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日本初のFASTは、FASTの枠を超えたFASTだった

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像はChatGPTで作成

※本記事は10月31日開催のセミナー「日本流FAST、その全貌と戦略〜8月スタートFASTチャンネル運営会社を招いて〜」(リンクは告知サイト)に向け、そのテーマについて論じたものだ。

8月20日にBBM株式会社が「FASTサービス」をスタートさせた。そもそもFASTとは何かと思う方もいるだろう。過去にFASTについて書いた記事があるので参照されたい。↓

放送の次は「放送みたいな配信」へ。FASTは新しい広告市場になるか?

FASTは米国で成長中の配信サービスだが日本にはなかった。ABEMAはその形態がFASTの一種と言えるが、自身がそう標榜して誕生したわけではない。FASTと名乗って始まったBBMのサービスは、日本初のFASTと言ってよさそうだ、

業界のみなさんからすると「BBMなんて知らないしいきなりFASTサービスを始めて会員獲得できるの?」と言いたくなるかもしれない。

BBMはもともとアクセンチュアで動画配信サービスの裏方をやっていたチームがスピンアウトして作った会社だ。代表取締役CEO・福崎伸也氏の言葉を借りると「ビデオオンデマンドの立ち上げ支援屋さんを裏でやっているコンサルチーム」。突然出てきたように見えて実は、動画配信のプロフェッショナル集団なのだ。独立後も様々な動画配信サービスのサポートを請け負ってきた。ベンチャーだが、この分野の経験は豊富だ。
そしていきなりゼロから会員を集めるのは確かに大変だが、FASTをユーザーに提供するのはBBM自身ではない。BBMと契約したサービス事業者が提供することになる。リリースには「BBMは日本初となるFASTに容易に参入できるシステムを開発し」とある。BBMは「FASTに参入できるシステム」を、事業者に提供するわけだ。
さらに、BBMが提供するのはFASTだけではない。FAST以外にも医療サービスやECなど、事業者が載せたいサービスを様々に選びユーザーに提供できるシステム。Netflixも選べるし、FASTはそんなサービスのひとつ、ということになる。

スマートスティック事業を始め、販売数は累計100万台

BBMがスタートした2017年は、動画配信サービスが出揃って、テレビメーカーもスマートテレビを核にし始めたタイミングだった。そのOSとして、AndroidTVがSONYのBRAVIAや、SharpのAQUOSに搭載された。
一方、テレビに挿入して使う外付けデバイスもAmazonのFireTVなどが普及し始めた。GoogleもChromeCastを発売していたが、それとは別に外付けデバイスの開発をGoogleから託されたのがBBMだった。

BBMが中身を開発するTV STICK (画像提供:BBM社)
BBMが中身を開発するTV STICK (画像提供:BBM社)

同時に、レオパレスからBBMに、運営するマンションに提供するテレビサービスについて相談があった。Googleから委託された外付けデバイスが採用され、当初は10万台、さらに10万台と導入されて50万台に達した。つまりBBMはBtoCではなくBtoBの形で動画配信の外付けデバイスを提供するようになったのだ。
その後、今度は大阪ガスが、サービスを生活支援に広げる一環として、このデバイスを採用してくれた。その結果、デバイスの販売数は累計で100万台を超えた。
新たなスマートスティックでFASTサービスを提供

外付けデバイスは着々と普及していき、大阪ガスのサービス「スマイLINK」にはNetflixが加わった。ガス検診をする営業マンたちは利用者のお宅に上がり込むこともある。彼らがデバイスを設置してあげてNetflixを勧めセッティングまでやってあげると、大阪のご婦人方が韓流が見放題だと喜んでくれた。
実はVODサービスは2010年代はまだまだ東京圏が中心で、Netflixの利用者も関西では低かったのが、大阪ガスの営業活動によってぐんぐん普及し、Netflix側も喜んだという。
BBMのFASTサービスはすでに100万台普及しているこのスティック上で展開を始めた。誕生時から100万のユーザーを抱えている形だ。

FASTサービス上には11のチャンネルがあり、年度内に30に増やすことを目標にしている。CS放送などにチャンネルを提供している日本映画放送が時代劇チャンネルを、キッズステーションはアニメ中心のキッズチャンネルを運営する。またYouTuberをマネジメントするUUMはYouTuberの番組を提供し、JTBパブリッシングは旅行映像を配信するチャンネルを運営する。

このFASTサービスはこれまで同様、レオパレスや大阪ガスがスティックを配布してユーザーを増やすことになるが、サービス誕生を聞いて新たなパートナーも加わる。VポイントもBBMとの提携により「V FAST ch」のサービスをこの冬に始めると発表している。溜まったVポイントを使って楽しむサービスとして提供する予定だという。

このように、様々に会員を持つ事業者が会員向けのサービスとして、BBMと提携してFASTサービスに参加することで、ユーザー数が飛躍的に伸びそうだ。

CPではなくチャンネルキュレーターという新概念

BBMのFASTで重要なのが、コンテンツを提供する側のスタンスが通常と大きく違うことだ。FASTが日本でも始まったと聞くと、コンテンツを持つ事業者の皆さんは、番組をまとまって渡せばCP(Contents Provider)として対価をもらえると思ってしまうだろう。だがこのFASTではCPではなく、チャンネルキュレーターと定義される。

コンテンツをぽんと渡せばいいのがCPとすると、チャンネルキュレーターはチャンネルを運営する役割になる。例えば「キャンプ・アウトドアチャンネルPowerd by ハピキャン」は、名古屋テレビのキャンプ番組「ハピキャン」のチャンネルだ。だが流すのはハピキャンに限定する必要はない。キャンプやアウトドアの様々なコンテンツを配信していい。番組を選ぶのが名古屋テレビのハピキャンチームということだ。
そしてこのFASTの最も重要と思ったポイントが次の図だ。

画像提供:BBM社
画像提供:BBM社

FASTの収入源は先述の通りGoogleから番組の間に挿入される広告だ。YouTubeに流れるようなCMが1時間に10分間の割合で挿入される。そこから得た収入は上のようにチャンネルキュレーター40%、システムを運営するBBMが40%、そしてプラットフォーマー事業者つまりレオパレスや大阪ガスのポジションに20%の比率でシェアされる。
コンテンツ提供者はチャンネルを運営し、広告を回すべくがんばる。そしてプラットフォーマー事業者は会員獲得に尽力すれば広告収入の20%を得ることができる。
このFASTの会員はプラットフォーマー事業者が加わるたびに増えていくことになる。そのような事業者は様々な分野で考えられる。
まずイメージしやすいのがケーブルテレビ局だ。多チャンネルサービスのニーズが減りつつある今、その代替として既存顧客に売り込めそうだ。
だがそれだけでもない。なんらか元々顧客を持っている事業者なら可能性がある。ガスや電気はもちろんだが、町の電気屋や新聞販売店、UberEatsや出前館もありえるかもしれない。
米国のFASTはNetflixのようにスマートテレビや外部デバイスに搭載されてユーザーが選んでもらうものとして時間をかけて成長してきた。BBMのFASTは会員獲得をパートナーに託すのが大きく違う。だから「FASTの枠を超えたFAST」とタイトルで書いた。

10月31日のウェビナー「日本流FAST、その全貌と戦略〜8月スタートFASTチャンネル運営会社を招いて〜」では、BBM社のFASTサービスを解説し、日本での可能性を議論する。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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