Yahoo!ニュース

大坂の陣。でも今、戦う武将をヒーローとして描けるだろうか。「どうする家康」古沢良太の選択

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「どうする家康」より 打倒・徳川を狙う真田信繁  写真提供:NHK

戦場でしか生きられない人たちにも魅力は感じる

大坂の陣は、最もこだわったエピソード

NHKの大河ドラマ「どうする家康」第46回(12月3日放送)では大坂の陣がはじまる。この戦いを経て、乱世が終わり、長い平和が訪れる、歴史的に重要なエピソードである。

徳川家康を主人公にして1年間、異色の大河ドラマを描いてきた脚本家・古沢良太が、最終回まで書き終えて、「どうする家康」を振り返る。(前編)

「どうする家康」より 徳川家康、70代 写真提供:NHK
「どうする家康」より 徳川家康、70代 写真提供:NHK

――全48話を書き終えた今、どんなお気持ちですか。

古沢良太(以下古沢)「2年くらいかけて書いていた仕事が終わった今、少しずつ人間らしい生活を取り戻しつつあるところです。でもまだ終わった実感が持てなくて、心のどこかに台本直しの要求に備えている自分がまだいる、そんな状態です(笑)。とても苦労はしましたがやりがいがありました。ひとりの人物の人生を最初から最後まで描けたことは、とても得難い体験でした。こんなに話数をかけて描けるドラマは大河しかないので、すごく楽しんで書いていたのですが、ひとりで全話書くことは、めちゃくちゃ大変で。勉強してもしても足りなくて、次第に時間に追われるようになって……(笑)」

――第46回「大坂の陣」はどういうお気持ちで書きましたか。

古沢「大坂の陣は、最もこだわったエピソードです。長い生涯、ずっと戦争をし続けてきた家康の悲願であった戦なき世を成し遂げるための最後の戦争で、これでようやく、戦争に明け暮れた人生から解放されます。が、それは決して晴れやかなものではないというふうに描きたいと思いました。家康は平和と引き換えに、大事な個人の幸せを捨て、苦い苦いものを飲み込んで成し遂げたのだということを描きたかった。恨みも憎しみもたくさん買って、かわいがっていた千姫からも憎まれて、というように……」

――戦自体を描くのではなく、そこに至った家康の心情を描くということですか。

古沢「83年放送の、滝田栄さん主演の大河ドラマ『徳川家康』をはじめとして、歴史上の重要人物・徳川家康の偉人伝は、すでに十分、描き尽くされています。そこでぼくはそうではない家康の物語を描こうと思いました。ひとりのふつうの少年がどうやって乱世を生き抜いていったか、歴史年表をなぞった構成ではないものを目指しました。公人としての日本史上大事な出来事と、一私人の人生にとって大事な出来事は自ずと違ってきますから、一私人としての家康の人生をいかに魅力的に描くか考えたすえ、家臣たちとの絆や、家族との物語に重きを置きました」

――家康の「家」の由来を、瀬名や家臣と過ごす「家庭」と解釈しているのがよかったです(第7回)。

古沢「歴史研究者はしない解釈だろうけれど、ドラマ作家だったら、そういう解釈をしていいでしょう?という解釈をしてみました」

――乱世を生き抜いたひとりの“ふつう”の少年・家康の息子・秀忠を第44回で「偉大なる凡庸」と本多正信が言っていたのも印象的です。

古沢「織田信長や豊臣秀吉、武田信玄、今川義元と、様々なスター的な武将がいましたが、彼らは一代で隆盛を極め、後継ぎに継承するときに失敗して滅んだり力を失ったりしています。そのなかで家康だけが継承に成功した理由をずっと考えていました。いろいろな見方があるでしょうけれど、ぼくは、家康だけが天才じゃなかったからでは、と思ったんです。信長も秀吉も信玄も義元も天才だったと想定すると、天才の作った天才にしか運営できない仕組みは、ほかの誰も継承できない。それに比べて、家康はふつうの人だったから、ふつうの人が運営できる体制を作り、それを秀忠に継がせ、その後、江戸幕府は260年、続けられたのではないかなと僕なりに解釈しました。家康は天才でもなんでもない、むしろ人一倍か弱い、凡人として描くのがたぶん新しいだろうし、このドラマのテーマになると考え、そういうところからスタートして、人生の艱難辛苦の連続を乗り越えていくうちに変貌していく姿を描きたいと思いました」

「どうする家康」より 家康と本多正信(左) 写真提供:NHK
「どうする家康」より 家康と本多正信(左) 写真提供:NHK

――全48回の構成は最初から決まっていたのでしょうか。

古沢「最初に全48回のプロット(構成)をつくって、それを松本潤さんにも見ていただきました」

――全体の構成を読んで松本さんからは何か感想はありましたか。

古沢「僕の書いた『リーガル・ハイ』シリーズが好きで、出たいとおっしゃってくださっていたこともあったらしくて、『どうする家康』もとても面白がってくださったという印象です。意欲的に作品に臨んで、台本をすごく熱心に読み込んで、どこでどう変化したらいいのか、懸命に役を作ってくれました。大河は順撮りではないにもかかわらず、家康の変化の段階を緻密に繊細に計算されていたと感じます」

――終盤、ようやく家康の心情がわかる、そこに行き着くための演技が計算されていたということですね。つい途中で匂わせたい欲が出てしまうものなのに長い物語のなかでよく辛抱されたと感じます。

古沢「脚本を読む力や理解力がすごくある人ですね。最初に書いたプロットも、長めに描いた回もあれば、わずか1、2行の回もあったけれど、それを読んだ時点で、ぼくがやりたいと思っていることを的確に把握して、ちゃんと計算してやりたいという思いがあったと感じます。後半の貫禄のある松本さんもすばらしいですが、ぼくからしたら、前半のだめだめな家康をそこまで振り切ってやることのほうが、たぶん難しいことだと思うんです。それをよく演じてくださったと感謝しています」

――描きながら変わっていったことはありますか。

古沢「家康の変化は基本的には最初に作った通りですが、途中で3回ほど、松本さんと話しました。それによって、最後にたどりつく、家康の境地は、書きながら見つかったことで、自分では想像してないところにたどりついた感じがありました」

茶々はこのドラマのラスボスです

「どうする家康」より 戦国の化け物たちの思いとDNAを受け継いだ最後の敵・茶々と秀頼 写真提供:NHK
「どうする家康」より 戦国の化け物たちの思いとDNAを受け継いだ最後の敵・茶々と秀頼 写真提供:NHK

――放送がはじまる前、古沢さんはインタビューで、「現代でも戦争はあり、苦しんでいる人たちがたくさんいます。戦乱の世を、男のロマンとして描くことはもう難しいだろうと思っていました」(「NHK大河ドラマ・ガイド」前編より)と語られていましたが。

古沢「戦国武将は、戦をして勝って、他国を切り取り天下をとることを目指していて、そういうことに優れている人がかっこいいと思われ、ヒーローとして描かれてきたけれど、今、そういう人物をヒーローとして描けるのか、という疑問がありました。僕が家康に魅力を感じたのは、天下をとってやるぞ、みたいなことにロマンを感じない人物なのではないかと思ったからです。ぼくの勝手な印象かもしれないけれど、家康はたぶん、戦争がいやでいやで、なんとかして戦争のない世の中を生きたいと思っていた人なんじゃないかと。少なくともぼくはそういうふうに解釈したかったので、それをベースに書きました。戦争も人の上に立つことも彼にとっては苦行でしかない。口では勇ましいことを言いながらやってきたのは人殺しだと(第45回)、『どうする家康』の家康は最後まで、本音ではそう思っているんです」

――いまの時代、戦いに生きる者はヒーローとして描きづらいという一方で、戦場でしか生きられない人たちーー茶々をはじめ、真田父子、本多忠勝や榊原康政、井伊直政などをどう思っていましたか。

古沢「今回、ぼくは、これまでの戦国大河と同じにならないように、戦いを好まない側を選びましたが、どちらにも魅力は感じています。武士は、戦争で功を成して出世することがアイデンティティで、そのために生きているわけだから、それを否定もできない。たまたま家康が特殊だったから、二度と乱世が来ないようにできたとはいえ、それによって、日本人から牙を抜いてしまったという考え方もあるとは思うんです。だから、茶々が最期に言うセリフは、このドラマのもうひとつのテーマというか、真実だとは思っています。あれを言わせたくて茶々を描いていたところはありますね」

――茶々の描き方もおもしろかったです。

古沢「茶々はこのドラマのラスボスです。家康が若い頃から戦ってきた、戦国の化け物たちの思いとDNAを受け継いだ最後の敵が、茶々と、彼女が育てあげた秀頼なので、彼らは戦国の化け物たちの集大成のように見えればいいなと思って描きました」

後編に続きます

Ryota Kosawa
1973年、神奈川県生まれ。2002年、脚本家デビュー。主な作品に、ドラマ「リーガル・ハイ」シリーズ、「デート〜恋とはどんなものかしら〜」、「コンフィデンスマンJP」シリーズ、「外事警察」、「Q〜こどものための哲学」、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズ、「ミックス」、「エイプリルフールズ」、「探偵はBARにいる」、「レジェンド&バタフライ」、「映画ドラえもん のび太と空の理想郷(ユートピア)」などがある。

どうする家康
NHK総合 毎週日曜20:00~放送 BS、BSプレミアム4K 毎週日曜18:00~放送ほか
主演:松本潤
作:古沢良太
制作統括:磯智明
演出統括:加藤拓
音楽:稲本響

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事