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「どうする家康」最終回のオーパーツたちが示した、大河ドラマとは何か

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
日光東照宮の獏 「どうする家康」の家康は最終回、獏を彫っていた(写真:イメージマート)

2023年の大河ドラマ「どうする家康」(NHK 脚本:古沢良太)の総集編が12月29日、一挙放送される。これまでの大河とは違いすぎるという反発の声も多かったこのドラマ、言ってみれば、“大河ドラマ”とは何か、と改めて考えさせる作品であったということだ。

大河ドラマとは何なのか。歴史に基づいたフィクションである。が、問題は、この史実とフィクションの割合の最適解がわからないことである。許容範囲は視聴者それぞれで、史実7:創作3なのか、創作7:史実3なのか……そのブレンド具合が各作品の個性である。「どうする家康」は、この割合を思いきって、フィクションの分量多めにしたことによって、これはもう酒ではない水じゃないか、と怒り出す客が出てきてしまったという印象だ。反面、お酒が苦手な人には見やすかったともいえる。

「どうする家康」は、265年もの長い間、平和な日本を築いた徳川家康という偉人を主人公にしている。かの家康は、これまで大河ドラマに何度も登場しているが、主人公になったのは1983年の山岡荘八の小説を原作にした「徳川家康」(作:小山内美江子)以来40年ぶり。

40年ぶりに主人公になる家康はどうなる? と期待がかかったところ、「どうする家康」の家康(松本潤)は、弱虫なプリンスという設定で、第1話の冒頭から、「もういやじゃあ」と戦線から離脱し、徹頭徹尾、戦いに逃げ腰に描かれた。

「どうしたらええんじゃ」と泣き叫び、家臣たちに助けられて生き延びていく家康に、こんなはずない、”狸”と言われていたくらいだから、もっと狡猾な、つまり、頭のいい人物であるはず。と歴史ドラマ好きは戸惑った。

イケメンであってほしいわけではない。善人であってほしいわけでもない。冴えた頭脳で、多くの難局を乗り切ってほしかったのだろう。ところが、「どうする家康」の家康は、まったくの無策。木彫りなどの手作業の好きな、純朴な人物であった。

戦いが嫌いで、気のいい妻とかわいい子供たちと、楽しくあたたかい家庭を築ければ満足だった家康が、一国の主として、領土を拡大することに重きを置く時代に生まれたがため、やりたくもないのに、たくさんの人を殺めることになる。第1話で、家康が瀬名とままごとをしているとき、竹で家のように作ってあるのだが、それがふたりの仲が引き裂かれるとき壊されてしまう。それは象徴的だ。

最終回では、太平の世をつくり、寿命を迎えようとしている家康が、戦国をたまたま生き残ったことで、寅だの狸だの言われたが、ほんとうは白兎のような小動物的な人物であったのではないか、というひとつの見方が提示された。

実際、家康は、卯年生まれか寅年生まれかはっきりしないそうで、ドラマの序盤、母・於大(松嶋菜々子)が、跡継ぎは強そうな寅であるべしと、寅年生まれと偽るエピソードがあった。無理やり寅にさせられたうさぎの王子様は、ある種、母に呪いをかけられて、死ぬまで自分を偽って悲劇的人生を生きることになる。

人質生活からはじまり、桶狭間の戦い、三方ヶ原合戦、長篠の戦い、本能寺の変、関ヶ原、大坂の陣……1年の間に、歴史的大事件がまんべんなく網羅され、見どころ満載、武田信玄(阿部寛)、織田信長(岡田准一)、豊臣秀吉(ムロツヨシ)と人気武将も続々登場。後半、大きな出来事がなくなってまったりしてしまうこともない。最新研究も取り入れた史実の合間に、歴史的偉人ではない、戦いに翻弄された庶民たちの物語を描き、さらには、戦いをよしとしない女性たちの抵抗も描かれて、現代的な目配りも万全であった。

だが、歴史ものに現代の視点を取り入れることを好まない視聴者もいて、瀬名(有村架純)が平和な世の中を作ろうとするエピソードを面白いと思わないという声も散見された。その一方、理屈抜きで、平和でありたいという気持ちを大事にすることを心地よく思う人もいる。

ドラマの見方も感想も、ほんとうに人それぞれである。そもそも、史実といっても、どこまで正しいのか、完全にわかっているわけではない。歴史研究は日々アップデートされている。

例えば、最終回近くで、家康が書いた「南無阿弥家康」は、日課念仏「南無阿弥陀仏」のなかに「南無阿弥家康」となっている部分があり、それが、家康ゆかりの大樹寺(松平、徳川家の菩提寺で、桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に破れたあと、家康が逃げ込んだ場所であり、「厭離穢土欣求浄土」に出会う、家康伝説のはじまり)に残っている。これは偽物ではないかとも言われているそうなのだが、ドラマでは、家康の葛藤を感じさせるエピソードとして取り入れられていた。

筆者は、家康が書いたとしたらなぜ? 誰かがあとで書いた悪戯だとしたらなぜ?ということのほうが気になる。そして、これだって一種の歴史だと思うのだ。ひとつの事実がどうやって変容していくかという歴史である。「どうする家康」は、史実と、その史実がどういう過程を経て、どのように変容していくか、それを長い時間の流れを追った見つめた作品だったのではないだろうか。

語り(寺島しのぶ)は、のちの春日局で、南光坊天海(小栗旬)とともに、徳川家康のイメージを偉大なものにするため、大げさに語り伝える。本多忠勝(山田裕貴)は、自分とは似ても似つかぬいかめしい肖像画を、絵師に描かせて残す。家康の脱糞や団子代金の未払いという微笑ましいエピソードなど、本当にあったのかなかったのかわからないが、そういう言い伝えがなぜ生まれ、なぜ、残り続けたのか、当時の庶民の心が見えてくるようではないか。

そもそも、83年に家康が主人公になったとき、家康ものは流行らないというジンクスがあったそうで、それがたまたまヒットした。

にもかかわらず、23年、家康が主人公のドラマが当たらないはずないという論調で語られることがあることも何かがおかしい。

そうやって、後の世には、本当のことだったのか、創作なのか、わからないことが散りばめられていく。まさに玉石混交である。

古沢良太は、このドラマを描くために、シナハン(シナリオハンティング)をしたそうだ。また、俳優たちは、「大河たび」という企画で、役のゆかりの場所をまわっている。今回は、かなり手厚く番組化していたが、番組にならずとも、俳優は、実在する人物を演じるとき、その人のお墓に参ったり、関連する土地に行ったりすることも少なくない。

「どうする家康」は、歴史はこうして受け継がれていくのだという、とても冷めた現代人の感覚を描いたドラマだったのではないか。それだってひとつの“大河”的ではないかと思うのだ。何も”大河”は歴史という川のうねりを正しく俯瞰するものに限らない。ガンジス川はいろんなものが混じって流れているのだ。淀川をさらえば、苦い思い出の指輪だとか、いろんな思い出が発掘されるにちがいない。

閑話休題。その大いなる試みの完成度を一段階あげたと感じたのは、最終回の、信康と五徳の婚礼の日の場面であった。

最終回の演出を担当した村橋直樹は、筆者のインタビューで“岡崎の鯉のくだりが始まってからは、本来その時代にはあってはいけないもの(オーパーツ)を随所に仕込んでいます。うさぎの彫り物や夏目が持っていたトラの人形etc……。元々の狙いは、これは過去の回想なのか、それとも老いた家康の脳内世界なのかをあやふやにするため”と語っている。これは、もっと言えば、「どうする家康」の世界観を象徴しているようにも思えるのだ。

歴史とは、時間と共に、それを受け取った人たちと共に変容していく。誰がどの角度から見るのか、どこを重要視するかで様がわりする。そして、それはときには、オーパーツが混じったりもする。それが物語になっていくし、歴史だって、そうかかもしれない。

「どうする家康」は、長年、作られてきた“大河ドラマ”とは何なのか、歴史とは。物語とは。ということを考えさせられる試金石だった。ゆえに大河ドラマとは、歴史劇という名の幻想にすぎない。それをわかったうえで楽しむ知的なエンタメなのである。

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フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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