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パリ五輪目前のフランスに迫る“三つ巴”の政治混乱――“首相はいるが、いないのと同じ”の異常事態とは

六辻彰二国際政治学者
エッフェル塔に掲げられた五輪マーク(2024.7.19)(写真:ロイター/アフロ)
  • フランスのアタル首相は辞任したが、マクロン大統領は実質的な権限がほとんどない“つなぎ”として留任させた。
  • マクロン陣営は左派政党から選出される首相を任命するようプレッシャーを受けているが、これを認めたくない。
  • どの政党も主導権を握れず、マクロン政権の改革を進めることも止めることもできない政治の空転が進めば、強権主義が台頭する懸念もある。

 フランスは今“首相はいるが、いないのと同じ”という異常事態のもとにある。7月26日に開会式を迎えるパリオリンピックの期間中も政治混乱の芽は大きくなると予想される。

辞任したのに“留任”する首相

 フランスは今、首相不在に近い状態にある。

 ガブリエル・アタル首相は7月16日に辞任し、内閣は解散した。

議会に出席したアタル暫定首相(2024.7.18)。議会選挙の結果を受けてマクロン大統領に辞表を提出し、受理されたものの、新首相の就任まで暫定首相として日常業務を代行している。
議会に出席したアタル暫定首相(2024.7.18)。議会選挙の結果を受けてマクロン大統領に辞表を提出し、受理されたものの、新首相の就任まで暫定首相として日常業務を代行している。写真:ロイター/アフロ

 ところが、エマヌエル・マクロン大統領は辞表を受理したものの、新内閣が発足するまでの“つなぎ”としてアタルを留任させた

 今後、正式な首相が誕生するまで、アタルは首相のサインが必要な日常業務を代行するものの、新法案の検討などは行われないとみられる。

 つまり、アタルはあくまで形式的な暫定首相でしかない。

 フランスの国家元首は大統領だが、行政権の多くは首相が握る。その首相ポストが実際には空位に近い状況はフランスの政治的混乱を物語る。

イギリスの国際会議に出席したマクロン大統領(2024.7.18)。マクロン支持政党が議会選挙で大幅に議席を減らしたことで、フランスでは政治混乱の芽が大きくなっている。
イギリスの国際会議に出席したマクロン大統領(2024.7.18)。マクロン支持政党が議会選挙で大幅に議席を減らしたことで、フランスでは政治混乱の芽が大きくなっている。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

新首相を任命したくない大統領

 この混乱が生まれた直接のきっかけは、7月初旬に行われた議会選挙にあった。

 投票の結果、マクロン支持政党の連合体“アンサンブル”は577議席中161議席を獲得したが、第二党に終わった。

 これに対して、第一党になったのは左派政党の連合“新人民戦線”で、こちらは188議席を獲得した。

 事前の予測で第一党になる可能性さえ取りざたされていた極右政党・国民連合は得票率でトップ(37.1%)だったものの、142議席で第三党にとどまった。

 アンサンブルと新人民戦線は国民連合に対抗して選挙協力を行ない、過半数の議席を確保したのだ。

 ところが、“反極右”の一点で共通したものの、もともとアンサンブルと新人民戦線は政策面で食い違いが多い(後述)。

 だからこそ、議会運営が困難になったアタルは辞表を提出したのだ。

 しかし、マクロン大統領は新首相を任命したくない。当たり前なら最大会派の新人民戦線から首相が出ることになるからだ。

パリ中心部のスターリングラード広場で議会選挙勝利を喜ぶ新人民戦線支持者(2024.7.7)。新人民戦線は“反極右”を掲げる一方、マクロン政権の新自由主義的経済改革にも反対し、格差是正を主張してきた。
パリ中心部のスターリングラード広場で議会選挙勝利を喜ぶ新人民戦線支持者(2024.7.7)。新人民戦線は“反極右”を掲げる一方、マクロン政権の新自由主義的経済改革にも反対し、格差是正を主張してきた。写真:ロイター/アフロ

 その結果、当面はアタルが首相を代行することになったわけだが、先述のようにあくまで形式的な“つなぎ”にすぎない。

先進国で最も税金が重い国の一つ

 マクロン陣営と新人民戦線の間でとりわけ違いが目立つのが財政問題だ。

 マクロンは2017年の就任以来、財政再建を目指して燃料税の引き上げや年金支給開始年齢の引き上げといった改革に着手してきた。

 それもあって、経済開発協力機構(OECD)の統計によると、フランスではGDPに占める税収の割合が46.1%(2022年)にのぼった。これは先進国で最も高い水準だ(ちなみに日本は2021年段階で34.1%)。

大型トラクターなどでパリ近郊の道路を封鎖した農家のデモ(2024.1.31)。フランスではもともとデモが多いが、特にマクロン政権のもとでは増税、物価上昇、年金不安などを理由とする抗議デモが増加した。
大型トラクターなどでパリ近郊の道路を封鎖した農家のデモ(2024.1.31)。フランスではもともとデモが多いが、特にマクロン政権のもとでは増税、物価上昇、年金不安などを理由とする抗議デモが増加した。写真:ロイター/アフロ

 ところが、その一方でマクロン政権の税制改革には富裕層に有利なものも含まれる。130万ユーロ相当以上の不動産に課される特別税が廃止され、より税率の低い通常の固定資産税に切り替えられたことは、その象徴だ。

 こうしたマクロン改革を批判して台頭したのが国民連合と新人民戦線だ。

 つまり、右翼と左翼の勢力拡大は、“中道派”をもって任じるマクロンの不人気が呼んだものといえる。

財源の怪しい生活支援

新人民戦線に絞って話を進めると、生活苦への対応として以下のような政策を主張している。

  • 税抜きで月1600ユーロ(約27万円)の最低所得保障
  • 日用品の価格据え置き
  • 公営住宅の増設

年金改革などに抗議する学生のデモ(2019.12.10)。生活不安を強く感じやすい若い世代には反マクロンの機運が強く、その延長で右翼や左翼に傾倒しやすいとみられている。
年金改革などに抗議する学生のデモ(2019.12.10)。生活不安を強く感じやすい若い世代には反マクロンの機運が強く、その延長で右翼や左翼に傾倒しやすいとみられている。写真:ロイター/アフロ

 その財源としては、富裕層に対する課税強化が重視されている。

 新人民戦線は左派政党の連合体だが、そのうち最も急進派である“不服従のフランス”の場合、これまでに年収40万ユーロ以上の所得税の税率を100%にすることなど、過激とさえいえる富裕層増税を主張してきた。

 もっとも、こうした懲罰的な増税は富裕層の海外流出を促しかねないため、実現の可能性には疑問も大きい。

 それでも不服従のフランスは今回の議会選挙で78議席を獲得した。これは合計188議席を獲得した新人民戦線のなかで最多である。

誰もが身動きしにくい“三つ巴”

 要するにフランス政治は今、三つ巴の構図のもとにある。

戦勝記念日にオランド前大統領(右)と対話するマクロン大統領(2024.6.10)。オランドの所属する社会党は新人民戦線のなかの穏健派と目されており、マクロンはアプローチを強めている。
戦勝記念日にオランド前大統領(右)と対話するマクロン大統領(2024.6.10)。オランドの所属する社会党は新人民戦線のなかの穏健派と目されており、マクロンはアプローチを強めている。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 マクロン陣営は新人民戦線とまともに連立政権を発足させたくない。これまでのマクロン改革の否定につながるからだ。

 だからマクロンは新人民戦線のなかの穏健派である社会党(65議席)にアプローチして、不服従のフランスと決別させようとしている。

 しかし、「マクロンと取引した」とみられれば命取りになりかねないため、社会党はこれを拒絶している

 とはいえ、社会党を含む新人民戦線も単独過半数の議席を獲得していない。だからマクロン支持のアンサンブルと連立形成に合意できなければ、政治の実権を握ることもできないが、税金や年金の問題で簡単に妥協すれば支持を失いかねない。

議会選挙後に初めて議会に登院した国民連合のマリーヌ・ルペン前代表(右)とジョルダン・バルデラ代表(2024.7.10)。国民連合は議席数で第3位だが得票率では首位だった。
議会選挙後に初めて議会に登院した国民連合のマリーヌ・ルペン前代表(右)とジョルダン・バルデラ代表(2024.7.10)。国民連合は議席数で第3位だが得票率では首位だった。写真:ロイター/アフロ

 むしろ反マクロン改革で新人民戦線と一致するのは国民連合だが、この同盟はもっと難しい。同じことは、“反極右”で新人民戦線と一致するマクロン陣営についてもいえる。

強権主義を招くか

 歴史をひも解けば、議会の空転は強権主義を招くきっかけになってきた。

 フランス革命(1789年)後のナポレオンによる皇帝即位や、世界恐慌(1929年)後のドイツにおけるナチスの政権掌握は、ある点で共通する。生活不安が広がるなか、“決められない政治”にいらだった人々の間で、反対を力ずくで押し切る剛腕をむしろ高く評価する風潮が高まっていたことだ。

 それらより穏健とはいえ、現在のフランス第五共和制も、その発足は議会の空転にあった。

ナポレオンの肖像。フランス革命後の混乱のなか“強い指導者”を求める機運が高まった結果、武功で支持を集めたナポレオンは“人民の皇帝”に即位した。
ナポレオンの肖像。フランス革命後の混乱のなか“強い指導者”を求める機運が高まった結果、武功で支持を集めたナポレオンは“人民の皇帝”に即位した。写真:イメージマート

 アルジェリア独立戦争(1954-1962年。最重要植民地の一つアルジェリアの独立を認めるか否かでフランス世論が二分した)の最中の1958年、議会の空転に業を煮やした軍の一部がクーデタを起こした。その要求に基づき、議会が大統領に据えたのは、第二次世界大戦中に対独レジスタンスを率いたシャルル・ド・ゴール将軍だった。

 ド・ゴールの下、フランスはそれまでの議会優位から政府中心に転換した。それ以来、約60年に渡って現在の体制は続いてきたのだが、今や見直しの機運も高まっている。

襲撃事件が多発した議会選挙のあとで

 とりわけ新人民戦線は「現在の体制のもとでは多くの国民が反対する改革を大統領が押し進めても止められない」と批判し、憲法を改正してむしろ議会優位に復帰すべき(第六共和制)と主張する。

 しかし、フランスではすでに反対意見を唱える勢力を敵視する風潮が強くなっている。今回の議会選挙の期間中、各党の候補者や支持者に対する襲撃事件が50件以上発生したことは、イデオロギーを超えて過激主義の広がる様相を象徴する。

 議会が空転するなかで大きな変化を目指せば、“妨害する反対派”への敵意はさらに募りやすくなる。それが“反対を押し切る決断”を賛美する強権主義の土壌になることは歴史が示している。

 現在の“首相はいるが、いないのと同じ”という不安定要素は、パリ五輪が続く間、一時的に沈静化するかもしれない。

 とはいえ、五輪の熱狂が冷めた後、混乱が収まっていることはほぼ想定できない。五輪はいわば混乱を先のばしする以上のものとはいえないのである

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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