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世界39言語に翻訳される大ベストセラーの映画化へ。夫婦で大役をやり遂げていま思うこと

水上賢治映画ライター
「帰れない山」より

 この世界の中で、自身はどう生きていけばいいのか、自分にとっての居場所はどこなのか?

 生きていく上で、自身の心の拠りどころはどこにあるのか?

 自身にとって大切な人は誰なのか?

 先の見えない将来とどう向き合い、自身の歩むべき道はどうすれば拓けるのか?

 自身のルーツとは、戻れる故郷とは?

 映画「帰れない山」は、このように自らの人生と重ね合わせ、そして自らを問う一作といっていいかもしれない。

 原作は、世界39言語に翻訳されるベストセラーとなっているイタリアのパオロ・コニェッティによる同名小説。

 北イタリアのモンテ・ローザ山麓を舞台に、都会育ちの少年ピエトロと、「村最後の子ども」と言われる牛飼いの少年、ブルーノという対照的な二人を通して、人生の光と影が描かれる。

 世界的ベストセラーに何を見出し、何を描こうとしたのか?

 手掛けたフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメールシュの両監督に訊く。全五回。

フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督(右)とシャルロッテ・ファンデルメールシュ監督
フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督(右)とシャルロッテ・ファンデルメールシュ監督

コロナ禍はいままでの人生の中で、体験をしたことのない時間だった

 前回(第四回はこちら)に続き、作品の話から入る。

 二人は今回の作品について、コロナ禍の影響を受けた作品で、「二人にとってひじょうにパーソナルな作品になった」と明かしている。

 これはどういうことなのだろうか?

フェリックス「もうみなさんそうだったと思うのですが、コロナ禍は奇妙といいますか。

 いままでの人生の中で、体験をしたことのない時間だったと思います。

 ロックダウンが何度も繰り返しあって、世界も社会も個人同士も遮断されて、ひとりの世界の中に否応なく置かれることになった。

 いろいろなところが封鎖されてしまい、時間が止まってしまったようで、人々が自分の殻に閉じこもってしまっていくようなところがありました。

 この状態を前にしたとき、パオロ・コニェッティの原作とものすごくリンクするなと思ったんです。

 主人公のピエトロにしても、ブルーノにしても、周囲や社会との関係が断ち切られてしまう時期があって、ほんとうの孤独を味わうことになる。

 そこからピエトロは自身と徹底的に向き合うことで自身の進むべき道を見つけることになる。

 けれども、ブルーノはあのような選択をしてしまうことになる。

 こうしたことがコロナ禍でも実際に起きている。だから、すごくコロナ禍のいまにシンクロすると思ったし、いまこそ描くべきことではないかと思いました」

「帰れない山」より
「帰れない山」より

コロナ禍で、自然の美しさや大切さ、

人と人が直接コミュニケーションをとることの重要さに気づいたのでは

シャルロッテ「コロナ禍になって、みなさん、いろいろと大変だったと思います。

 ロックダウンで外に自由に出られず、誰かと会うこともできなくなった時期がありました。

 ただ、そういった中で、いままで目に留まらなかったことに気づいたこともあったのではないでしょうか?

 いままでなにかと多忙で目に入ってこなかったことに自然と目がいくようなことがあったのではないでしょうか?

 たとえば、空を見上げて『気持ちいい』と感じたり、道端に名もなき花をみつけて『きれい』と思ったり、人と会うことがとても愛おしく思えたり、そんな瞬間があったと思います。

 コロナ禍で、自然の美しさや大切さ、人と人が直接コミュニケーションをとることの重要さに気づいたのではないでしょうか。

 実は、パオロ・コニェッティの原作も、そういうことを教えてくれる。

 ですから、フェリックスとわたしは、この映画を作ることで、すごく心が癒されたところがありました。

 コロナ禍で沈んでいた気持ちを、ひきあげてくれて前を向かせてくれたところがあります」

「帰れない山」より
「帰れない山」より

夫婦での共同監督は?

 では、少し話を戻すが、フェリックスの提案から実現した夫婦での共同監督は実際のところどういう経験になっただろうか?

フェリックス「僕としては『すばらしかった』の一言かな。

 彼女と協働することで、僕だけでは到底入れることのできなかった多様な視点で物語が語られ、映画が作れたと思っています。

 また、こういう夫婦での共同制作ができることが可能であることも確認できました。

 次にどうこうということはまだ決まっていないのだけれど、これから夫婦での映画作りも視野に入れて創作活動ができるのかなと思っています」

シャルロッテ「わたしはとにかく監督業というのは初めてだったので、すべてが未知数で自分がきちんとまっとうすることができるのか、わかりませんでした。

 ただ、結果としては、フェリックスを信じてトライしてみてよかったと思います。

 やはり役者として映画に関わるのとも、脚本家として映画に関わるのとも違う。

 いろいろと苦労はありましたし大変なこともありましたけど、これほどエキサイティングな仕事はなかなかないなと思いました。

 わたしが監督としてきちんと立てていたかどうかは自分では判断できません。

 でも、ピエトロ役のルカ・マリネッリは、わたしとフェリックスの共同監督を『一人の人間のようにダンスしているように見えた』と言ってくれました。

 ですので、監督の仕事をまっとうできたのかなと思っています」

(終了)

【「帰れない山」監督インタビュー第一回はこちら】

【「帰れない山」監督インタビュー第二回はこちら】

【「帰れない山」監督インタビュー第三回はこちら】

【「帰れない山」監督インタビュー第四回はこちら】

「帰れない山」ポスタービジュアル
「帰れない山」ポスタービジュアル

「帰れない山」

監督・脚本:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ

原作:「帰れない山」著:パオロ・コニェッティ 

翻訳:関口英子(新潮クレスト・ブックス)

出演:ルカ・マリネッリ、アレッサンドロ・ボルギ、フィリッポ・ティーミ、エレナ・リエッティ

公式サイト http://www.cetera.co.jp/theeightmountains/

全国順次公開中

写真はすべて(C)2022 WILDSIDE S.R.L. – RUFUS BV – MENUETTO BV – PYRAMIDE PRODUCTIONS SAS – VISION DISTRIBUTION S.P.A.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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