家康が批評的なキャラクターになったわけ 「どうする家康」制作統括・磯智明の眼差し
過去の名作に唯一、太刀打ちできるとすれば、現代の眼差しを取り入れることだと思う
「どうする家康」制作統括・磯智明チーフプロデューサー インタビュー第2回
大河ドラマ「どうする家康」(NHK)は圧倒的に有名な徳川家康を主人公にしながら、世間のイメージを裏切るキャラクターで、話題の的になった。例えば、序盤、有名な「厭離穢土欣求浄土」という言葉を、登譽上人(里見浩太朗)ではなく、榊原康政(杉野遥亮)が家康(松本潤)に伝えたり、大河では見せ場とされてきた登場人物の散り際を控えめにして、予想をひらりひらりとかわしてきた。その理由とはーー。
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12月10日、第47回「乱世の亡霊」の放送、そして12月17日に最終回を迎えるにあたり、制作統括・磯智明チーフプロデューサーにインタビュー。「どうする家康」で行った挑戦を振り返ってもらった。
家康自身が批評的なキャラクターになった
――脚本づくりにあたり、たくさんシナハン(シナリオハンティング)もされたようで、おそらく、そこで見た、現在と地続きになっている記憶の印象みたいなものが物語に生かされている気もしました。田鶴(第11回)の椿姫観音堂が残っていたり、家康の愛用した鉛筆や金時計(第45、46回)は久能山東照宮博物館に残っていたり。ドラマを見た後、追体験できます。そういう意識はありましたか。
磯智明(以下 磯)「歴史は常に問い直される。今を生きる人たちによって新たな光を当てて、そこから見えるものがあると思っています。橋田壽賀子さんやジェームス三木さんたちの世代は、僕もお話ししたことがありますが、自分の体験や、彼らが生きている時代の空気を、大河ドラマに叩き込んでいたような気がするんですよ。彼らは自分の戦争体験を戦国ものを通して描いていたと思います。つまり、大河ドラマとは常に、今、作っている人たちが、歴史をどう考えるかという視点を入れ込まざるを得ないと思うんです。過去の名作には、それをなぞるだけでは太刀打ちできなくて、唯一、太刀打ちできるとすれば、現代の眼差しを取り入れることだと思います。今回でいえば、今の人が家康や戦国ドラマをどう思うのか。古沢さんと打合わせしていく中で、今、ウクライナはどうなんだというような話にやっぱりなりました。今、戦国ものを書く意味とは何なのか。戦が当たり前だった時代にも、戦を嫌がる感覚はあったであろうし、それを描く以上は歴史は今と陸続きであることはちゃんと見えるようにしたいなと思って思いました」
――今の時代でなければ、こういう物語にならなかったのかなという気がすごくします。例えば、古沢さんが十年前に描いていたら、違ったんじゃないかと。日に日に戦争が激化して世界が大変な事になっていますが、今回の選択を改めてどう思われますか。
磯「この企画を立ち上げた当初、ウクライナの状況はわかっていなかったし、こんなふうになるとは想像していませんでした。ただ、昔ほど合戦シーンに血湧き肉躍る人は多くないだろうし、戦に至るまでに何を考えたか、そういう人間ドラマを見たい人もいるのではと思います。日曜8時に表現できる制約もありますし。古沢さん自身が、戦うことについて非常に批評的に見ていた気もして。そのため、家康自身が批評的なキャラクターになっていましたよね。それと、古沢さんのドラマは、『家康』に限らず、センチメンタルじゃないんですよね。『リーガルハイ』の古美門弁護士も、事件に対して微妙な距離感をもって関わっていく。歴史を描く上でそこまでセンチメンタルに染まり切らない古沢さんの眼差しがぼくは好きです。古沢さんは人の死の瞬間や別れの場面の心や身体の痛みみたいなものを直接的に描かず、それよりも、その人物が生きて、一番輝いて、一番魅力的に見える瞬間を描きたいと思っている気がします。そこが古沢さんらしいというか彼のこだわりだと感じたので、脚本づくりのうえで、なるべく、彼のこだわりや思いが引き立つようなストーリーを構築していきました」
――いままでの大河は死が見せ場になっていました。
磯「古沢さんは死をあまり美化したくないのだろうなという気がしますよね」
古沢良太さんの回答
「死を盛り上げて描くのは限られた回だけにしようと思っていました。さらっといつの間にかいないというほうが好みです」
――今回、多様性に目配りしたような人物がたくさん出てきましたが、それも今の時代を鑑みたのでしょうか。
磯「そこは古沢さんのこだわりだったような気がします。時代考証の先生もおっしゃっていますが、歴史に残る部分は歴史を書き残せるポジションにいた人が書いたものーーつまり武士や男性が圧倒的に多く、そこからこぼれていく人達がいます。古沢さんはそのこぼれ落ちた人たちーー女性たちや身分の低い者たちの物語を作りたいと考えていたようです。このような人々に関する記述は非常に乏しいので、逆に古沢さんとしてはそこは自分の想像力を生かせると、筆が進んだのではないかなと思います。幸い、最近の歴史研究も、メインストーリーというよりは歴史的な事件の傍にいた人たちの物語やエピソードや記録が続々と発見されて、当時の女性の想いを察する手がかりみたいなものが増えてきているので、そんなところを膨らましながらドラマに取りこんだということはあると思います」
古沢良太さんの回答
「たくさんの人物が次々に登場し、名前も現代人には覚えにくいものが多いので、何とか視聴者の印象に残るようにと個性を考えていました」
――井伊直政も、美少年だったという話もあるからなのか、華奢な板垣李光人さんがキャスティングされたことも興味深かったです。必ずしも、武将が鍛えあげられた強靭な肉体でなければいけないということではないという気もして。
磯「戦国ものを描くと、マッチョな人たちの武勇伝みたいなものになりがちなので、武将にもいろいろな個性を取り込みながらやっていきたいという考えはありました。特に三河家臣団は、キャラクターの多様性が重要だなと、意識して統一しないようにしていました。そのなかで、井伊直政については、古沢さんが、家康がひじょうに目をかけたとか、繊細な部分をもっていたという記述に着目して描かれたというのがありますよね。歴史の人物評って、こういう部分もあれば、こういう部分もあると、様々な史料があり、トータルにまとめていくと、結局どういう人だったのかわからなくなることがあって(笑)。井伊直政に関しては、古沢さんは直政と家康の関係性を重視したように思います」
――新しいキャラクター像というところで、序盤、印象的だったのが「厭離穢土欣求浄土」を小平太(榊原康政)が登譽上人から聞いたと又聞きで家康に伝えます。なぜ上人に言わせなかったのかなと思っていました。
磯「三河家臣団の存在理由みたいなものを古沢さんが作りたかったのだと思うんです。そこで『厭離穢土欣求浄土』という家康が背負っていく人生のテーマを、榊原という人物にある役割を与えて、彼がある意味、家康の精神的な部分を具体化して行くポジションにした。それと、家康がなぜ榊原のような人物を家臣にしたのか、榊原の存在理由が必要だと思ってああいうエピソードを考えたのだと思います」
Tomoaki Iso
NHKプロデューサー。1990年入局。ドキュメンタリー番組を経て、ドラマ制作へ。2005年、演出からプロデューサーへ転身する。主なプロデュース作品に、大河ドラマ「平清盛」(12年)、連続テレビ小説 「なつぞら」(19年)、「富士ファミリー」(16年)、「スニッファー 嗅覚捜査」(16年)、「あなたのそばで明日が笑う」(21年)ほか。文化庁芸術祭優秀賞、ギャラクシー賞などを受賞
どうする家康
NHK総合 毎週日曜20:00~放送 BS、BSプレミアム4K 毎週日曜18:00~放送ほか
主演:松本潤
作:古沢良太
制作統括:磯智明
演出統括:加藤拓
音楽:稲本響