教職離れにジェンダー格差 採用倍率「過去最低」、精神疾患で休職「過去最多」の新たな異変に迫る
2024年12月、文部科学省は2つの衝撃的な全国調査の結果を発表した。一つは、教員採用試験の倍率が「過去最低」を記録したこと。そしてもう一つは、教員の精神疾患による休職者数が「過去最多」を記録したことだ。教職の現場はいま、最大級の危機に直面している。
しかし、この危機において、ある重要な問題が見過ごされている。それは、危機の「ジェンダー格差」だ。「過去最低」や「過去最多」の状況は、男女に等しく影響しているのではなく、とりわけ女性に重くのしかかっている。2つの全国調査の独自分析から、女性における教職の困難を明らかにする。
■ジェンダーから見る採用倍率「過去最低」
受験者の女性割合 4割にまで減少
文科省が2024年12月25日に発表した「令和6年度公立学校教員採用選考試験の実施状況」によると、2024年度に採用(試験は2023年度に実施)された公立校教員の採用倍率は3.2倍と、「過去最低」を更新した。学校種別では、小学校が2.2倍、中学校が4.0倍、高校が4.3倍で、いずれも過去最低であった。
倍率は2倍を超えているのでまだよいようにも見えるが、都道府県・政令市等(計68)のうち9自治体では小学校の倍率が1.2~1.3倍にまで低下している【注1】。
倍率低下には、受験者数の減少が大きく関係している。だがその「減少」は、男女に等しく生じているわけではない。
今回、文科省の『教育委員会月報』に年に1回掲載される教員採用試験の女性受験者数に関連するデータを過去にさかのぼって収集したところ、1980年度採用試験まで情報を入手することができた。女性が占める割合(折れ線グラフ)は、1995年度採用試験時に63.0%(小学校72.0%、中学校66.8%、高校47.4%、特別支援学校69.5%)とピークに達し、それ以降はおおむね減少しつづけ、4割程度にまで低下している。
この傾向については、女性の活躍できる職場が学校外にも増えてきたと考えればよいようにも思える。だが、かつて6割に達していた受験者の女性割合は、いまや平等=半数を切って、4割にまで低下していることが重要だ。職場としての学校は「平等化」ではなく「男性化」している。
- 注1:採用倍率(受験者数÷採用者数)の算出において、実際の採用者数に人数の重複カウントは起こらない。だが、受験者数については一人で複数の自治体を受験することが十分にありうる。結果として、採用倍率はやや高めに算出される可能性がある。
「女性割合の低下」のデータが消える
倍率の減少傾向がつづくなか、「教育の質の低下」や「教師不足」を嘆く声は多く発せられてきた。一方で女性における受験者の減少傾向は、まったくといってよいほど見出されてこなかった。昨年5月にその動向を指摘した拙稿「教職離れ、女子学生に顕著」には、多くの反響が寄せられた。
ところがここにきて、さらに重大な問題が生じていることを指摘せねばならない。文科省の「公立学校教員採用選考試験の実施状況」において、女性割合の低下を示すデータそのものが、公表されなくなっているのだ。
その兆候は、2020年度採用試験から見え始めた。これまで受験者数とその内数として女性受験者の人数が示されてきた統計表に、次のような注記が付されるようになった。
【第5表 受験者数、採用者数に占める女性の割合】
以下の県市については、受験者の男女別内訳を把握していないため、受験者数に含まない。
神奈川県、滋賀県、大阪府(小学校等以外)、大分県、横浜市、相模原市、大阪市、堺市、福岡市
2020年度採用試験の時点で、神奈川県や大阪府をはじめ計9自治体が、受験者の性別を把握しなくなった。全国データに突如として相当な欠損が生じるようになった。筆者が作成した先ほどの図で横軸を2019年度止まりとしたのは、データの欠損が理由である。
ジェンダー問題への対応が問題を見えなくさせる
翌2021年度採用試験では、東京都が加わり計10自治体が、翌2022年度にはさらに増えて計13自治体が、受験時に性別を把握しなくなった。都市部を中心に性別の情報が欠損するなか、ついに2023年度試験から文科省は、男女別の受験者数の統計情報を公開しなくなった【注2】。
今日、各種願書や申請書類において、性的少数者への配慮から、性別欄を廃止する動きが広がっている。教育関連では、高校の入学試験における願書の性別欄は、各地ですでに廃止されている。教員採用試験についても、たとえば栃木県教育委員会は、2023年度採用試験で性別を把握しなくなったことについて、「性的少数者への配慮から、願書の性別欄は廃止した」と説明している(下野新聞、2022年4月21日付)。
女性の教職離れが深刻化するなかで、ついにそれを証明するためのデータ自体が消えてしまった。ジェンダー・センシティブな対応が、かえってジェンダーの問題を見えなくさせてしまうという皮肉な結果である。
- 注2:なお特異なケースとして、横浜市のみがかつて2005年度~2009年度間に受験者の男女別数を把握していなかった。「平成22年度公立学校教員採用選考試験の実施状況」の「第3表 公立学校教員の受験者及び採用者の推移」を参照。
ジェンダー統計の重要性
ジェンダー法学を専門とする三成美保氏は、朝日新聞の取材において、受験等で性別情報が欠如すると、2018年に発覚した医学部の不正入試(女性や浪人生が不利に取り扱われた)のような問題が可視化されなくなると指摘している(朝日新聞、2021年2月8日付)。
統計における男女別データのあり方については、内閣府男女共同参画局に設けられた「ジェンダー統計の観点からの性別欄検討ワーキング・グループ」が2022年に議論を重ねている。男女共同参画に後れをとっている日本社会では格差の解消に向けて「男女別のデータを確実に取得することが重要。したがって、性別欄の有無に関する拙速な対応は慎むべき」と結論づけている(「ジェンダー統計の観点からの性別欄の基本的な考え方について」)。
それはけっして、性別欄には害悪がないと主張するものではない。性的少数者等への配慮が必要であることは言うまでもない。だからこそ、どのように性別情報を収集していくのかが問われている(詳しくは、「ジェンダー統計の観点からの性別欄の取扱いについて(令和4年8月29日更新)」)。
■ジェンダーから見る精神疾患の休職「過去最多」
若手教員のしんどさ
ここまでの話題は、入職前の教職離れ傾向であった。次に、入職後の状況を確かめてみよう。
文科省が2024年12月20日に発表した「令和5年度公立学校教職員の人事行政状況調査結果」によると、2023年度に精神疾患で病気休職した全国の公立校教員は7119人で、3年つづけて「過去最多」を記録した。精神疾患による1か月以上の病気休暇の取得者をくわえると13045人に達し、これも3年連続で過去最多を更新した。
各種報道では、精神疾患において若手の割合が高いことへの言及が多い。実際に1か月以上の病気休暇を含めた場合の在職者数に占める割合は、20代がとくに高い。
また退職者数について、採用から1年未満で辞めた者が過去最多となったことも報道されている。2022年度から151人増加の788人で、うち269人が精神疾患を理由にあげたという。
精神疾患の男女差が拡大
報道では、若い世代に注目した記事が目立つ。一方で、男女差の問題に切り込んだ報道は見当たらない。
精神疾患による病気休職・休暇の危機は、男女に等しく訪れているわけではない。そこには、危機のジェンダー格差が確認できる。
「公立学校教職員の人事行政状況調査」を過去にさかのぼり、病気休職について男女別の人数が確認できる2008年度から今回の2023年度までのデータを整理し、その推移を図にあらわした。図2は、精神疾患による病気休職者の人数を在職者数で除した数値で、図3は精神疾患による病気休職者ならびに1か月以上の病気休暇取得者の人数を在職者数で除した数値である。
図2から明らかなように、かつて2010年代半ば頃まで、男性と女性の数値は酷似している。ところが2010年代半ば以降、女性の数値が少しずつ高くなり、男女の間が開いていく。なお、ここ2~3年は男性の数値も上昇している。
図3は1か月以上の病気休暇取得者を合わせたもので、2016年度以降しかデータが公表されていない。2016年度時点では男女はほぼ同程度の値で、それ以降、両者の間に開きが見られるようになっている。ここ2~3年は男性の数値も上昇している。
■教職の危機にいかに向き合うか
学校は長らく、「女性が働きやすい職場」と言われてきた。だが、現実はちがう。今回の2つの全国調査を用いた分析からは、入職前と入職後の双方ともに、「女性の教職離れ」の進行が見えてきた。
浜銀総合研究所が実施した大学生調査では、教員免許取得に至らない理由として、民間企業等への志向や、教職の単位取得上の困難にくわえ、職場環境・勤務実態に対する不安があげられている。また、現職教員の精神疾患については、精神科医の大石智氏によると、学校における欠員の常態化や労働時間管理の不備などによる心理的安全性の不足が影を落としている(教育新聞、2024年12月20日付)。
教職という仕事は、心身ともに過酷である。今回の分析結果からは、そうした職場環境に対してとくに女性がNOを突きつけているようにも見えてくる。
教職のデータ分析に際してジェンダーの視点を取り入れること、そこで得られた結果をもとに職場環境の改善を図っていくこと、これが教職の危機を食い止める有効な手立てになると、私は考える。