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杉並区の保育園問題。田中区長の話を聞いて、地方自治と民主主義の難しさを感じた

境治コピーライター/メディアコンサルタント

杉並区長・田中良氏を、杉並区役所に訪ねた

杉並区の公園を保育園に転用する問題についてこれまで記事を書いてきた。

杉並区の保育園問題。公園転用への反対は住民のエゴではない。

転用に直面した公園で出会った3人の人物。

訴えたいのは、誰かを悪者と決めつけて、確かめもせず攻撃するいまの風潮。

もうひとつの現場、井草地区では住民による代替案が提示されている。

『TVタックル』で言えなかったこと~公園とは町そのもの~。

最後の『TVタックル』の収録で杉並区長・田中良氏にお会いできた。その時にしばしお話しをしたのだが、あらためて取材のお願いをし、快諾いただいた。

杉並区役所は、丸ノ内線南阿佐ケ谷駅を出るとすぐだが、その日はJR中央線の阿佐ケ谷駅で降り、商店街を歩いて行ってみた。中央線はどこもそうだが、下町のにおいのする商店街が駅から続いている。実際、関東大震災後に下町の人びとが中央線沿いに移り住んで出来たのが高円寺や阿佐ケ谷の商店街だと聞いたことがある。阿佐ケ谷は七夕祭りにはアーケードを様々な飾りが彩り、大勢の人で賑わう。

区役所の上の階にある応接室に通された。真っ白いシャツで現れた田中区長は、質問のたびに身振り手振りも加えて熱心に答える。一度お会いしていることもあり、お互いに構えずに話を聞くことができた。

田中区長は、明治大学で雄弁部になんとなく入ったことで政治と接した。卒業してテレビ東京に入ってからは政治から遠のいていたが、天安門事件の映像にショックを受けたという。学生時代に見た光州事件の映像とも結びつき、再び政治に意欲がわいたそうだ。

'91年に杉並区議に当選し、'93年には都議会議員に転じた。その後長らく都議会で活動し'09年には議長に任じられる。そこから'10年に杉並区長選挙に立ち当選。現在は二期目だ。

就任後すぐに取り組んだ保育園問題。待機児童ゼロへ向けて

---区長は前々から待機児童の問題に取り組んでこられてます。前の区長は少子化だからと小規模保育を中心に進めていたのを、認可保育園を建てる方向に大きく軌道修正されたそうですね。

田中良区長(以下、区長):都議会にいた時、認可保育園は基準が厳しいから増やしにくいと聞いていました。だから認証というもっとつくりやすいカテゴリーもつくったのです。ところが区長になって、つくれないのではなく、つくる気がなかったのだとわかりました。前の区長の考えでは少子化だからいずれムダになるし、つくるとよそからの流入が増えるからと、つくらなかったらしいのです。

---それに対し、田中区長は保育園を建てていったわけですね?

区長:ある土地があいてると聞いて、「区で買って保育園を建てよう」と指示を出しました。それが最初に作った上高井戸の大宙みたけ保育園です。ほどなく待機児童問題が顕在化し、平成24-26年で緊急プランを作りました。急いで認証も作りましたが、中長期的に考えると認可保育園を核に増やしていくべきという考え方で作成されたプランです。

待機児童をゼロにしろと厳命してやってきました。ゼロを目標にしたからはっきり減ってきたのだと思います。行政が保育に取り組む時、どうしても抑制的な傾向が働くものです。杉並区の場合、とくに過去の呪縛もあったと思います。確実にできるのは7つです、と現場に言われたら8つにも9つにも増やせよと言ってきました。予算を考えると抑えるのが普通でしょうけど、保育園に関しては私は逆のことを言ってたわけです。これについて評価する人ばかりではなく、人によっては田中は保育園ばかりやってるじゃないかと言っているようです。

---増やしすぎと言われるくらい増やさないと間に合わないわけですね。

区長:一年で11園つくったこともあります。職員の意識改革にも取り組んできました。”指数行政”と言われますが、保育園で言うとどうしても足りないのでポイント制にして深刻な方を優先せざるをえない。1500人の枠に3000人の応募があったら役所側の仕事は3000人を1500人に仕分ける作業になる。その際に指数行政になってしまいます。ポイントで入れる人を決めて今年の仕事は終わったと、そういうところが役所にはあります。そうじゃないだろう、数が足りないから指数を細かく決めてるだけじゃないかと。指数が本当に生活の反映になっているかと言えば、なっていないこともあるわけです。ねじれや矛盾をつくりだしているのなら、なぜもっと数を増やさないのか。入れなかった人たちをほったらかすのか。入れない人は認証なので区としては関係ないと考えがちでした。認証保育園は東京都の制度ですからね。でも杉並区の保育行政は杉並区が責任を持たないのかと言ってきました。ゆくゆくは指数行政がいらない状況にすべきだと思うのです。

杉並区ホームページ:待機児童解消緊急対策より
杉並区ホームページ:待機児童解消緊急対策より

---そのような意識改革も含めて熱心に取り組んでこられて、実際に待機児童は減っていったわけですね。そこから今回の緊急事態宣言に至ったのは?

区長:減ってはいきましたが、結局ゼロにはできなかった。それどころかまた増えちゃったんです。年明けに言われたのは、来年は72人になります、と。それが予算を発表する頃には最大190人だと言うんです。だったら対策が必要だと、予算発表後に補正もやった。それが緊急対策の第一弾です。そして最終的には3月末の締切にならないと正確な数字が見えません。認証と並列で申し込んでる人もいるのでなかなか読めない。ようやく精査したら、500名を超える待機児童がでてしまうとわかりました。それを放置してたら来年さらに増えるからあっという間に1000人になり容易に解決できなくなるので旗を下ろさないで取り組むべきだと考えたのです。

全庁的な取組みにしようと緊急対策本部の本部長は私が自分で名乗りをあげました。副本部長は各部の責任者である部長になってもらった。保育の部署かどうかは関係なく、すべての部署に関係あるのだと、そこまでやってみんな目が覚めてくるんです。最終的には責任を負うから、使える場所を出してこい、出てこなければ私が自分で地図に丸つけるからとまで言いました。そんな私のやり方を独裁的だと批判する人もいますが、そんなこと言ってても問題は解決しませんからね。

公園の保育園転用。住民の声にどう対処したか

---そこまでやらないと待機児童問題は解決できないということですよね。会社を変える時も、本気でやる時はそういうトップの覚悟が必要だったりします。ここから公園の話に入りたいのですが。

区長:区の保有施設は全部で600もあります。その中で公園は何百もある。公園にも利用率の高いものと、うっそうとして人が寄りつかないものもあり、再編も必要じゃないかと前々から議論もしていました。今回のプランには公園が4つ入っている。他はともかく久我山の東原公園は他と状況は違うとは、当初から私たちも感じていました。

---ということは、大きな声が上がる予測はしてらしたんですか?

区長:想定内です。

---300人も説明会に集まることも?

区長:数まで想定してはいませんでしたから。

---私が驚いたのは、これまで取材した反対運動だと集まるのはだいたい30〜40人くらいで、300人と言うのは見たことなかったんです。やはりあの人数は特別強いのだと受けとめるべきではないでしょうか?

区長:それは特別に受けとめてはいますよ。揉めるのを目的にしている区長なんていないでしょう。私も揉めたくはない。突然じゃないか、変更できないのかと声が出るのはわかる。わかるけれどもそういうところでも出さなければいけない状況であり、引っ込めたら引っ込められる問題だとなっちゃう。

---いやでも300人はすごい人数なわけですから、いったん進行を止めるというのは考えないのかなと思いますが。

区長:そういう考え方をとる人もいるかもしれませんが、私は精査して出してんだから、それを引っ込めるのはその程度の話なのかとなってしまう。全部の地域で引っ込めろ、人を動員したから引っ込めろ、となってしまいますよね。行政側としては出したものについては説明を尽くす、住民の声に対しては精いっぱい対応していくという、それが私の考え方です。

---さっきのお話で「東原はちょっとちがうかな」と考えていたとおっしゃったのは、あの公園特有の価値や住民の親しまれ方があるとは思ってらっしゃるわけですね?

区長:そういう公園も他にあるし、そうじゃないこともある。私も見に行きましたしそれはわかります。

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---公園についていろんな人に聞くと、すごく温度差があるんですよ。私は福岡市の郊外の出身で、子どもの頃は畑や山だったのが住宅地に整備される過程で、町じゅうが遊び場でした。空き地でも道でもいくらでも遊べましたから。あの町でこの年になっていたら公園の価値はわからなかったと思います。青森出身の妻と東京で結婚し、上の子が産まれる時にいまの町に来たんですが、地縁血縁もなく、子どもが生まれて初めて自分たちが孤独だと気づいたんです。孤独に赤ん坊を育てていた妻がある日公園に行ったら友達ができたと、それだけでぱーっと明るく元気になりました。

地方から出てきた夫婦に公園はすごい価値がある。よその町からやってきて所帯を持つ人の公園と、同じ町にずっといる人の公園とは違うのかもしれない。あるいはその二つをつなぐのも公園かもしれない。だから東原を見て思ったのは、22年前に住民のみなさんのお願いでできたそうですが、あの町には公園がすごく必要だったのだろうと。公園は遊び場だと言うんですが、遊び場だけじゃなく、おみこしの神酒所にもなっている。町のお祭りも大事なイベントで、その時に公園が使われるのは特別な場所になっているということだと思います。私は向井公園も同じくらい価値があると思うのだけど、その2カ所だけは分けて進めるべきではないでしょうか。

区長:公園が大事だという境さんの意見はわかりますよ。でも久我山で待機児童問題を解決する手だてが他にない中でやむなく転用せざるをえないのです。それを理解してもらえるかでしょう。後回しにはしないのが私の方針ですから、他に有効な手だてがないのでやむなくやっているのです。住民のみなさんは、保育園が必要だとわかっています、待機児童ゼロをめざすのもわかっています、だけど公園はダメだとおっしゃいます。わかってないからダメだと言うんですよ。

待機児童問題には生活がかかってるんですよ。救われなければ他の施設に流れる、あるいは入れない。仕事に復帰できない。ストレスを背負っていかねばならない、というお話を何年にも渡り聞いてきています。声が上がっているからと後回しにして保身に走るのか、後回しにせず誰かが泥をかぶって進めるのか。だったら私が泥をかぶってやらないと、みんなひるんでしまうのです。

どんなことがあっても東原公園は守りたいと住民の方はおっしゃいます。それは待機児童問題を解決する責任を負っていないから言えるのです。私たちには責任があります。待機児童問題を解決するか、しなくてもいいか、という問題だと思いますよ。

---私がこの議論で不思議なのは、保育園と公園は比べられないということです。ほんとは二者択一の議論にすべきではない。保育園に子どもを通わせてる親御さんも、土日に遊ばせる場、他の親たちと触れ合える場として公園は必要になります。公園を保育園にするのは、結局子育てに関してプラマイゼロになってる気がする。公園も子育てに必要欠くべからざる存在ではないでしょうか。

区長:その論理で言ったら杉並区各地に東原公園がなくてはならないことになってしまう。東原公園は40%を保育園にしますよという案です。東原公園は確かにもったいないでしょう。それでも保育園に使わざるをえない、だから一部を使いたいという話です。あの形状をそのまま残せというのはどうなんでしょう?

高度経済成長の時に物流が増えクルマが増えていく中で首都高速道路を、オリンピックに間に合わせるためにつくらなければならなかった。東京は水路がきれいな都市だったのに、河川を潰して高速を作りました。みんな残したかったと思うんですよ。都市がいま更新期に来たから残すべきだったと言う議論も出てますが、あの時点ではあれしか方法がなくやったんですよね。都市計画にはそういうところがあるのが宿命です。

---都市計画で言ったら公園は町に必要な機能ではないですかね?東京は欧米の都市に比べると一人当たりの公園面積が圧倒的に少ないそうです。

区長:なくなっちゃうわけではないですよ、60%残るんだから。

---公園って広い場所が有効で、生き生きしている公園と、うっそうとして夜中に人がたまっちゃう公園とあって、広い場所って公園をオープンにしてくれますよね。東原公園のそっちの機能が無くなるわけですから。

区長:緊急事態宣言を出して具体案を発表し説明会に300人集まって、住民のみなさんからの陳情が議会にかけられた。その陳情は不採択になりました。議会民主制の国ですから、選挙で選ばれた区長がいて、議員たちもいて、民主主義の手続きにのっとって決まったわけですよ。それが自分たちの思いがかなわないからと言ってそれを非民主的だというのはおかしいですよね。

---非民主的だというのは確かにおかしいですね。

区長:陳情を出しておきながらそれが不採択になったのに、その前に戻れとおっしゃるのはおかしいですよね。

---そういう意味ではあの地域の議員の方たちはどう考えてらっしゃるのかなとも思いますが。

住民のみなさんは、これまで議会のことも何も知らなかったことを反省していると言ってました。みなさんで頑張って学んでいるそうです。

区長:民主主義と言うのは言い争いも含むもので、結果が出たら受け入れないと成り立たないでしょう。市民の権利って何なのでしょう。決着がついた時点で現実は動いている。お金も動いている。来年を待っている人たちもいる。まずその人たちをちゃんと救う体制を進めて行く。同時に子どもたちの遊び場について負荷をかけてしまうことには次善の策を必ず講じます。遊び場の代替の場所は用意しますよ。

---最後に提案なのですが、住民のみなさんと落ち着いて理解しあおうという趣旨で話しあう場を持つのはいかがでしょう?

区長:みなさんとお話しするのは大歓迎です。いくらでもお話ししたいですね。ただ、話を白紙に戻してということだとそれは困る。40%に保育園を建てて、残りをどう使うかという前向きな話ならウェルカムです。公園をこう変えたいという話でも私そのための予算も頑張りますよ。

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前半は田中区長の保育園への取組みのインタビュー、後半は公園を潰すことについての議論、という不思議な取材だった。

田中区長は基本的にムスッとしているのでとっつきにくい。だが面と向かってしゃべると、誠実な人柄が伝わる。そして熱い。信念を持ち、まっすぐ考えを話してくれる。裏表のない方だと感じた。

前半で田中区長の取組みをじっくり聞いて、いかに保育園建設に本腰を入れて取り組んできたかがよくわかった。組織改革、意識改革の事例としても価値がある話だと思う。他の区でも参考にすればいいと思うし、無下なことを言っているだけの反対運動には、田中区長のような剛腕手法で進めればいいのにと感じた。私は保育園は基本的にどんどん増やすべきだと考えており、区長の姿勢は頼もしく思った。

後半は熱いやり取りに見えるかもしれないが、過剰にエキサイトすることなく落ち着いた態度での議論だったと思う。田中区長の話には一貫性があり、少しもブレない。保育園を聖域なしで優先すると決めたのだから、東原公園に価値があると重々わかっていても例外扱いにはしない、ということだ。

では、議会は何をやっていたのか、議員は何も言わなかったのか?

最後におっしゃった民主主義の手続きの話にはぐうの音も出ない。そして区長の”立場”もよくわかった。緊急事態宣言を出してからの対策案は、議会にかけて通っている。そのうえで、説明会後に住民から出てきた陳情も、議会は不採択にした。だから区長は、仮に心情的に公園は例外にすべきかなあと思ったとしても、それは言えないだろう。区役所内の気持ちをまとめて、議会にもかけて杉並区としての意思決定は済んでいるのだから。区長を説得することは、論理的にありえないことがよくわかった。

そして不思議に思うのは、議会はいったい何をやっていたのだろうということだ。300人が説明会に集まり、3000人の署名が集まったのだ。久我山を地盤にしている議員は何人かいるはずだ。自分の地元の住民たちが東原公園を大事に思っているのを知らないはずがない。話に出てきた通り、22年前に住民から請願がでたのを受けてできた公園だ。その経緯も知っているに決まっている。公園だけは分けて進めよとか、住民の意見を十分聞かずに進めるなとか、言わなかったのだろうか。

区長のおっしゃる通り、民主主義の手続きを踏んで決まったことだ。だが久我山の住民からすると、決まった後で聞かされたプランだ。議会で議案に登った段階で議員が「久我山のみなさんの声を聞いてからだ」などと言うべきではなかっただろうか。あるいは、自分たちの声を託すつもりで投票した久我山の人びとを、区議は裏切ったことにならないのだろうか。30人の声なら、それは読めなかったといえるだろう。だが300人も集まり署名も3000人分集まった規模の問題を、久我山地盤の議員は読めなかったというのだろうか。区長さえ「東原公園は特別ではある」と前もって感じていたのに。これは向井公園についても同じことが言えると私は思う。

読者のみなさんにはちゃんと伝わっていないと思うが、この件は声が上がってもストップしていない。他の保育園反対運動は、それによって計画が延期になるのだが、杉並区の場合は田中区長の推進力でぐいぐい進んでいる。近々工事に入るとの噂もある。このまま進んでいくのだろうか。杉並の夏は、暑くなりそうだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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