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性別も年齢も関係ない表現方法でこれからの人生、チャレンジしたい。水谷八重子さん、あらえびす文化賞受賞

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
神田明神のなかにある銭形平次の碑に参る水谷八重子さん。撮影:筆者

野村胡堂原作の「銭形平次捕物控」との深い縁

「なにしろ8回というのがうれしいじゃないですか。……八重子でございます」

第8回あらえびす文化賞を受賞した水谷八重子さんの挨拶の第一声である。8回と八重子の名前をかけたところが洒落ている。

あらえびす文化賞とは、「銭形平次」の生みの親・野村胡堂を顕彰する目的で創設された賞。「あらえびす」とは、野村のペンネームだ。

水谷さんは、女優、ジャズ歌手、エッセイストとして日本の芸術・大衆文化の発展に大きく貢献し、野村胡堂原作の「銭形平次捕物控」との縁も深く、映画「銭形平次捕物控 美人蜘蛛」(60年)への出演や、舞台では大川橋蔵が座長を務めて人気を博した歌舞伎座恒例師走興行での「銭形平次捕物控」(74年)にも出演していることから、今回の受賞となった。

神田明神で昇殿参拝 撮影:筆者
神田明神で昇殿参拝 撮影:筆者

銭形平次ゆかりの神田明神で行われた授賞式での水谷さんの挨拶は鮮やかなツカミで、その後も前向きでとてもすてきなお話を長くも短くもない程よさにまとめ、じつにスマートだった。

歌だったら、男の子になろうが女の子になろうがおばあさんであろうが、なんにでもなれる。

水谷さんが生まれてはじめて賞を受けたのは、1960年、『妖刀物語 花の吉原百人斬り』の八ツ橋の演技に対するNHK最優秀助演女優賞だった。

「これが最後と思っていたら、いまになってこうして賞をいただけるこんなにうれしいことはございません。これを励みに絶対に力を出してもうひとはたらきもふたはたらきもがんばっていこうと思っています。新派の古典ものがなくなりつつあります。それをなんとか建て直していきたい。でも芝居の場合には実年齢というものがすごく邪魔をします。歌だったら、男の子であろうが女の子であろうがおばあさんであろうが、なんにでもなれる。そういう歌という表現方法でこれからの人生、チャレンジしていこうと思っております」

選考委員長 日本作家クラブ 理事長 竹内博さんの選考理由はこうである。

「テレビ草創期の昭和時代から平成、そして令和へと時代を越えて活動し、最近でも音楽コンサートに出演するなど活躍が続いています。これら芸術文化における多くの功績が第8回あらえびす文化賞にふさわしいため今回のご受賞となりました」

「十手を持ちたいわね」と冗談を言う水谷八重子さんと、日本作家クラブ 理事長 竹内博さん 撮影:筆者
「十手を持ちたいわね」と冗談を言う水谷八重子さんと、日本作家クラブ 理事長 竹内博さん 撮影:筆者

長谷川一夫の言葉「なんで女型の真似するんや!」 

水谷八重子さんが、文化賞のリーフレットに綴った挨拶文も、エッセイストらしい軽妙にて知的な文章。そのなかの長谷川一夫さんの教えが印象的だった。

“胸布団、胴布団、腰布団、着物を着る時用の詰め物を、全部持たされて、京都大映撮影所の長谷川先生の元へ送り込まれた。ありとあらゆる、詰め物を詰めて、衣装を着せられて、長谷川先生の所に行った。

「よう肥えてるなあ」 第一声がこれだった。

「そこいらじゅうに詰め物をして、女の曲線をなくして、なんで女型(原文ママ)の真似するんや! 自然に、女型が出せない曲線が出るやないか!」

 ズーーーっと先生のお言葉を守っております。”

この逸話がすてきだと水谷さんに伝えると、続きを話してくださった。

「衣装屋さんが着せやすいんですよ、ずんどうだと。四角いものですからね着物は。くびれていると紐が食い込んじゃったりして着せにくい。だから布団をいれて曲線をなるべく殺してぺったんこにすることが常識でした。それを長谷川先生が、女には女の曲線があるから大事にしろと。それ以降、一度も詰め物をしたことはありません。

現在、宝塚劇場の支配人の甲にしきさん(現・小川甲子さん)も、長谷川先生の舞台で同じことを言われていらして。自分以外の人がやっていることを見ると客観的にわかるんですよね。自分が言われている当事者だと見えなかったことが、ここがこうでなるほどなっていうふうによくわかりました」

男性が女性を演じていた時代のやり方でなく、女性らしさを大事にした衣装の着こなしを行うようになった時代を経て、いまや性別も年齢も超えられる”歌”という表現を獲得された水谷さんはきらきら輝いている。

ちなみにYahooニュースも読んでいるとおっしゃっていた。Xもやっていて、新しい文化も積極的に取り入れつつ、歴史も伝えることができる、時の流れを自由に行き来しているのだ。

あらえびす文化賞とは

大正・昭和を代表する国民的大作家である野村胡堂を顕彰する目的で創設した賞。野村胡堂は、捕物小説の一大傑作『銭形平次捕物控』で有名だが、ペンネーム「あらえびす」として音楽評論家活動も行っていた。「あらえびす文化賞」は、野村胡堂が初代会長だった日本作家クラブが設立、胡堂の多岐にわたる業績をカバーするために文化全般を対象にしている。

あらえびす文化賞 歴代受賞者

◆第1回  2016年(平28)4月24日 吉村卓三(『鳥と卵と巣の大図鑑』等の教養書・啓蒙書の出版による文化活動)、特別賞・舟木一夫(テレビドラマ「銭形平次」テーマ曲を熱唱)

◆第2回  2017年(平29)10月6日 笠原章(劇団若獅子30周年および新国劇創設100周年を顕彰)

◆第3回 2018年(平31)4月18日  江戸総鎮守 神田明神宮司・大鳥居信史(永年にわたり神田明神の宮司を務め、神田祭や銭形平次の碑建立に貢献した功績)

◆第4回  2020年(令2)10月15日  一般財団法人 100万人のクラシックライブ代表・蓑田秀策(クラシック音楽のコンサートを通じて社会に幅広く普及、伝達)

◆第5回 2021年(令3)11月18日 クラリネット奏者・花岡詠二(スウィングジャズの先駆者としてジャズの発展に貢献した)

◆第6回 2022年(令4)6月8日 俳優・高橋英樹(映画やテレビドラマでの名演技が国民に夢や希望、勇気を与えた功績)

◆第7回 2023年(令5)6月15日  弦哲也(作曲家の第一人者として楽曲提供数は2500以上にのぼり、歌を通じて国民大衆の心を捉え、癒し、明日を生きる活力に資した功績) 特別賞・影山 亮(明朗時代小説家・山手樹一郎の学術研究)

第5回受賞者・クラリネット奏者・花岡詠二さん(右)、一般財団法人 100万人のクラシックライブ代表・蓑田秀策さん(左)と 撮影:筆者
第5回受賞者・クラリネット奏者・花岡詠二さん(右)、一般財団法人 100万人のクラシックライブ代表・蓑田秀策さん(左)と 撮影:筆者

日本作家クラブとは

創作活動に携わる者たちの職能的な結合体として、広く文化や芸術の振興および会員相互の自己啓発と親睦を図ることを目的に1949年に設立された団体。初代会長は野村胡堂。草創期の会員には江戸川乱歩、海音寺潮五郎、横溝正史、山手樹一郎、山岡荘八、吉川英治らの錚々たる文豪が名を連ねた。同人雑誌『文芸』を出版している。「野村胡堂文学賞」「あらえびす文化賞」を運営。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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