Yahoo!ニュース

「光る君へ」国際ロマンス詐欺未遂・周明はまひろをどう思っていたのか 松下洸平が語る

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「光る君へ」より 写真提供:NHK

大河ドラマ「光る君へ」(NHK総合)、第24回のサブタイトル「忘れえぬ人」とは誰のことだろうか。

A:まひろ(吉高由里子)にとっての道長(柄本佑)
B:一条天皇(塩野瑛久)にとっての中宮(高畑充希)
C:まひろと乙丸(矢部太郎)にとっての、亡きちやは(国仲涼子)
D:周明(松下洸平)にとってのまひろ

答えは自由だと思うし、どれも正解なんじゃないだろうか。もっとほかにもいるかもしれない。

文で死が知らされたさわ(野村麻純)などもそのひとりであろう。

「光る君へ」より 写真提供:NHK
「光る君へ」より 写真提供:NHK

(以下、ネタバレがありますので、ドラマをご覧になってからお読みください)

まひろモテ期到来

越前に来てがぜん、モテ期が到来したまひろ。宋の薬師にして実は日本人の周明ともいい感じなうえ、宣孝(佐々木蔵之介)にも求婚された。彼は「忘れえぬ人」がいても、それを含めてまるごと受け止めるとものすごく度量の深いことを言う。

これまで結婚する気がなかった、というか、高望みして婚期を逃してしまったともいえる状態であったが、道長のことは重すぎるし、宣孝だったら気楽なのではないかとか、子供も生んでみたいと思う(大意)と為時(岸谷五朗)に語る。それも宣孝に言われた、自分にはわからない自分を見てみたい欲求であり、それは作家らしい探求心ともいえそうだ。

「光る君へ」より 写真提供:NHK
「光る君へ」より 写真提供:NHK

周明、まひろを脅す

周明は、まひろが左大臣・道長と知り合いと聞いて、まひろを利用して左大臣に宋に便宜をはかってもらえるよう直接交渉することを考える。

最初は、まひろに優しく接し、一緒に宋に行こうと誘う。これまで松下洸平のウィスパーボイスは女性にとって心地よいものとして機能してきたが、周明役では、本心を隠した猫なで声的なものとして響くところが新鮮だ。今週も周明は「国際ロマンス詐欺」とSNSで騒がれていた。

まひろは、周明が本心を見せていないことに気づく。彼女のガードが固いため、周明は強行策に出る。まひろを脅して、左大臣宛に手紙を書かせようとする。

作戦が失敗したら、宋には戻れないと考えた周明は、まひろが手紙を書かなければ、彼女を殺して自分も死ぬと思い詰める。宋人でもなく日本人でもない中途半端な立ち位置の周明の苦しみをまひろは知る。

たぶんこれは、底辺に生きていた直秀(毎熊克哉)の生活を知ったとき以来の衝撃であったろう。

まひろは、直秀や母・ちやはを亡くしているので、死に急ぐ周明を肯定できない。まひろの気持ちには説得力がある。彼女のなかでは何年経っても、友やちやはの死を悔い、無念の死が繰り返されないように社会を変えたい気持ちはある。

復活の中宮

宋人は、あわよくば日本に進出するつもりで虎視眈々と狙っていた。交易を許可すればいいじゃないかと一条天皇は言うが、道長は警戒心を緩めない。越前からなら都にはすぐに攻め込まれる。京都は中心部が海から遠く外国からの侵入から守られているのだろうと思えてくる。

一条天皇は中宮のために宋の品を差し出すように言う。中宮への想いの表れだ。

出家した中宮だったが、出産を機に内親王になり、内裏の東、職御曹司に入り、再び一条天皇と幸せな日々を過ごしている。一条天皇は中宮を忘れることはできないようだ。

「光る君へ」より 写真提供:NHK
「光る君へ」より 写真提供:NHK

周明はあとから恋心に気づいた

結果的に、周明の作戦は失敗したが、朱(浩歌)は周明をゆるす。朱が人格者でよかった。彼が周明に語りかけた「お前の心の中からは消え去るとよいな」と言葉によって、周明はまひろを単に利用しただけではなかったことが想像できる。

「光る君へ」より 写真提供:NHK
「光る君へ」より 写真提供:NHK

松下洸平によると、周明は朱に言われて、はじめてまひろへの自分の想いに気づいたそうだ。

「朱仁聡から『お前の心の中からは消え去るとよいな』と言われたとき、まひろに対して淡い恋心を抱いていたことに初めて気づかされるという演出をつけていただきました。実は演出担当の方々と議論する中で、『周明がまひろに恋心を寄せている様子をどこまで見せましょうか?』と何回か相談したことがありました。その瞬間を見せられる場面はいくつかあったのですが、彼女との人間関係が壊れてしまった後に『まひろのことを慕っていたのか…』と自覚する方がドラマチックではないかとの結論に至り、今回の芝居につながりました」

とてもおもしろい解釈だ。無自覚で、自分が生き延びるためだけにまひろを利用していたつもりだったからこそ、まひろに陶器の破片をつきつける暴挙にも本気感が出る。

「陶器の破片で脅し、道長へ文を書くよう迫るシーンではまひろに拒絶されてしまいますが、彼女と過ごした時間や交わした会話は周明にとって、きっとかけがえのないものでとても楽しかったのだと思います。それゆえに自分の本当の気持ちと果たすべき使命があまりに裏腹で嚙み合わない。自らの出世欲や朱仁聡の期待に応えたいという思いとの葛藤により、張り詰めていたものがプツンと切れ、心がぐちゃぐちゃになってしまった瞬間の突発的な行動だったのかなと振り返っています。

そのシーンの最後に『つまらぬ夢など持つな』とまひろに吐き捨てますが、近づきそうだったものが自分の手から離れてしまったことで裏切られたと判断し、大切な人を傷つけるようにして去ってしまう。周明の繊細で脆く、悲しい人物像があらわれた場面だったと思います」

まひろを利用しようとする周明の気持ちについては松下はこう振り返る。

「周明は見習い医師ではありますが、宋と日本の交易を結ぶという密命を背負って上陸しました。その目的を果たすために、まひろを利用しようと企んで接近したことは確かです。けれども彼女に近づけば近づくほど、『今までの人生にこういう人と出会っていたら、自分の人生は変わっていたかもしれないな』という気持ちを抱くほどに心の変化がありました。

彼は日本にいたときも宋で働いていたときもあまり心を開かなかったと思いますし、ずっと孤独だったはず。そんながちがちに固まっていた自分の心をまひろの笑顔が少しほぐしてくれたような気がします。だからこそ彼女と話すときにふと見せる、周明の優しそうな表情は決して嘘ではなかったのだと思います」

乙丸の献身

誰もの心に忘れられない人がいて、それが生きる糧になる。

乙丸が長らく独身を貫いていたのは、ちやはが死んだとき何もできなかったことへの贖罪だったことが明かされ、乙丸のなかでもずっと忘れられない記憶だったと思うと胸がきゅっとなる。彼の長い献身が報われますように。

「光る君へ」より 「えっ」と驚く乙丸(矢部太郎) 写真提供:NHK
「光る君へ」より 「えっ」と驚く乙丸(矢部太郎) 写真提供:NHK

大河ドラマ「光る君へ」(NHK)
【総合】日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分【BS・BSP4K】日曜 午後6時00分 【BSP4K】日曜 午後0時15分
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大 
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事