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39言語に翻訳されるベストセラーの映画化へ。夫から共同監督を提案された妻の反応は?

水上賢治映画ライター
「帰れない山」より

 この世界の中で、自身はどう生きていけばいいのか、自分にとっての居場所はどこなのか?

 生きていく上で、自身の心の拠りどころはどこにあるのか?

 自身にとって大切な人は誰なのか?

 先の見えない将来とどう向き合い、自身の歩むべき道はどうすれば拓けるのか?

 自身のルーツとは、戻れる故郷とは?

 映画「帰れない山」は、このように自らの人生と重ね合わせ、そして自らを問う一作といっていいかもしれない。

 原作は、世界39言語に翻訳されるベストセラーとなっているイタリアのパオロ・コニェッティによる同名小説。

 北イタリアのモンテ・ローザ山麓を舞台に、都会育ちの少年ピエトロと、「村最後の子ども」と言われる牛飼いの少年、ブルーノという対照的な二人を通して、人生の光と影が描かれる。

 世界的ベストセラーに何を見出し、何を描こうとしたのか?

 手掛けたフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメールシュの両監督に訊く。全五回。

フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督(右)とシャルロッテ・ファンデルメールシュ監督
フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督(右)とシャルロッテ・ファンデルメールシュ監督

「監督を一緒に」という提案は予測していませんでした

 前回(第二回はこちら)、キッチンで夫であるフェリックスから妻のシャルロッテへと共同で監督をしないかと打診があったことが明かされた。

 「もちろん」と応じたと語ったシャルロッテ監督だが、話をこう続ける。

シャルロッテ「彼が映画化に向けて動いていたことはもちろん身近でみていたので知っていました。

 脚本を作り上げるのに原作者のパオロと会って、いろいろ時間をもった。

 その上で、大変な時間を要して書き上げていったことも見ていました。

 ですから、もしかしたらわたしになにか頼みごとがくるかもしれないというのは、どこか心の中で予測していました。

 そこで『一緒にやってみないか』と言われたので、特に驚くことはなかったです。

 ただ、『監督を一緒に』という提案は予測していませんでした。

 前にお話しした通り、どこかのタイミングで一緒に映画を作ろうとは思ってましたけど、監督を一緒にすることはわたしはあまり考えていませんでした。

 そこまで映画監督をやりたいという野心もその時点ではありませんでした。

 じゃあ、なぜフェリックスの提案を受けたかと言うと、それはフェリックスの提案だからにほかなりません(笑)。

 彼はわたしのことをよく驚かせてくれます。わたしが思いもしないアイデアを思い切って具現化したり、予想もしない提案を思いついたりするんです。

 そういった鋭い直観と感性をもっていることがわたしはそばにいるのでわかっていました。

 だから、彼がわたしを共同監督として迎えたいと直感で思ったならば、わたしは監督未経験で力量も未知数ですけど、チャレンジしてみようと思いました」

「帰れない山」より
「帰れない山」より

友情物語ではなくラブストーリーのように描きたかった

 作品は、北イタリア、モンテ・ローザ山麓を舞台に、都会育ちのピエトロと、地元でずっと生きてきたブルーノの人生が描かれる。

 フェリックスとシャルロッテの両監督は、この物語を、「友情物語ではなくラブストーリーのように描きたかった」と明かしている。

フェリックス「そうですね。

 ラブストーリーといっても恋愛ではなくて、互いを思いやる気持ちというか。

 ピエトロとブルーノの間で揺らぐことのなかった友情もひとつの愛だと思います。

 ピエトロはなかなか自分の居場所や進む先を見つけることができない。

 その中で、父親と意見が対立して、疎遠になってしまう。

 そして、ずっとあとになってブルーノからまったく知らなかった父の一面を伝えられるとともに、ピエトロ自身に注がれていた深い愛情を知ることになる。

 このピエトロへの父の愛情というのも、ひとつの愛だと思います。

 ピエトロは、さまざまな人生の局面で苦しい状況に追い込まれるが、その都度、誰かの愛に支えられる。

 父を始め、いろいろな人とときにぶつかってしまうこともあるが、それも相手への愛があるからこそ。

 このようにこの物語には、いろいろな愛の形が含まれている」

シャルロッテ「その通りで、この物語にはいろいろな愛の形が存在している。

 亡き父の遺志を継いで、ピエトロとブルーノがあの家を作ることもひとつの愛の形といっていいでしょう。

 ブルーノがまるでピエトロのかわりとなって、ピエトロの父と育んだ時間にも、ひとつの愛が存在していた。

 そのことを前にしたとき、ピエトロは父を遠ざけて会うこともなかった、いわば失われた時間の中にも父の愛が確実に存在していたことを知る。

 ほんとうにいろいろな愛の形が含まれている

 そういった意味で、愛の物語を描ければと思いました」

(※第四回に続く)

【「帰れない山」監督インタビュー第一回はこちら】

【「帰れない山」監督インタビュー第二回はこちら】

「帰れない山」ポスタービジュアル
「帰れない山」ポスタービジュアル

「帰れない山」

監督・脚本:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ

原作:「帰れない山」著:パオロ・コニェッティ 

翻訳:関口英子(新潮クレスト・ブックス)

出演:ルカ・マリネッリ、アレッサンドロ・ボルギ、フィリッポ・ティーミ、エレナ・リエッティ

公式サイト http://www.cetera.co.jp/theeightmountains/

全国順次公開中

写真はすべて(C)2022 WILDSIDE S.R.L. – RUFUS BV – MENUETTO BV – PYRAMIDE PRODUCTIONS SAS – VISION DISTRIBUTION S.P.A.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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