過剰な愛情を注ぐ「毒母」をテーマに。描きたかったのは悲劇に直面した人間が、その後、どう生きるのか
それがいいことなのか微妙ではあるが、日本ではもうすっかり言葉が定着している「毒親」。子どもに対して過剰な教育や躾を強いる親のことを指すが、お隣、韓国でもそのような親の存在がいま大きな社会問題に。「毒親」という言葉が世間に浸透しつつあるという。
韓国映画「毒親<ドクチン>」は、そのような韓国社会を背景にした本格ミステリーだ。
学校でトップを争うほど成績優秀な優等生のユリと、その娘を誰よりも愛し、理解し、深い愛情を注ぐ美しき母、ヘヨン。傍から見ると母子の関係は非の打ちどころがない。だが、それは表面上に過ぎない。作品は、実はその裏にあったいびつな母と娘の関係を、ユリの謎の死から徐々に浮き彫りにしていく。
見事なストーリーテリングと確かな演出力で、母と娘の間にあった愛憎を描き出したのは、本作が長編デビュー作となるキム・スイン監督。
1992年生まれの注目の新鋭である彼女に訊く。全七回/第六回
死に直面した周囲の人間たちが、その後、どのようにして生きていくのか、
どのようにして前を向くのか、それとも後ろを向いてしまうのか
前回(第五回はこちら)までいろいろと話を訊いてきた。
自身にとって本デビュー作はどのようなものになっただろうか?
「自分らしい作品になったのではないかと思っています。
日本でも公開も決まって、ひじょうに嬉しく思っています。
ひとつ伝えておきたいのは、この映画は、毒親のヘヨンを責めるものではありません。
また、ユリの死の原因が何だったのかを、追究するものにもしたくありませんでした。
悪者探しをすることは避けたかった。
わたしが最も描きたかったのは、亡くなった人間の周囲の人々のその後です。
一つの死が、周りにどのような影響を与えるのか。
その死に直面した周囲の人間たちが、その後、どのようにして生きていくのか、どのようにして前を向くのか、それとも後ろを向いてしまうのか。
そこをきちんと描きたいと思いました。
イェナ、ギボム、ヘヨン、彼らの日常がどのように流れていくのかを描きたかったのです。
この物語が、いまはひとりでも多くの日本のみなさんに届くことを願っています」
「毒親」を描いたんですけど、「毒親」がわからなくなったところがあります
では、改めて「毒親」について考えたことはあっただろうか?
「そうですね。
韓国で公開されて、舞台挨拶やQ&Aに立ったことも幾度となくありましたが、その都度、いろいろな感想をいただきました。
そこであらためて『毒親』というテーマは、みんなが関心を寄せているものであることを実感しました。
そこで、『毒親になってしまう原因はどこにあるのか?』『果たして、子どもにとっていい親になるためにはどうすればいいのか?』など、考えさせられました。
でも、いまだにいい答えをみつけられないでいます。
わたしはまだ子の親ではないですけれど、もしかしたら、自分も親になったときにちょっとしたボタンの掛け違いで毒親になってしまうかもしれない。なにかの拍子で知らず知らずのうちに毒親のようなメンタリティになっているかもしれない。
いまだに結論みたいなものがないままで、『毒親』を描いたんですけど、『毒親』がわからなくなったところがあります。
あと、脚本を書き始めたころは、東アジアのちょっと親密な親子関係で生じることが多いのかなと考えていました。
でも、公開してみると、そんなことはなくてヨーロッパやアメリカでも問題になっていることがわかりました。
もはや『毒親』は世界中で起きている問題で。よくこんなグローバルな問題のテーマに、まだまだ新人の身で手を出したなといまになって思います(笑)。
もし事前に、こんな大きなテーマであることがわかっていたら、脚本を書けないとはいいませんけど、もっとあれこれと考え込んでしまったかもしれません。
まあ、でもこのように日本で公開されることにもなりましたし、いまはこのテーマを与えてくれたプロデューサーに感謝しています」
(※第七回に続く)
「毒親<ドクチン>」
監督・脚本:キム・スイン
出演:チャン・ソヒ、カン・アンナ、チェ・ソユン、ユン・ジュンウォン、オ・テギョン、チョ・ヒョンギュン
公式サイト https://dokuchin.brighthorse-film.com/
全国順次公開中
筆者撮影以外の写真はすべて(C)2023, MYSTERY PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED