阪神甲子園球場―阪神園芸さんのオフの作業の秘密
■野球ファンなら誰もが知っている「阪神園芸」さん
「阪神園芸」―野球関係者、また野球ファンでその名を知らぬ者はいないのではないか。
昨年4月27日。予想を上回る雨量にグラウンドに砂を入れるなど対処し、定刻より遅れてプレイボールがかかった。試合後、読売ジャイアンツの坂本勇人選手の口からその名が出た。「さすが阪神園芸さんですね」と。相手チームの選手までもがその名を、その技術を認識し、リスペクトしている。
見た目にも相当ひどかったそのグラウンドをゲームが開催できるように整え、守っていた選手を感嘆させた阪神園芸さんの技術。当時、阪神園芸 運動施設部の金沢健児次長が明かしてくれたように1、2月のオフ期間の作業が、シーズン中のグラウンドを大きく左右したのだ。(参照記事⇒阪神甲子園球場―その驚異の水はけのよさの秘密)
「同じ雨でもグラウンドの水が浮く、浮かないがある。もちろん、その要因は雨量が大きいけど、1、2月の仕上げの違いがとても大きい」と話すそのオフの作業について、さらに具体的に聞かせてもらった。
■グラウンドの掘り起こしは天気予報とにらめっこ
今年はまず年明けすぐ、1月5~6日の2日間かけてグラウンド下25cmまで土を掘り起こし、耕した。その際、畑で使うような耕運機を使う。
この掘り起こす日程は、天気予報との相談になる。作業の何日か後に雨が降るであろう日を選択する。グラウンドの土を固めるには水が必要だからだ。その水も、ホースでの散水では十分に満遍なく行き渡らない。天からの恵み…雨に勝るものはない。
今年の場合、8日が雨の予報だった。よって5日と6日の午前に掘り起こし、6日午後から転圧して7日にかけて整備した。ただ予報どおり8日に雨は降ったのだが、その量が20ミリ以上と、この時期にしては多かった。いや、多すぎた。
水は必要だが、このタイミングで雨量が多すぎると水分を含みすぎ、2~3日は触ることができなくなる。中途半端に手を出してしまうと台無しになってしまうのだ。
その判断が難しいそうで、そこは「長年の経験」がモノをいう。
ただ単純に「固める」というのなら誰にでもできる。いかに「水はけのいい状態で固めるか」というのが、“匠の技”なのだ。
水が残りすぎたまま固めるとコンクリートを練ったような状態になり、雨が降ったらすぐに水が浮いてしまう。反対に水が少なすぎると転圧しても固まらない。ちょうどいい水加減のタイミングで固めなければならないのだ。
金沢次長はいつも「泥だんご」に例える。水分が多くてべちゃべちゃだとすぐに壊れる。乾いた土だと固まらない。ちょうどいい水加減だとしっかり固まって壊れにくい。そんな泥だんごくらいの水加減がグラウンドには最適だという。
「泥だんごのように手でできたら一番いいけど、これだけの面積やから雨でないと。自然の雨を使いながらね」。雨をうまく利用して、“泥だんごのグラウンド”を目指す。
■休む勇気
先に述べたように予想以上に雨量が多かった今年は“待つ作業”も大事だった。気温が低いと水は抜けにくく、「水が抜けていないときに触ると、掘った意味がなくなる」と、台無しにしてしまう。そういうとき、阪神園芸さんは何をするかというと「休む。無理やり代休をとって、とにかく休む」という。
「『仕事しないのも勇気』『待つのも仕事』って、最初に教わった」そうで、グラウンドにいるとどうしても触りたくなってしまうからと、ここぞとばかりに連休をとる。正月休みを合わせると、1月半ばまで「ほとんど出勤していない」と金沢次長は笑う。カレンダーどおりにはいかない仕事だ。
■転圧しながら異物の除去
掘った後は雨を利用しながら、不陸(ふりく)といわれるデコボコを平らに直しつつ、転圧する。
目指すのは砂のビーチとアスファルトの“いいとこ取り”だ。ビーチは水がすぐ染み込むが、ボールは転がらない。一方、アスファルトではボールは転がるが、水が染み込まず浮いてしまう。
ボールが転がる、走れる状態のほどよい硬さというのが、両者の“いいとこ取り”というわけだ。
また転圧とともに行うのが、異物の除去だ。チェーンマットでかき集めた土をふるいにかけて、その中の小石などの異物を取り除く。選手がケガしないよう土の部分すべてから隈なく除去するため、何度も何度も繰り返す。本当に地道な作業だ。
■近年、硬めに仕上げるようになったグラウンド
ところで、グラウンドの硬さにも変遷があるそうだ。
昔は柔らかめだったが、2003年から全体的に硬めになったという。特に一、二塁間の走路は固めていた。虎のスピードスター・赤星憲広選手をバックアップするためだ。
しかしデメリットもある。固めすぎるとボールがイレギュラーしやすくなるのだ。特に一塁手はその不利を被る。
それがわかっていた赤星選手は「野手が守りにくくなるので…」と遠慮したそうだが、当時の岡田彰布守備コーチから走路を硬めに仕上げてほしいと阪神園芸さんに頼んできたという。
幸いにも当時の一塁手、ジョージ・アリアス選手やアンディ・シーツ選手は守備力が高く、走路を硬くしても守りで苦にすることはなかった。
今年は、昨年のパ・リーグの盗塁王である糸井嘉男選手がFA移籍してきたこともあり、どうするのか。「ホームアドバンテージやからね。首脳陣に言われたら(硬めに)するでしょう」(金沢次長)と、バックアップする準備は万端だ。
■外野の芝もお色直し
またこのオフ、約9,000平方メートルの芝うち約5,500平方メートル分を張り替えた。夏の高校野球が来年、100回大会を迎えるということもあり、綺麗に“お色直し”した。
1月半ばに敷き詰めた50センチ×2メートルのシート状になった約5,500枚の冬芝は、ちょうどセンバツ高校野球の頃にはしっかりと根付くという。この張り替え工事によって、水はけの改善もかなり見込まれるようだ。
■天気に屈しない匠の技
甲子園球場の仕上げは「技術以前に天候に左右される」と金沢次長は話す。「ただ、それを何とかするのは技術」と毎年、天候を味方につけたり、戦いを挑んだりしている。
「天候によっては『結果的に100点の仕上がり』になる年もあるけど、そんな年ばかりではない。どんな天候でも80~90点には仕上げたい」と、毎年”阪神園芸”の名に恥じないレベルは保たせている。それが阪神園芸さんのグランドキーパーとしての矜持だ。
今年もプロアマともに、幾多のドラマを生み出すであろう甲子園球場。その陰には阪神園芸さんの匠の技がある。
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