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杉並区の保育園問題。転用に直面した公園で出会った3人の人物。

境治コピーライター/メディアコンサルタント

昨日書いた久我山東原公園の記事はかなりたくさん読んでもらえて、賛否両論の反応があった。

杉並区の保育園問題。公園転用への反対は住民のエゴではない。

今日の記事はその関連なのだが、みっちりつながった内容ではない。取材をしていて公園で、三人の人びとと出会った不思議について、書いておきたい。昨日の続きでエゴだ、いやエゴじゃない、という議論を期待すると、肩透かしになってしまうのでご注意を。ただ昨日の記事はざっとでも読んでください。そうしないとわからないので。

最初にやって来たのは、見知らぬ初老の男性

その日、私は久我山東原公園で10時から12時までの2時間、「久我山の子どもと地域を守る会」の宇田川さん、河田さんのお二人に話を聞いていた。取材というには悠長だったかもしれない。世間話のようにあれこれと、でも話題は公園を保育園に転用する計画にどう対処すればいいか。それをずっと話していた。

「守る会」で考えた代替え案も一通り聞いて、なるほどといちいち納得したりした。

強い雨が上がったばかりで、公園には一組の父子がサッカーボールを追いかけているだけ。まだ他に誰もいない。私たちは立ち話に疲れ、公園の中央にある、形ばかりの雨よけの下のベンチに座った。

話し込んでいる中、ふと気づくと公園の入り口から初老の男性が入ってきた。こちらの様子を見るように、少しずつ近づいてくる。白い帽子をかぶった、ラフな服装の男性だ。おそらく60代後半だろう。我々に用件なのか、はっきりしないがとにかくこちらに近づいてくる。

ついに私たちの眼の前に立ち、こう言った。

「この公園は保育園にするって報道で見たんですが」

「は、はあ」

「みなさんは、この地域の方ですか?」

「えっと、ぼくは・・・」

「私たちはそうです」

「あのね、保育園にするのは、どうしてダメなんですか?」

「え?・・・・」

「テレビで見たんですけど、公園を保育園にするの反対してたでしょう。でも保育園が足りなくて困ってる人がたくさんいるわけですよね。どっちがどうというつもりはないんですが、意見を聞きに来たんですよ」

決して詰問調ではなく、むしろ穏やかな言い方だ。だがどっちがというつもりはないと言いつつ、明らかに反対運動にひとこと言いに来たのだと思えた。少し怖い気がする。

ここは私が答えた方がいい気がして、お二人から聞いた公園の重要性、代案もみなさんで考えていることなどを力説した。今聞いたばかりなのにここまで力を入れて喋っている自分が不思議だった。

「でも保育園と公園と二者択一だったら?どっちを選ぶべきですか?」

やはりそうなんだなあ。保育園を選ぶべきだろと、言いに来たのだ。わざわざ。

「二者択一できるものではなくですねえ・・・」スキを与えては良くなさそうだと、しゃべり続けた。私は第三者のはずだが、もう当事者のような気持ちにすっかりなってしまった。

私の勢いに呆れたのか、初老の男性は去って行った。それにしても、彼は何しに来たのだろう。反対派に意見するためだけにここまで来るとは驚きだ。

二人目は、今にも泣き出しそうな怯えた女性

またしばらく話を聞いていると、今度は女性が近づいてきた。品のいいご婦人。でもおどおどしている。宇田川さんの知り合いのようで、相談口調で話しかけてきた。私を怯えた視線で見つめる。

「宇田川さん、あの、私どうしようと思って。説明会で主人が発言した場面がテレビに出て、それがなぜだかいろんなところに写真になって貼り付けられていて、ひどいこと言ったとか書かれていて。主人は、ちゃんとしたことを言っただけなのに、何か意地の悪い人間だと言われていて・・・どうしてなんでしょう?」

”どうしてなんでしょう?”は私に投げかけられた。テレビ局の人間と思ったみたいだ。

「こちらは境さんといってブログを書いている方で、テレビの人ではないんですよ」

「あ、そうなんですね!」

そのご婦人は、どうやらすっかり参っている様子で、今にも倒れてしまうんじゃないかと心配なほどだ。

「どうして私たち、悪いことをしたわけでもないのに、こんなに言われてしまうのかと、このところもう本当に・・・」

これには、三人で励ますしかなかった。

「そういうことを言う人は実際には千人に6人と言われてまして」などと、要するに気にしないほうがいいですよと言った。それが彼女の救いになるのだろうかと悩みつつ。

でもとにかく、誰かと話すだけでもホッとしたようだ。

「そうなんですね。もう私、どうしようかと毎日考えてしまっていて」

この件はどの局も放送したが、局によって取り上げ方がまるで違っていた。中には、反対する人びと=悪の前提で構成されていたものもある。どの局かはあえて書かないが、あれはタチが悪い報道だった。

河田さんが教えてくれた。

「保活中のお母さんが泣いているのに、ヤジが飛んだ映像あったじゃないですか。あれは一人3分ずつ喋ってくれと言われてみんな守っていたのに、あの人だけ10分くらいしゃべり続けて、進行の方が注意してもやめなくて、それでもみんな黙って聞いてたんですけど、さすがに長すぎるので”趣旨が違うよ”って何人かが言ったんですよ。ところがテレビでその場面だけ切り取って放送されちゃって。ひどいね、って言ってるんです。」

しかもそのお母さんは全然別の町の住民で、説明会が終わるとさっさと帰って行ったという。きっと本当に辛くて、誰かに聞いて欲しかったのだろう。

”伝え方・伝わり方”の問題は大きい。そういう”反対派=悪”の画像だけが貼られてあちこちに拡散している。そこからこの問題を知った人は、すっかり久我山民をひどい奴らと決めてしまっている。

私はこれまで保育園反対運動を取材してきたが、ほとんどの説明会は取材お断りでカメラも記者も入れなかった。後ろめたいものがあるのではないか。逆に久我山の人びとはそういう警戒をせずに正直にメディアにさらして、損をしてしまったのだ。

そういうフィルターは、一旦外してもらえればと思う。

三人目は、遠くの町からやって来た

さらに続けて話をしていると、また男性が近づいてきた。さっきの男性より一回りくらい下と思われる、50代と思しき人物。なにやら新聞記事を手にしている。これはまた!先の男性同様、非難したいのでは?緊張感が三人を覆う。

やはり、話しかけてきたが、意外な内容だった。持っていたのは、宇田川さんが区長と話した時の記事だった。

「ああ、やっぱり宇田川さんですね。この写真の人かなあと思ったんですよ。」

さっきの初老の男性とは違うタイプらしく、とりあえずホッとした。

「私ね、井草から来たんですよ」

なんだ、と私たちはホッとした。今回転用案が出ている公園は他にもあり、井草もその一つなのだ。

「ああ、向井公園の方ですね!」宇田川さんと河田さんも相手がどういう人かわかったようだ。

井草の向井公園も、久我山東原公園と同様、説明会が開かれみんな反対したが、断腸の思いで決めたことなので理解してほしい、と言われたそうだ。

「何か情報共有とか、一緒に動けないかなと思って来てみたんですよ」

連帯を申し出に来たのだ。そんな場面に出くわすとは!それに今日は、2時間の中で三人の来訪者がいて不思議な体験だった。

そこに、「守る会」の元気な保育園ママのメンバーも加わり、四人で相談をしはじめた。一緒にこの問題にどう対処するか。

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私は部外者なので、ここは退散。それにしても不思議な2時間だった。

公園というのは人と人が交差し、混じり合い、共に過ごす場所だ。一種のソーシャルメディアなのだ。そこには、いろんな可能性があるし、ネットのソーシャルメディア同様、トラブルも起こりうる。コミュニティの中心だ。

公園により、その町の中での使われ方、存在意義は違うだろう。私は短い時間現地で過ごして、久我山の町にとっての東原公園の価値を感じ取れた気がしている。

例えばここではお祭りも行われる。もともとのお祭りは、神社で行われるものだ。大げさに言うと、この公園は現代の神社なのだ。異邦人も訪れる。困っている町の人も頼ってくる。遠くの町とつながる接点にもなる。

公園にはいろいろあり、ただの遊び場もあるだろう。だが少なくとも東原公園は、大きな価値を持つ場所なのだ。ここでサッカーができなくなるなら代わりの場所を探せばいい。いや、そうではない。公園でサッカーをすることには、サッカーをする以上の意味がある。そのことをもっと、考えたほうがいい。公園がどれだけ地域にとって重要か。みんなで考え直すべきではないかと、私は強く言いたい。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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