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高校球児を待つ阪神甲子園球場・・・そのグラウンドの秘密

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター

 「キレイ…!」

 初めて甲子園球場に足を踏み入れたとき、その美しさに息を呑んだ。

 今日から始まる全国高校野球選手権大会に出場する球児たちも、甲子園見学で感じるものがあったに違いない。

 美しく仕上げているのは、ご存知「阪神園芸」の皆さんだ。屋外の球場ゆえに、グラウンドキーパーとしてその苦労は想像に難くない。最大の敵は天候、特に雨だろう。

 常に「最良の状態でプレーしてもらいたい」と願う阪神園芸さんの運動施設部・整備第一課の金沢健児課長に、「甲子園球場と雨」について聞かせていただいた。

(甲子園球場についての過去記事はこちら⇒「マウンドの秘密」「トンボの秘密」

芸術的ですらある散水シーン
芸術的ですらある散水シーン

■その日しか来られない人のために、最大限の努力をする

 7月22日の対読売ジャイアンツ戦。この日は朝から雨が降り続いていた。天気予報は夜にかけても悪く、試合開催が危ぶまれていた。この日のような場合はまず前日の試合後、グラウンド整備をした後に内野部分にシートを敷く。

 そして当日は雨雲レーダーとにらめっこだ。球場が契約しているウェザーニュースを見ながら、過去の傾向も考慮に入れて雲の動きをシミュレーションする。

朝からかなり激しい雨が降った「伝統の一戦」
朝からかなり激しい雨が降った「伝統の一戦」

 例えば台風など明らかに雨が降り続くことが予想できる場合は、早めに中止決定が出せる。しかし通常は可能性がある限り、なんとか開催する方向で模索する。「その日のチケットしかない、その日しか来られないという人のために、開催できるよう最大限の努力をする」というのが、球場や阪神園芸さんのスタンスだ。

 この日は「16時半以降に降る可能性もあったし、どれくらい降るか予想も立たなかった」そうだが、球場や阪神園芸さんの英断で開催を決定。雨の止み間にシートを上げてプレーできるグラウンドを作り、無事、試合は成立した。

 大方の予想は雨天中止という中で、「願いどおりの雨の量だった」と、金沢課長もホッと胸をなでおろした。

■グラウンドに敷くシートとは・・・?

 雨対策の強力な武器は、グラウンドに敷くシートだ。シートとはどのようなものなのか、詳しく説明していただいた。

大きい方のオレンジ色のシート
大きい方のオレンジ色のシート

 シートには大小2種類あり、それぞれ特徴が違う。大きい方のオレンジ色のシートは電動で巻き取るタイプで、これを4台使用することでグラウンドの土部分全体を覆うことができる。人員は10人程度で賄えるが、敷くのにも上げるのにも小1時間ほど要する。格納庫からの出し入れにも、熟練の技が必要だ。

 一方、50m四方の銀色のシートは、急な雨の時、手早く敷くことができる。以前は60m四方のものを使っていたが、球場自体に傾斜があるので小さくしても支障はなく、むしろ断然軽くなり、作業は楽になったという。

 とはいえ、こちらは電動ではなく2,500平方mの1枚モノ。敷くのに20人、上げるのに30人必要だ。バイトやガードマンら総動員でかからねばならない。状況や雨の量などで2種類のシートを使い分けている。

巻き上げたシートを格納庫に運ぶのも大変な作業
巻き上げたシートを格納庫に運ぶのも大変な作業

 翌日が雨予報だとシートを敷くかどうか話し合いが持たれる。実は常に敷けばいいというものではないのだ。

 「シートを敷くと、溜まった水が外野の芝に流れてしまうし、内野の土のためにも敷かない方がいい。昼以降も降る可能性がある場合は、試合を開催するために敷くけど、午前中で上がるだろうという時は敷かない方がいい。特に夏場はすぐ乾くので」。この判断は重要だ。

 土にとっては、雨は恵みでもある。

 「散水は土の表面のみで奥までは染み込まない。雨だと土の下30cmくらいまで、それも均等に“撒いて”くれる」。

 地中深くまで水が染み込んでいないと、変なバウンドをすることがあるそうだ。つまり、雨を受けることも必要なのだ。しかし、「夜の天気予報が翌日にまったく変わっていることもよくある」と、梅雨時期などは判断が非常に難しいそうだ。

■水はけのいい甲子園球場

 そもそも「水はけがいい」と言われる甲子園球場だが、それは何故なのか。

 まず形状だが、屋外の球場がたいていそうであるように、甲子園球場もマウンドを中心に外へ向かってなだらかに傾斜している(これは以前「マウンドの秘密」で紹介している)。自然に水が外へ流れるように、だ。

十二分に手をかけているグラウンド
十二分に手をかけているグラウンド

 そしてグラウンドの土。粒子の細かい黒土と粒子の荒いが程よく配合されている。「黒土は水分を含むと粘り気が出る。でもそればかりだと雨が降ると泥になる。それを解消するのに砂が必要になる。砂が多くても締まらないので、半々もしくはやや黒土が多いかな」と、金沢課長。

 もちろん季節や天候によっても、微妙に配合は変わる。「暑い時期は乾きにくいように黒土を多めにしているし、春先や季節の変わり目など雨の多い時期は砂を多めにしている」と明かす。

 そして、その微妙な配合はマニュアルではなく「感覚の世界」だという。「毎日のように触っているから」感覚で判断できるそうだ。

 雨が降ったり水を撒いたりすると、砂は表面に浮き上がり、土は沈む。それを常に混ぜて配合を一定に保つ。こうすることで、グラウンドコンディションがキープできるのだという。この「手をかける」というのが、最も重要なのだ。

 「どこのグラウンドも、整備する人間はせいぜい5人くらい。常駐となると2人くらい。甲子園には現在14人いる。これだけの人数で手をかけている球場は、おそらく日本全国、他にはないでしょう」。

 それだけ費用がかかっているということである。そして何より、長い年月をかけて培われたノウハウが継承されているのだ。

 ちなみに、よく耳にする「甲子園のある場所は昔、川だった。川道があるから水はけがいい」というのは、「単なる都市伝説」と金沢課長は一笑に付した。「川沿いのグラウンドがすべて、水はけがいいわけではない」と話す。

美しく養生されている外野の芝生
美しく養生されている外野の芝生

 それよりも、人の手による技に他ならない。「ウチの14人が他の球場に行って、同じ土で同じことをすれば、甲子園球場のようになる。立地は関係ない」と、金沢課長は胸を張る。

 「高校野球の聖地であり、プロ野球の人気球団の本拠地。管理にはお金も人の手もかかっている」。そこには自負も矜持もあるのだ。

 外野の芝生に関しても、2010年に全面張り替えをし、徐々に根が降りて年々水はけが良くなっているという。また芝生の土をほぐす薬剤を使い、土の吸水性もアップした。さらに今後、芝生の水はけを良くしていくことが課題だそうだ。

■季節、雨の降り方、状況・・・屋外球場ならではの変化に対応

 実際、雨の日はどのような作業をしているのだろうか。前日からシートを敷いている場合は、まずシートを上げ、グラウンドを掻き起こして転圧する。シートを上げるという判断をしてから1時間は要する。その間、同時進行で芝生の水を吸水ローラーで吸う作業も行う。

 試合中に雨が降ってきた場合は、砂を入れて試合ができる状態にする。何から手をつけるかは、その時のグラウンド状態を見てからの判断になる。そしてどれくらい時間がかかるかを、審判に伝える。季節や雨の降り方、状況によって、まったく異なるそうだ。

整備されたグラウンド
整備されたグラウンド

 「こんなことがあった」と金沢課長が話してくれた。

 「ある年の6月、試合中に雨で中断したけど30分の作業で試合が再開できた。するとその年の9月にまた同じような降り方をしたことがあって、審判も6月の時と同じ人やった」。

 「30分でいけますか?」と、その審判は訊いてきたそうだが、とても30分で整備できる状態ではなかった。実はその日は、直前に甲子園球場でコンサートが行われた後で、非常に水はけが悪くなっていた。「乾いている状態なら影響ないけど、雨の中での設営や撤収をしたから、すごく悪くなっていた」。

 もちろん審判に説明し、理解してもらった。同じような雨であっても、状況が変われば整備も変わる。屋外の天然の球場ならではの変化だ。

 そしてこの時も最後まで試合ができるよう、阪神園芸さんたちが奮闘したことは言うまでもない。

■高校球児を陰ながらバックアップ

 今日8月6日、開幕する夏の高校野球。多い日は1日に4試合行われる。「第1試合と第4試合では、どうしても条件は変わる。でも、できるだけ差が出ないようにしてあげたい」と心を砕く。

 また夕立の多い季節でもある。

 「何年かに一度、スタンドが滝のようになるくらいの土砂降りがある。普段からそれに対応できるようマメに整備しているから、そういう時でも雨が上がったらすぐにいい状態にできる。手を抜いたらすぐに出るから」。

 普段から手をかけていることに、グラウンドもちゃんと応えてくれるのだ。

 「すべての球児たちに悔いなくプレーしてほしい」―阪神園芸さんたちはそう願い、朝早くからグラウンドを整えて待っている。

高校球児を待つ聖地・甲子園球場
高校球児を待つ聖地・甲子園球場
フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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