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サッカーブラジル代表が黒いユニフォームを着た意味――グローバルサウスの抗議

六辻彰二国際政治学者
国際親善試合に黒いユニフォームで臨むブラジル代表(2023.6.17)(写真:ロイター/アフロ)
  • レアル・マドリードFWヴィニシウス・ジュニオールに対するバレンシアの侮蔑行為は国際問題に発展した。
  • 欧州サッカーでは人種差別が問題視されながらも、長年ほとんど放置されてきた。
  • 伝統の黄色ではなく黒いユニフォームを着用したブラジル代表は抗議の意思を世界に示したが、これは差別問題に熱心でないとみられる先進国に抗議するグローバルサウスの風潮を象徴する。

 ブラジル代表が伝統の黄色ではなく黒いユニフォームで試合をしたことは、広い意味ではグローバルサウスからの抗議ともいえる。

黄色ではなく黒

 サッカーのブラジル代表は6月17日、スペインでギニアと親善試合を行った。試合そのものはブラジル代表が4−1で勝利したが、勝敗以上にこのゲームで注目を集めたのがユニフォームだった。

 ブラジル代表が全員、黒いユニフォームでピッチに立ったからだ。

国際親善試合でギニア選手を抜くブラジル代表FWヴィニシウス・ジュニオール(2023.6.17)。
国際親善試合でギニア選手を抜くブラジル代表FWヴィニシウス・ジュニオール(2023.6.17)。写真:ロイター/アフロ

 トレードマークともいえる黄色のユニフォームの封印は、とりあえず今回限りとみられるが、それでもインパクトは大きかった。黒いユニフォームがスペインあるいは欧州の人種差別に抗議するものだったからだ。

 その発端はブラジル出身の黒人で、スペインリーグのレアル・マドリードに所属するヴィニシウス・ジュニオール選手に対する侮辱行為にあった。

 バレンシアの本拠地マエスタラ・スタジアムで5月21日に行われたレアル・マドリード対バレンシア戦で、スタジアムの大半を占めたバレンシアサポーターが大集団で「モンキーチャント」を行い、ヴィニシウス・ジュニオールがボールをもつと'mono'(スペイン語のサル)の大合唱が起こった

 モンキーチャントはサルの鳴き声や仕草をまねるもので、主にアフリカ系に対する差別的な意思表示だ。アフリカ系をサルに準えるのは19世紀の植民地時代、ダーウィンの進化論を曲解したヨーロッパ人の間で普及した考え方だが、科学的根拠も何もないただの尊厳の否定である。

 そのうえ、これに激昂して群衆に暴言を吐いたなどの理由で、レフェリーはむしろヴィニシウス・ジュニオールを退場させた

スタジアムぐるみ「ヘイトクライム」

 後日、ヴィニシウス・ジュニオールはモンキーチャントが「ヘイトクライム」に当たるとして、スペイン警察に被疑者不明のまま告発した。スペインを含む多くのヨーロッパ諸国では、人種、民族、宗教、性別などを理由とする差別的言動だけでもヘイトクライムとして法的に処罰され得る。

 さらに一連の出来事は映像を通じて世界中に伝わり、スペイン内外で批判が噴出した。

 これを受けてスペインサッカー連盟も無視できなくなった。その結果、チームとしてのバレンシアには1万8000ユーロの罰金、マエスタラ・スタジアムでの3試合閉鎖、選手・スタッフ全員の差別対策研修受講などが命じられた。

 問題の試合でのヴィニシウス・ジュニオールの退場処分は撤回され、レッドカードを出したレフェリーは解雇された。

 スペインサッカー連盟としては「これで終わり」にしたかったのかもしれない。

 アフリカ系選手がとりわけ差別されやすいのは、欧州サッカーでいつものことといえばいつものことだ。

 しかし、ヴィニシウス・ジュニオールほどのスター選手にいわばスタジアムぐるみで差別的ショーを行った代償としては処分がいかにも軽いうえ、スペインサッカー連盟の議論で当初の「5試合閉鎖」案が3試合に、「罰金4万5000ユーロ」案が1万8000ユーロに削減されたことは、かえって批判を高めた。

スペインで行われたギニアとの国際親善試合に集まったブラジルサポーター(2023.6.17)
スペインで行われたギニアとの国際親善試合に集まったブラジルサポーター(2023.6.17)写真:ロイター/アフロ

「なぜ欧州は本気で取り組まない」

 とりわけヴィニシウス・ジュニオールが代表チームの一員であるブラジルでは批判が強かった。

 そのため、ブラジルサッカー連盟は抗議の意思を示すため、スペインで開催される親善試合での黒いユニフォーム着用を決定したのだ(なぜ黒か。抗議活動では黒い衣類や持ち物が用いられることが多いが、この理由を色彩心理学者でデザイナーのジョージア・ランボルドは他に染まらない黒に「独立、固い決意」などのイメージが持たれやすいからと説明する)。

 過剰反応、という見方もあるかもしれない。

 しかし、ヴィニシウス・ジュニオールに対する嫌がらせはこれが初めてではなかった。問題の試合のあった二日後の5月23日、スペイン警察はヴィニシウス・ジュニオールの人形を「吊るした」嫌疑で4人を逮捕した

 加害者が「冗談だった」と言い張る、日本の学校でのいじめと同じ構図なのかもしれないが、その対象にとっては脅迫に等しい。

 ブラジル政府もサッカー連盟の決定を支持し、スペイン当局とFIFAに改善を公式に申し入れた。ルーラ大統領は「自分の人生に勝利し、世界最高の一人にまでなった若者が、行く先々のスタジアムで侮辱されるのは不公正だ」と述べた。

 こうした動きにブラジル議会も反応し、ヴィニシウス・ジュニオールが退場処分を受けた試合の後、「人種差別的なサッカーの試合の延期・取り消し」を認める法律を可決した。

 これはもちろんブラジル国内でしか効力のない法律だが、スペインあるいはヨーロッパのサッカー連盟に対する異議申し立てともいえる。「差別問題が繰り返されているのに、そしてアフリカ系選手がいないと欧州サッカーは成り立たないくらいなのに、なぜ欧州はこれくらい厳しい法的措置を取らないのか」ということだ。

 ヴィニシウス・ジュニオールの支援者でブラジル出身のミュージシャン、アラン・ペブリグラツェは「これはスペインリーグだけの責任ではない…欧州サッカー連盟もブラジルと同じようにクラブやファンを懲罰できるようにするべきだ」と主張する。

「従順でない」グローバルサウス

 数あるスポーツ競技のなかでもサッカーはとりわけ人種差別が表面化しやすいものの一つで、こうした問題はヴィニシウス・ジュニオール以前から何度も繰り返されてきた。その度に先進国では「人種差別の撲滅」が叫ばれてきたものの、むしろ逆にエスカレートしてきた。

 現在ではサッカーの試合そのものが、記録的なインフレや生活苦で蔓延するフラストレーションの発散、いわゆる「憂さ晴らし」に使われているとさえいえる。ヴィニシウス・ジュニオールは才能豊かなスター選手だからこそ集中的に攻撃されたというべきだろう。

 とはいえ、人種差別は当のブラジルでも、あるいは世界中のどこでもある。

 だからこそ、重要なのは世界全体での差別対策にあるわけだが、他の分野で「人権」を唱導する先進国はこの部分ではあまり熱心とも思えない。

 それはブラジルをはじめ途上国・新興国で「先進国の不公正」を強く意識させやすい。

 こうした矛盾は途上国・新興国の発言力が弱い頃は反発も封じ込まれやすかった。しかし、時代は変わった。2021年段階でブラジルのGDPは1兆6100億ドルで、かつて中南米一帯を支配したスペインの1兆4300億ドルを凌ぐ。

 時代が変わるなか、先進国がこれまで以上に差別問題に真摯に向き合わなければ、ウクライナ戦争をめぐって表面化したように、途上国・新興国がさらに先進国に「従順でなくなる」ことも想定される。その意味で、ブラジル代表の黒いユニフォームは、いわばグローバルサウスから先進国への抗議を象徴するのである。

【追記】

記事の一部の日付の誤りを修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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