ガザ侵攻のかたわらで進むパレスチナの内部抗争――パレスチナ自治政府による難民キャンプ攻撃の衝撃
- イスラエル軍によるガザ攻撃が続くなか、パレスチナ自治政府の部隊は難民キャンプを拠点とするパレスチナ過激派への攻撃を加速させている。
- 過激派組織は対イスラエル戦争の主体になっていて、自治政府による過激派掃討はイスラエルを利するものという批判もある。
- その一方で、自治政府の目からみれば、二国家建設を否定し、武力によるパレスチナ支配を目指す点で、イスラエルと過激派は大同小異である。
パレスチナ人同士の争い
イスラエルによるガザ侵攻が始まって間もなく1年3カ月。戦争の長期化はパレスチナに新たな火種をふりまいている。
昨年12月中旬、ヨルダン川西岸ジェニンにある難民キャンプが攻撃され、多くの死傷者が出た。
ジェニンの難民キャンプは1953年に設立されたパレスチナ最古の難民キャンプの一つだが、現在ではイスラーム組織ジェニン連隊の拠点になっていた。
ジェニン連隊はパレスチナ人によって構成されるが、ジハードを掲げ、2023年10月にイスラエルのガザ侵攻が始まる以前から、しばしばイスラエル軍と衝突してきた。
しかし、今回攻撃したのはイスラエル軍ではなくパレスチナ自治政府の治安部隊だ。激しい銃撃戦で、これまでにジェニン連隊のヤジド・ジャイセフ司令官の死亡も報じられている。
イスラエルによるガザ侵攻が続き、4万人以上ともいわれる犠牲者が出るなか、なぜパレスチナ人同士の争いが激化しているのか。
その根本的な原因は「パレスチナが今後どうあるべきか」をめぐる意見の対立にある。
イスラエルと全面対決するべきか
パレスチナ自治政府は「パレスチナ人を代表する組織」として国連にもその立場を認められている。その配下にある治安部隊はパレスチナの治安維持の権限をもつ。
自治政府の基本方針は、国連決議で「パレスチナ人の土地」と認められたヨルダン川西岸とガザにパレスチナ国家を建設することにある。
これは1993年のオスロ合意でイスラエルとパレスチナが約束した内容でもある。
自治政府の中核を占めるファタハは現在でこそ政党だが、1960~80年代にはパレスチナ全土の解放を掲げ、イスラエルとの全面衝突を繰り返した武装組織だった。
そのため当時イスラエルやアメリカから「テロ組織」と呼ばれた。
しかし、その後武力闘争の限界に直面したファタハは、国際的な支持を得られる「二国家建設」に舵を切り、ヨルダン川西岸とガザだけでも確保する道を選んだのだ。
当初、この方針は多くのパレスチナ人から支持された。
しかし、オスロ合意の後もイスラエルとの衝突は止まず、経済も停滞するなか、自治政府の穏健な方針に反発するパレスチナ人も増えた。
こうした不満を吸収して台頭したのがハマスだ。ハマスはあくまでパレスチナ全土をイスラエルから奪還することを掲げる。
自治政府とハマスは方針の違いから2007年に衝突した。この戦いで治安部隊を撃退したハマスは、それ以降ガザを実効支配するようになった。
それ以来、パレスチナは二国家建設と全土奪還の二つの方針を抱えてきた。
そのため自治政府はイスラエルのガザ侵攻に抗議する一方、ハマスなどによるイスラエル攻撃とは距離を置いてきた。
ジェニン連隊は全土奪還を目指す過激派の一つで、ハマスとも連携している。そのためハマスなど過激派は治安部隊によるジェニン攻撃を強く批判している。
ガザ侵攻でエスカレートする対立
とはいえ、パレスチナ内部の穏健派と過激派が直接戦火を交えることは、これまで決して多くなかった。
それにもかかわらず治安部隊が今回ジェニン連隊に激しい攻撃を加えたことには、ガザ侵攻の影響が無視できない。
昨年8月、イスラエル軍はヨルダン川西岸で大規模な掃討作戦を開始し、ジェニン一帯にも部隊を進めた。イスラエル軍は「難民キャンプがテロリストの巣窟になっている」と主張し、ブルドーザーを投入してパレスチナ人の家屋などを次々と破壊した。
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ガザ侵攻開始以来、ハマスなど過激派はヨルダン川西岸でも活動を活発化させ、これに比例してイスラエルによる攻撃も加速した。
いわば自治政府の手が及ばないところで、過激派とイスラエルがヨルダン川西岸を舞台に衝突をエスカレートさせてきたといえる。
こうした背景のもと、昨年12月頃からはイスラエル政府の複数の閣僚から「安全を確保するためにはガザとヨルダン川西岸をイスラエルに正式に編入するしかない」という主張が相次いでいる。
つまり自治政府からみれば、過激派の活動がエスカレートするほどイスラエルに絶好の口実を与え、二国家建設どころかパレスチナ人の土地そのものが本当に消滅しかねない。
この危機感が治安部隊によるジェニン攻撃のきっかけになったとみてよい。
自治政府はイスラエルに媚びている?
ただし、治安部隊によるジェニン攻撃には過激派以外からも批判が出ている。
例えばカタールのアルジャズィーラは「自治政府はハマスなどに奪われた主導権を回復するためジェニンを攻撃したとしか思えない」「ジェニン攻撃で治安部隊はアメリカ製の兵器を用い、イスラエル軍と同じく水道や電気を遮断し、民間人でも無差別に発砲した」という専門家の見解を紹介したうえで、「自治政府はイスラエルやアメリカの好意を獲得しようとしている」と糾弾した。
これに対して自治政府はアルジャズィーラのヨルダン川西岸での活動を禁止した。
アルジャズィーラは中東屈指のメディアとして多くのユーザーを抱え、これまでイスラエルの軍事作戦を詳細に報道して批判を展開してきた。
そのため昨年5月、アルジャズィーラはイスラエルでも活動を禁じられた経緯がある。
そのアルジャズィーラに対する自治政府の規制は、今後パレスチナ関連の国際報道の減少を招きかねないと懸念する声もある。
反イスラエル、反ハマスの声
その一方で、自治政府による報道規制は行き過ぎだとしても、それと同じくこの問題に関するアルジャズィーラの論調もやや一方的といわざるを得ない。
確かなのはパレスチナ人の全てがハマスなど過激派を支持しているわけでないことだ。
イスラエルやアメリカの一部メディアには「パレスチナ人はみんなハマス」といった言説を展開し、イスラエル軍による民間施設攻撃を擁護する意見もある。
しかし例えば昨年11月初旬、ガザで最も権威あるイスラーム指導者の一人サルマン・アル・ダヤフ師は「民間人を巻き添えにするハマスの戦術はイスラームの根本原理と相容れない」というメッセージを発した。
イスラエルの占領政策やガザ侵攻も、ハマスなど過激派による徹底抗戦も、どちらも支持しないアル・ダヤフのような意見はパレスチナにもある(こうした声は過激派によって押さえ込まれやすいが)。
その意味で、民間人の犠牲を厭わない戦術を展開するハマスなど過激派は、「テロリストが人間の盾を使っている」という大義名分のもと民間施設を標的にし続けるイスラエル軍は、大同小異と言わざるを得ないのである。