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世界的ベストセラーを映画化。夫婦で監督を務めることになったきっかけは?

水上賢治映画ライター
「帰れない山」より

 この世界の中で、自身はどう生きていけばいいのか、自分にとっての居場所はどこなのか?

 生きていく上で、自身の心の拠りどころはどこにあるのか?

 自身にとって大切な人は誰なのか?

 先の見えない将来とどう向き合い、自身の歩むべき道はどうすれば拓けるのか?

 自身のルーツとは、戻れる故郷とは?

 映画「帰れない山」は、このように自らの人生と重ね合わせ、そして自らを問う一作といっていいかもしれない。

 原作は、世界39言語に翻訳されるベストセラーとなっているイタリアのパオロ・コニェッティによる同名小説。

 北イタリアのモンテ・ローザ山麓を舞台に、都会育ちの少年ピエトロと、「村最後の子ども」と言われる牛飼いの少年、ブルーノという対照的な二人を通して、人生の光と影が描かれる。

 世界的ベストセラーに何を見出し、何を描こうとしたのか?

 手掛けたフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメールシュの両監督に訊く。全五回。

フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン(右)とシャルロッテ・ファンデルメールシュの両監督
フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン(右)とシャルロッテ・ファンデルメールシュの両監督

脚本に彼女が参加するきっかけはほんとうの偶然でした

 「帰れない山」の話に入る前に、フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督が2012年に発表した映画「オーバー・ザ・ブルースカイ」の話から始めたい。

 実は、フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメールシュの両監督は夫婦。

 とあるカップルの情熱的な恋と喪失を描いた「オーバー・ザ・ブルースカイ」に、実はシャルロッテ・ファンデルメールシュは脚本で参加している。

 つまり「帰れない山」は、夫婦での共同制作としては2度目となった。

 「オーバー・ザ・ブルースカイ」の経験は互いに大きなもので、それ以来、いつか二人で映画を作れたらと考えていたという。

 「オーバー・ザ・ブルースカイ」で協働することになったきっかけをこう明かす。

フェリックス「はじめから話すと長くなるので、短くまとめると……。

 僕とシャルロッテがパートナーになって、だいたい15年ぐらいになります。

 その間、一緒になにかに取り組みたい時期もあれば、互いにそれぞれの仕事をしたい時期もありました。

 その中で、『オーバー・ザ・ブルースカイ』の脚本に彼女が参加するきっかけはほんとうの偶然でした。

 わたしが結果として『オーバー・ザ・ブルースカイ』となる次の作品の構想を考え始めていたころ、2カ月ぐらい休暇をとることにしたんです。

 バカンスをとって、二人でいろいろと旅をしてみようとなった。

 ただ、僕はその旅の間にも、脚本作りに取り掛かりたい気持ちがありました。

 ということで、そのことを正直にシャルロットに伝えたんです。旅の間に『シナリオを書き進めたい』と。

 すると彼女は、『旅の間も脚本作りを続けていい』と、ただひとつ条件として『自分も書く作業に関わらせてほしい』と提案されたんです。

 それで、僕としては彼女の提案を受け入れて、一緒に旅をしながら、脚本を書くことになりました。

 こうして、旅の間、いろいろと意見を交わしながら、二人で書き進めて完成したシナリオが『オーバー・ザ・ブルースカイ』となりました」

「帰れない山」より
「帰れない山」より

どこかで僕の映画作りに入ってきてくれることを待っていたところがあります

 この共同でのシナリオ執筆は実りの大きなものだったという。

フェリックス「『オーバー・ザ・ブルースカイ』は、あるカップルの関係性が描かれています。

 子どもを失うことで彼らの関係は静かにでも確実にヒビが入ってしまい、修復できないものになっていく。

 ひとつの喪失によって、二人はパートナーとの信頼関係も失い、パートナー自体失うことにつながっていく。

 ひと言でいえば『喪失』をテーマにした物語になっている。

 この『喪失』を大きくクローズアップすることになったのはシャルロッテの存在でした。

 ヒロインが抱えることになる哀しみや孤独には、シャルロッテの考えが大きく反映されています。

 そのことで物語に厚みがでたと思います。

 彼女は素晴らしいライターでした。

 ただ、実はパートナーとして過ごす中で、僕は彼女の語彙力がひじょうに高いことに気づいていました。

 つまりシナリオライターの才能があるのではないかと思っていた。

 ですから、どこかで僕の映画作りに入ってきてくれることを待っていたところがあります。

 で、実際、脚本作りに入ってきて、すばらしいアイデアや作品へのインスピレーションを与えてくれた。

 こういった点を含めて、シャルロッテとの共同作業はとても実りのあるものでした。

 彼女も同じように思ってくれたみたいで、また機会があったら一緒に映画作りをしてみようと二人で考えていました。

 そして、実現したのが今回の『帰れない山』になります」

シャルロッテ「いま、フェリックスが話してくれた通りです。

 どこかで映画作りというものに本格的に取り組みたいと思っていた時期に、彼からそういわれて始まったのだと思います。

 脚本での参加でしたが、わたしにとって『オーバー・ザ・ブルースカイ』は大きな経験になりました。

 そして、さきほどフェリックスが言ったように、また共同でなにか取り組めればと思うことができた。

 たぶん『オーバー・ザ・ブルースカイ』の経験がなければ、今回の『帰れない山』にはつながらなかったかもしれない。

 そういう意味で、今回共同監督を務めるきっかけになった作品といっていいでしょう」

(※第二回に続く)

「帰れない山」メインビジュアル
「帰れない山」メインビジュアル

「帰れない山」

監督・脚本:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ

原作:「帰れない山」著:パオロ・コニェッティ 

翻訳:関口英子(新潮クレスト・ブックス)

出演:ルカ・マリネッリ、アレッサンドロ・ボルギ、フィリッポ・ティーミ、エレナ・リエッティ

公式サイト http://www.cetera.co.jp/theeightmountains/

新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほかにて全国公開中

写真はすべて(C)2022 WILDSIDE S.R.L. – RUFUS BV – MENUETTO BV – PYRAMIDE PRODUCTIONS SAS – VISION DISTRIBUTION S.P.A.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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