【ロシアW杯】セネガル系選手はなぜセネガル代表でプレーするか? アフリカ・サッカーの光と影
- セネガル代表メンバーの3分の1以上がヨーロッパ出身者で、「アフリカの才能の還流」は他のアフリカの代表チームでもみられる
- そこにはヨーロッパにおける人種差別の影響がみられるが、同時に「アフリカの才能の還流」はアフリカ各国の代表チームの底上げにもなる
- ただし、それは結果的に、ヨーロッパでプレーすることを夢見る子どもを食い物にする闇ビジネスを加速させかねない
2002年の日韓大会以来、16年ぶりにW杯に帰ってきたセネガル代表は、海外のクラブチームに所属する選手だけで構成されている。これは、モロッコなど他のアフリカの代表チームが少なくとも何人かは国内リーグの選手も含んでいることと比べても異色だ。
そのなかには親がセネガル人でもヨーロッパ出身の選手も多く、23人中9人がこれにあたり、うち8人はフランス出身だ(フランスはセネガルをかつて植民地支配した歴史があり、フランス語圏のアフリカ諸国からの移民も多い)。
フランスで生まれ、フランスで活躍する選手が、ルーツであるセネガルの代表チームの一員となる背景には、人種差別の問題がある。ただし、これはヨーロッパとアフリカのサッカーをとりまく影の一部に過ぎない。
アフリカの才能の還流
FIFAの規定は、生まれた国以外でも、親や祖父母の出身国の代表チームに参加することを認めている。
しかし、移民の子としてヨーロッパで生まれた者や、幼い頃に移住して外国籍を取得した者がアフリカの代表としてW杯に参加することは、以前はさほど多くなかった。例えば2002年の日韓大会に出場したセネガル代表23人のうち、ヨーロッパ出身者は3人だけだった(フランス出身は2人)。
ところが、先述のように、ロシア大会でのセネガル代表の場合、ヨーロッパ出身者は3分の1以上にのぼる。このなかには、トリノFCのエムベイェ・ニアン、SSCナポリのカリドゥ・クリバリ、ASモナコのケイタ・バルデ・ディアオなど、名門クラブに所属する選手も含まれる。
アフリカ系ヨーロッパ出身者がアフリカの国の代表チームに参加する状況は、「アフリカの才能の還流」とも呼べる。
不利に扱われることへの不安
「アフリカの才能の還流」は、セネガルだけでなく他のアフリカ諸国でもみられる。例えば、ロシア大会のモロッコ代表の場合、23人中17人がオランダなどヨーロッパ出身者だ。
なぜ、彼らは自分の生まれた国ではなく、アフリカの代表チームの一員となることを選ぶのか。
もちろん、ヨーロッパの強豪国で代表チームのメンバーになる競争の激しさもあるだろう。しかし、ヨーロッパで広がる人種差別が「アフリカの才能の還流」を後押ししていることも無視できない。
例えば、2016年5月、フランスではヨーロッパ杯に出場する代表チームが北アフリカ系であることを理由に2人の選手を招聘しなかったという批判が一部で噴出。この2人はそれぞれアルジェリア系、チュニジア系の、カリム・ベンゼマ(レアル・マドリード)とハテム・ベン・アルファ(OGCニース)だった。
フランス代表チームは人種のバランスをとって編成される傾向がある。この2人以外の北アフリカ系選手が選ばれていたこともあり、この選択が差別的なものか、「監督のチーム構想の結果」なのかをめぐり、フランス国内で大きな議論となった。
こういった出来事は珍しくなく、それ自体が北アフリカ系を含むアフリカ系の、特に若い選手に、「不利に扱われる」ことへの懸念を広げてきたことは疑えない。それは結果的に、ルーツの地であるアフリカの国の代表チームへの参加を選択させる一因になってきたといえる。
人種差別を取り締まる限界
ヨーロッパ・サッカーにおける人種差別は、2000年代初頭から目につくようになった。それ以降、FIFAも人種差別を無視してきたわけでない。
FIFAの規定は、あらゆる差別を禁じている。また、2002年から国際人種差別撤廃デー(3月21日)に合わせて差別反対キャンペーンを始め、2006年には懲罰規定を改定。人種差別的な言動に対する、罰金やその後の試合開催の禁止を含む厳しい処罰が盛り込まれた。
しかし、2008年のリーマンショックに端を発する不景気や、2014年からの難民危機のなか、ヨーロッパ全体でヘイトクライムが増えるのに並行して、サッカー界でも人種差別的な言動が急増している。
そのうえ、FIFAの規定はクラブではなく、選手やサポーターといった個人への対応を優先させている。そのため、懲罰が「もぐらたたき」になりやすい。
一方、酷い場合にはクラブに試合開催の禁止などの措置がとられることもある。しかし、確信犯的なサポーターなどをクラブが逐一シャットアウトすることは不可能に近い。
ヨーロッパ出身者も例外ではない
そのなかで、たとえヨーロッパ出身者でもアフリカ系選手は人種差別の標的になりやすい。例えばフランス出身でセネガル代表のカリドウ・クリバリ(SSCナポリ所属)は2016年2月、ローマに拠点をもつラツィオのサポーターから、ボールに触るたびにブーイングを受け、3分間試合が中断することとなった。
これに対して、イタリアサッカー連盟はラツィオに5万ユーロ(約640万円)の罰金を科し、サポーターにはホーム2試合の観戦が禁じられた。
しかし、その後もラツィオでは同様の問題が相次ぎ、2017年3月のASローマとの試合では、やはりアフリカのシエラレオネ系ドイツ人、アントニオ・リュディガーへのブーイングが止まず、スタジアム側が「これ以上続けば試合を中断せざるを得ない」と警告するに至った。
ラツィオの例は一例にすぎず、人種差別的な言動がやまない状況は、北アフリカ系を含むアフリカ系の選手の疑心暗鬼を大きくしているといえる。
「アフリカの才能の還流」は定着するか
ただし、それは結果的に「アフリカの才能の還流」という新たなトレンドを生み、アフリカ各国の代表チームの底上げにもつながっている。
よりよい競技環境を求めて、貧しい国から豊かな国へ、優秀なアスリートやその候補が大挙して移り住む状況は、頭脳流出ならぬ「筋肉流出(Muscle drain)」と呼ばれる。貧困国の集まりであるアフリカは、特にそれが目立つ。
「アフリカの才能の還流」は、それを逆転させるものだ。2002年日韓大会でフランスを破ったときのセネガル代表は、ヨーロッパでプレーしていても、セネガル出身者がほとんどだった。人種差別を背景にしているにせよ、ヨーロッパ生まれのセネガル系選手が多く加わることは、セネガル代表の戦力をさらに向上させる。
とはいえ、「アフリカの才能の還流」は代表チーム同士の国際試合に限られ、アフリカのアスリートがヨーロッパを目指す「筋肉流出」そのものは、今後も続くとみられる。
それは、人身取引の温床でもある。
「筋肉流出」が拍車をかける人身取引
2001年、FIFAは規定を改定し、18歳未満の子どもに、暮らしている国以外の国のクラブとの契約・登録を禁じた。これにより、サッカーのための移住は制限された。
それ以前、ヨーロッパのビッグクラブは、アフリカなどで有望な少年を野放図にリクルートしていた。契約金やスターになる夢は、親や子どもを納得させやすかった。しかし、全員がスター選手になれるわけもなく、選抜でふるい落とされ、結局移住先でホームレスになるといった事態も頻発していた。
規定の改定は、このような状況への批判を受けてのものだった。
ところが、規定の改定後も未成年のリクルートはなくならず、年間約1万5000人がサッカーを理由に、アフリカからヨーロッパへ違法に連れ出されていると推計される。
その多くは違法業者が関与しており、偽造パスポートで親子ともどもヨーロッパに移住させるなどの手段も横行している。アフリカ各国の政府やサッカー協会にはびこる汚職は、これを加速させているといわれる。
2016年、レアル・マドリードが規定に違反した契約をFIFAに止められたが、これは違法なリクルートが続いていることの氷山の一角にすぎない。ヨーロッパでプレーするスター選手を夢見る子どもを食い物にする大人は、後を絶たない。
サッカーの光、サッカーの影
セネガル代表は国民のスターだ。セネガルの多くの少年が彼らに憧れ、ヨーロッパのビッグクラブに所属することを夢見る。それは他のアフリカの国でも変わらない。
人種差別を背景にするとはいえ、「アフリカの才能の還流」はアフリカ各国の代表をさらに強化し、それにつれてスター選手への憧れはさらに強くなる。貧困が蔓延し、治安もよくない国が多いなか、サッカーはアフリカの人々の希望になっている。
しかし、それは違法な業者が付け入る隙を大きくし、未成年の「筋肉流出」という名の人身取引を生みやすくもする。ビッグビジネスとしてのサッカーがこれを支えている。
アフリカ・サッカーは、「身体能力」だけで語れるものではないのである。