Yahoo!ニュース

娘に過剰な愛情を注ぐ毒母を描く。影のヒロインをK-POPアイドル練習生にした理由

水上賢治映画ライター
「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影

 それがいいことなのか微妙ではあるが、日本ではもうすっかり言葉が定着している「毒親」。子どもに対して過剰な教育や躾を強いる親のことを指すが、お隣、韓国でもそのような親の存在がいま大きな社会問題に。「毒親」という言葉が世間に浸透しつつあるという。

 韓国映画「毒親<ドクチン>」は、そのような韓国社会を背景にした本格ミステリーだ。

 学校でトップを争うほど成績優秀な優等生のユリと、その娘を誰よりも愛し、理解し、深い愛情を注ぐ美しき母、ヘヨン。傍から見ると母子の関係は非の打ちどころがない。だが、それは表面上に過ぎない。作品は、実はその裏にあったいびつな母と娘の関係を、ユリの謎の死から徐々に浮き彫りにしていく。

 見事なストーリーテリングと確かな演出力で、母と娘の間にあった愛憎を描き出したのは、本作が長編デビュー作となるキム・スイン監督。

 1992年生まれの注目の新鋭である彼女に訊く。全七回/第三回

「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影 
「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影 

苦難があっても、実は逃げ出せる道はある

 前回(第二回はこちら)、毒母であるヘヨンを中心にしながら、ヘヨンの娘である成績が優秀で優等生の高校生ユリ、彼女の親友でアイドル練習生のイェナ、彼女たちの担当教員であるギボムを加えた4人が密接にかかわり、ほぼ同列で並びながら物語が進行していく構成にした理由を語ってくれたキム・スイン監督。

 この四人はいずれもあまりめぐまれた状況にいない。これは意図してそうしたのだろうか?

「そうですね。意図してそういうことにしました。

 なぜ、そうしたかというと、これもある意味、四人を同列に並べたかったんです。

 どういうことかと言いますと、たとえばイェナならばアイドル練習生で、デビューに向け日々プレッシャーを受けながら過ごしている。周囲からやっかまれることも少なくない。

 教師のギボムは両親、特に父親から不出来な息子と切り捨てられている。

 このようにいずれの人物もギリギリのところにいる。

 四人ともギリギリの状況に置くことで、横一線に並べて、それぞれがどのような選択をしていくのかを描きたかったんです。

 そして、それぞれが置かれた環境の中で、それぞれに違った選択をしていく。死を選ぶ者もいれば、生に踏み出す者もいる。

 そのように同じような苦難があったとしても、答えはひとつではない、多くの選択肢があることを提示したいと考えました。

 このような考えに至ったのは、塾講師をしていた影響があったかもしれません。

 子どもが苦境を前にしたときに、やはり答えはひとつではなくて、実は逃げ出せる道はある。そのことを示したいところがありました。

 それは大人としての役目ではないかと思って、その考えを反映させたところがあった気がします」

「毒親<ドクチン>」より
「毒親<ドクチン>」より

イェナをアイドル練習生にした理由は?

 本作は、韓国の現在の親世代と子ども世代の考え方の違いや隔たりが大きなキーワードにもなっている。その中で、いくつか世代間ギャップを示す仕掛けがされている。

 そのひとつがイェナ。彼女はアイドル練習生となっているが、なぜこのような設定にしたのだろう?

「幼稚園に通っているぐらいから、わたしはKーPOP、とりわけアイドルのファンだったんです。

 途中、ちょっとお休みの期間があって、遠ざかったときもあったんですけど(苦笑)、幼稚園のときから、いまもアイドルが大好きなんです。

 だから、物語のどこかにアイドルという題材を反映したい気持ちがまずありました。

 で、これはもう韓国に限ったことではなくて、全世界でもそうだと思うんですけど、アイドルというのは過酷といいますか。

 KーPOPのアイドルたちはもう象徴になっていると思いますが、ちょっとやそっとの努力ではアイドルにはなれない。

 たとえば、オーディション番組で、いろいろな試練を乗り越えて、そうとうな努力をして、ようやく勝ち取る、みたいなものをみんながみている。

 ですから、おそらく全世界の人が、KーPOPのアイドル=熾烈な競争を勝ち抜いてきたというイメージになっていると思うんです。

 それは韓国人にとっても同様で、アイドル練習生=一生懸命に夢に向かって努力をしている。子どものころからたゆまぬ努力を続けている。そういうイメージに特に若者世代ではなっている。

 だから、たとえば同級生の子がアイドル練習生を3年やりましたといったとします。すると、夢のためにすべてを注いで3年も努力したんだ、みたいにちょっと尊敬の念を抱くようなところがあるんです。

 なので、いまの若い世代は、アイドル=努力を惜しまない人、夢に向かって一直線に頑張っている人、みたいな好意的な意見をもつ人が多い。

 ただ、一方で、親世代になるとアイドルのとらえ方がちょっと違ってくる。

 少し変わりつつありますけど、まだまだ『芸能界なんてろくなもんじゃない』といった考えが根強く残っている。

 ダンスを練習するんだったら、勉強しろ、学歴が一番優先といった考えが多い。

 世代間のギャップも本作には欠かせない要素です。

 そういう意味で、イェナをアイドルとすることで世代間の考えの違いを対比できると思いました。

 また、ユリはまさに学業優先、まあ母のヘヨンのプレッシャーもあってのことですけど……。

 成績優秀なユリとの対比にもなる。

 そこでイェナをアイドルという設定にしました」

(※第四回に続く)

【「毒母<ドクチン>」キム・スイン監督インタビュー第一回】

【「毒母<ドクチン>」キム・スイン監督インタビュー第二回】

「毒親<ドクチン>」ポスタービジュアル
「毒親<ドクチン>」ポスタービジュアル

「毒親<ドクチン>」

監督・脚本:キム・スイン

出演:チャン・ソヒ、カン・アンナ、チェ・ソユン、ユン・ジュンウォン、オ・テギョン、チョ・ヒョンギュン

公式サイト https://dokuchin.brighthorse-film.com/

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)2023, MYSTERY PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事