めており、これも「反移民」を掲げる国民連合に多くの有権者が引き寄せられる原動力になっている。

燃料税引き上げの決定をきっかけとする大規模デモ「イエローベスト」(2018.12.15)
燃料税引き上げの決定をきっかけとする大規模デモ「イエローベスト」(2018.12.15)写真:ロイター/アフロ

 そして第三に、グローバル化への不満の増幅だ。格差の拡大による中間層の先細りはどの国でも見られるが、フランスもその例外ではない。とりわけ若い世代にそれは深刻で、世界銀行の統計によると2019年のフランスの失業率は平均8.4%で、これ自体先進国中で屈指の高さだが、同年の若年層(15-24歳)のそれは19.5%にのぼった。

 もともと主流としての意識を強くもっていた白人中間層が没落した時、不満が「自由競争のなかで経済機会をつかむマイノリティ」への敵意になることは、世界恐慌後のドイツでナチスが台頭したり、2016年アメリカ大統領選挙でトランプが当選したりした時と基本的に同じである。

 当初、中道派と目されていたマクロンは大統領に就任以来、ムスリムの取り締まりを強化するなど、国民連合とあまり違わない対応を見せてきたが、これは有力ライバルの支持基盤を切り崩すための手段ともみられている。

大統領選挙の争点は何か

 今回のフランス大統領選挙は、ウクライナ侵攻という外交問題とともに、エネルギー価格の高騰など国民生活が大きな争点となっている。

ウクライナのマリウポリにある製鉄所の周辺で上がる黒煙(2022.4.20)
ウクライナのマリウポリにある製鉄所の周辺で上がる黒煙(2022.4.20)写真:ロイター/アフロ

 このうち、ロシアへの対応を念頭に、ヨーロッパの結束を重視する現職マクロンは「この選挙はヨーロッパにとっての国民投票だ」と述べるなど、外交を重視した選挙キャンペーンを展開している。

 これに対して、4月20日のTV討論でルペンは「国内のフランス人が第一だ」とマクロンを批判し、物価上昇やコロナ対策を優先させるべきという姿勢を打ち出した。

 こうした議論は、実は両者とも自分に都合の悪い部分を棚上げにしようとした結果ともいえる

 マクロン政権は規制緩和による経済活性化を目指したが、おりからのコロナ禍もあり、国民生活は悪化する一方だ。それに対する不満は、しばしば大規模な抗議活動が発生してきた。

 マクロンが大統領に就任した翌2018年には、燃料税の引き上げをきっかけに右派と左派の両方が参加する数万人の抗議デモ「イエロー・ベスト」がパリを覆った。

モスクワを訪問してプーチン大統領と握手するルペン(2017.3.24)
モスクワを訪問してプーチン大統領と握手するルペン(2017.3.24)写真:ロイター/アフロ

 今年2月にも、コロナ対策が厳しすぎると不満を募らせるデモ隊が、無数の自動車やトラックでパリ中心部を占拠した。これはカナダの「フリーダム・コンボイ」の影響を受けたものだ。こうしたなかでマクロンが外交を強調することは不思議でない。

 その一方で、ルペンが「フランス第一」を強調するのは、イデオロギーだけが理由ではなく、過去のプーチンとの関係への批判をかわすためでもある。ルペンは白人至上主義的な主張や反グローバリズムで共通するプーチンと近く、過去には選挙資金を借りていたことも発覚している。

 ウクライナ侵攻後、こうした関係が批判されることも増えるなか、ルペンはこれまで以上に「国民生活を優先するべき」と主張するようになっているのである。

 ドイツ公共放送DWの調査によると、フランスの有権者の約80%は「どの政党も信頼できない」と答えているが、大統領選挙の有力候補がどちらも自分の暗部を覆い隠すような対応に終始していることは、有権者の政治不信の一因といえる。

破られたルペンのポスター(2022.4.15)
破られたルペンのポスター(2022.4.15)写真:ロイター/アフロ

極右政権が誕生したら

 フランスでも極右への警戒心は強く、これまで国民連合の党首が大統領選挙の決選投票に進んだときには、第一回投票で3位以下になった候補に投票した有権者の多くが対立候補に投票し、極右政権の発足は実現してこなかった。

 そのため今回も、ルペンが第一回投票で躍進したからといって、決選投票で勝てるかは疑問がある。とはいえ、マクロン陣営は最後まで油断なく選挙戦を続ける方針で、選挙結果はフタを開けてみなければ分からない。

仮にルペンが勝利すれば、ヨーロッパに激震が走ることは間違いない

 とりわけ、「反移民」を旗印にしてきた以上、フランスがこれまでの移民・難民政策を大きく転換させるきっかけにもなり得る。トランプ政権発足後のアメリカでヘイトクライムが急増したように、ルペンが勝利すればフランスでこれまで以上に人種間の対立がエスカレートすることが懸念される。

 また、ルペンが勝利すればEUそのものが空中分解することもあり得る。

 ウクライナ侵攻をきっかけに、ロシアに対抗するためヨーロッパの結束がこれまで以上に強調されるなか、大統領選挙では反EUの主張がトーンダウンしている。とはいえ、これまでEUを批判し続けたルペンが政権を握れば、フランスのEU離脱も現実味を帯びてくる(イギリスのBREXITになぞらえてFREXITという言葉も使われるようになっている)。

 フランスはこれまでドイツとともにEUを牽引してきたが、そのフランスで極右政権が発足すれば、EUそのものが空中分解しかねないのだ。それはウクライナ侵攻に対する先進国の対応も動揺させるものである。

 その意味で、今回の大統領選挙がヨーロッパ全体にとっても大きな意味があるのだ。

【追記】日程の記述に誤りがあったので訂正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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