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NHKは旧J事務所について内部の問題を洗い出さずに、紅白出演を解禁するのか?

境治コピーライター/メディアコンサルタント
10月20日放送「NHKスペシャル」より画面キャプチャー

10月20日(日)21時放送の「NHKスペシャル・ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実像」を視聴した。いまもNHKプラスで見られるし、地上波での再放送もある。(10月24日(木) 午前0:40〜午前1:40)

見終わった後、酷いレポートだったと怒りを覚えた。特に後半は疑問だらけだ。
何が酷いかは、以下の2点だ。
1:元理事に迫ったのに、NHK内の人は誰も顔を出さない。いまNHKにいる人こそが語るべきだった。
2:何も解明されてないのに最後のテロップは意図不明。このレポートに沿うと紅白に出演させてはいけないだろう。
多くの人が評価した番組をなぜ私がここまで批判するのか。私は昨年からの続きとして番組を見た。

昨年9月のクロ現で反省したのは何だったのか?

私はテレビ局とジャニー氏性加害の問題は放送されるたびに追ってきて、すべて録画してある。民放のものも含めてもっともメディアの責任に迫ったのが2023年9月11日放送のNHKクローズアップ現代「“ジャニーズ性加害”とメディア 被害にどう向き合うのか」だった。いまも放送と同一の内容をテキストで読むことができる。NHKと民放の当時の関係者40人に取材し、ジャニー氏の性加害をなぜメディアが見過ごしてきたのかをレポートした。大変いい番組だったと思う。
ただこの時も顔を出して証言したのは「元民放プロデューサー」と「元NHK 歌謡・演芸番組部長」の2名。非常に赤裸々に語ってくれたのはいいが、どうして「元」ばかりなのかと疑問に感じた。
とは言え、取材した40名のコメントを並べて見せ、ドラマやエンターテインメント部門、報道部門それぞれ紹介したのはよかった。そして桑子真帆アナがこうまとめている。

ドラマやエンターテインメント部門では問題に向き合おうとせず、報道では性被害や芸能界で起きる問題への意識の低さがあったと言えます。

クローズアップ現代テキスト版より

また取材した松井裕子デスクはこう述べている。

今回話が聞けたのは一時期の限られた人たちだけです。そのあとも長期間にわたってなぜ私たちは海外のメディアにできたことができなかったのか。そんたくや圧力はなかったのか。また、今後もさらに検証をしていく必要があると考えています。

クローズアップ現代テキスト版より

そしてゲスト出演した弁護士・蔵元左近氏はこうコメントした。

このような調査報道されること自身はすばらしいと思います。ただ率直に申し上げて、まだまだ突っ込み不足というふうに思います。
つまり、今回のような事件を二度と再発させないということ考えるうえでは、やはりNHK内の組織上の問題、体制上の問題というのがあったと思いますので、それを実際に究明するというような徹底的な事実調査が必要です。

クローズアップ現代テキスト版より

松井デスクは今後もさらに検証していくと述べ、蔵元弁護士はNHK内の体制の問題を究明すべきだと述べている。

この続きがあるとクロ現は宣言したわけだ。10月20日にNHKスペシャルでこの問題を取り上げると聞いた時、1年経ってようやく続きが番組になると期待した。だがその期待に応える番組ではほとんどなかった。またもや外部の人に発言させ、組織・体制の問題を究明できていない。
しかも、番組の最後にクレジットされているのは「ディレクター・中川雄一郎 制作統括・内山拓」のたった2名だ。Nスペは普通ここに7〜8名の名前が並ぶ。孤軍奮闘したと褒める人もいるかもしれないが、スタッフよりNHKの姿勢を問いたい。去年のクロ現で「今後も検証する」と宣言したのに、たった2名のスタッフにこの番組を任せたのはあまりにも無責任だ。松井デスクの名もない。組織の問題を究明すべきなのに、組織として動けていないのだ。
1年間何をやっていたんだNHKは!自らの問題を究明しないで、何が公共放送だ!

若泉氏を根拠なく断罪したも同然の番組

この項ではNスペでの若泉久朗氏の描き方について書く。ここには個人的憤りがあることを記しておく。若泉氏は大学の映画サークルの先輩だ。この番組は若泉氏を、勝手に断罪したも同然だ。個人的な怒りを込めてしまうが、極めて真っ当なことを書く。
中川ディレクターは何度も若泉氏に連絡し、取材に応じるよう頼んだが返事がなかったそうだ。そこで朝アポ無しで突撃取材しコメントを求めた。この時、若泉氏がポロリと言ったことをそこだけ黒バックにして強調した。
なんで僕なんですか しかも仲間じゃないですか
これは明らかな「印象操作」だ。”おいしい発言”を強く視聴者に印象づけたのだ。「仲間じゃないですか」と言ったのがなぜダメかは示されない。だが黒バックで文字を示すと不思議と、ダークな問題発言に見える。これは報道として正しい演出だっただろうか?
若泉氏はスタートエンタテインメント社の広報を通してくれと言った。広報を通したら以下のコメントが返ってきた。

文春報道は知っておりましたが局内で注意喚起はなくNHKも報道していませんでした
私がドラマ部長だった時期はNHKへの接触率が減少し続け「このままでは将来公共放送として生き残れるか」という危機感が広がっていました
NHKはもっと幅広い世代の視聴者層に見て頂き信頼を高めることを経営計画に定めました
幅広い世代層を獲得するために旧ジャニーズ事務所は重要なパートナーの一つでNHKが支持される重要な役割を担ってもらいました
公共放送としてこれからも支持されるためにはどうあるべきかNHK自身が問われていると考えます

NHKスペシャル「ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実像」より

このコメントは誠実な内容だと思うが、去年のクロ現で他のスタッフが言っていたこととさほど変わらない。「事件化されて大々的に報道されていれば別だが、NHKも全く報道していない状態で、ジャニーさんを責める人はいなかった。」とのコメントがあり、ほぼ同じ。
ドラマの責任者として視聴率回復のためにジャニーズのタレントを起用した。性加害報道に目を向けなかった責任があるとは思うが、他の人たちと同じと言えば同じだ。中川ディレクターはこのコメントを取るために突撃したことになる。この他の局員と変わらないコメントを得たことにどんな意味があるというのか?
そして結果的に若泉氏からコメントがとれたのだから、これだけ紹介すればいいのになぜ突撃取材の場面をわざわざ入れて「仲間じゃないですか」を強調したのか。取材要請を無視し続けた若泉氏への腹いせとしか思えない。それは報道する側の姿勢として許されるのだろうか。
放送後のX(元Twitter)を見ると、すっかり「ズブズブの若泉」扱いされていた。この番組は何の根拠もなく若泉氏を勝手に断罪したと私は思う。NHKの報道番組で「罪人扱い」することがどれだけ影響力があるかわかっているのだろうか。若泉氏は黒バックのコメント一発でまるで汚職でもしたかのように描かれた。よく考えて欲しいのだが「仲間じゃないですか」のどこがいけないのだろうか?いけないように見える演出によって若泉氏はXで糾弾されている。そんな生贄みたいなことが中川ディレクターの狙いだったのか?
「広報を通して」というのは、いまスタートエンタテインメント顧問の肩書を持つ若泉氏として当然の言葉だ。契約上勝手に発言できないに決まっている。組織に属する人が取材要望を受けたら、誰だって言うことだ。
中川ディレクターは、もし私が「先日のNスペについて広報を通さずに取材したい」と連絡したらいきなり直接二人で会ってくれるのだろうか。それを私が記事にしたり録音を晒しても快く許してくれるだろうか。なんならカメラを持って突撃してもいいのかな?
これまで私がNHKの番組について取材する際は、制作者本人にメールしても、広報を通して欲しいと言われた。それが普通だとこちらも受け止めていた。
もし中川ディレクターが、私がメールして広報を通さずに会ってくれ記事にさせてくれたら見直すだろう。でもそんなこと絶対にしないと思うし、しなくていい。組織に所属しているのだから当たり前だ。広報を通してとか、広報を同席させるとか言わなかったら逆にこちらが不安になる。
中川ディレクターは自身では受けないであろう「広報を通さない取材」を求めたと言える。そこに自己矛盾がないか、自問してほしいと思う。
ちなみに若泉氏は2022年にNHK理事を退任した。理事は退任するとNHK関連会社の役員になるのが通例だ。ところが若泉氏にはそんな話が来なかった。ひろってくれたのがKADOKAWAとジャニーズ事務所だった。KADOKAWAでは映画制作部門の執行役員だ。ジャニーズ事務所は顧問なので、重心はKADOKAWAにある。
不祥事の責任をとって理事を辞任させられても、こっそり再雇用された人物もいる。若泉氏は責任を追及されたわけでもなくNHKからほったらかされ再雇用もしてもらえなかったが、KADOKAWAとジャニーズ事務所でキャリアを繋いだ。これを「ジャニーズとズブズブ」と言うのだろうか?
ひょっとして中川ディレクターが若泉氏を断罪できる他の材料があるなら、それを示すべきだ。そういうのもなく「仲間じゃないですか」を強調したのは、度を超えていると思う。正義感を激しくして報道するからこんな過剰な演出をするのだ。自分は正義で若泉氏は悪者だと思い込むから「印象操作」をしてしまう。そこを私は酷いと言いたい。

なぜ局内の人々を出さないのか

若泉氏が当時責任ある立場だったので何か発言すべきだと言うなら、今局内にいる人々こそ発言するべきではないだろうか。別の組織にいる若泉氏より、内部の方が先だと思う。NHKの組織と体制の問題を究明するなら中の人々こそ顔を出して発言すべきだ。
特に当時の報道の人々だ。若泉氏のコメントにもあった通り、文春の報道を受けてもNHKは報じなかった。逆に報道が文春の記事を受けて動いていれば状況は大きく変わったと言える。報道こそ組織・体制の問題を究明すべき部署ではないか。
現在の理事には報道出身の人が多い。NHKがこの問題を究明するなら報道出身の理事こそが何らかの証言をすべきだ。
井上樹彦副会長、小池英夫専務理事、根本拓也理事、中嶋太一理事。これらの人々は20日のNスペに出演して当時のことを証言すべきだった。いや、会長を含めてすべての理事が出演し、結局ジャニーズ事務所性加害問題を組織としてどう究明し、今後どうしていくかを語るべきなのだ。
中川ディレクターが自宅に押しかけ突撃取材すべきはこれら現在の理事たちではなかったか。どうしてやらなかったのか問い詰めたい。
それもなしに、NHKを離れた若泉氏だけを矢面に立たせるのはどう考えてもおかしい。叩きやすい人物をスケープゴートにしたと言われても仕方ないのではないか。
ひょっとしたら中川ディレクターは局内の人物にもコメントを求めたのかもしれない。「仲間じゃないですか」に近いことを言われて断られたなら、その言葉こそ黒バックで示して欲しい。

紅白出演にGOが出るのは矛盾している

番組の後半でスマイルアップの補償部門の責任者が中谷良氏の姉に「誰が何を謝るのかがわからなくて」と電話で話す場面が出てきた。これも取材のやり方としてどうかと思うが、スマイルアップの補償の姿勢に大いに問題を感じさせた。
一方、番組の最後に、冒頭に画像で示したテロップが表示された。再度ここに示す。

10月20日放送「NHKスペシャル」より画面キャプチャー
10月20日放送「NHKスペシャル」より画面キャプチャー

これは一体何なのか?制作者の抗議だなどと憶測する声もあるが、わからない。私は、この番組を禊として紅白へのスタートエンタテインメントのタレントの出演を認めました、と言いたいと受け止めた。というか、普通そう解釈するでしょ?
だがこのNスペの内容とスタートエンタテインメントのタレントの紅白出演にGOを出した判断は矛盾している。
10月16日の会見の中で、稲葉会長はこう述べている。

被害者への補償と再発防止の取り組みに加え、両社の経営の分離も着実に進んでいることが確認できました。こうしたことから本日10月16日をもって、制作現場の判断で、STARTO ENTERTAINMENT所属のタレントへの出演依頼を可能とすることにしました。

「稲葉延雄会長 10月定例記者会見要旨」より

被害者への補償の取り組みが雑に行われていることが、電話のやりとりで露呈した。会長は「やっぱり補償のやり方がなってないので出演依頼はできません」と言い直すべきだ。
さらに会長はこうも言っている。

この問題をめぐっては「マスメディアの沈黙」との指摘があったように、NHKにおいても当時の認識や対応は十分ではなかったと自省しています。

「稲葉延雄会長 10月定例記者会見要旨」より

いやいや、退任した元理事に突撃取材しただけで、「NHKの自省」はどこにも示されていない。
そしてこの曖昧な究明の中での「紅白解禁」は、前と同じことになっている。何をどう反省したのかまったくわからない状況でなぜ出演依頼できるのか?過去に視聴率減少に追われてジャニーズのタレントを起用したのと同じように、毎年視聴率がダダ下がる紅白のために、自省も何も示されないままスタートエンタテインメントのタレントたちにしがみつこうとしているだけだ。
NHKは猛省すべし!そして10人体制でこの番組の続きを制作せよ!もちろん理事たちもカメラの前で証言するのが当然だ!

(※2024年10月23日付「MediaBorder2.0」より加筆・修正のうえ転載)


コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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