阪神甲子園球場―その驚異の水はけのよさの秘密
■伝統の一戦、奇跡的な試合開催
「さすが阪神園芸さんですね」。
そう口にしたのは、読売ジャイアンツの坂本勇人選手だった。
4月27日、阪神甲子園球場がある兵庫県西宮市は朝から雨が降り続いていた。といっても傘をさそうかどうか迷う程度の弱い雨だった。降雨は予想されていたため、グラウンドを預かる阪神園芸さんは前日の試合後、丁寧に整備した後に雨から守るべくシートを張った。
当日はこのシートを上げるタイミングが難しい。試合開始時間から逆算して動き出す。シートを巻き上げ、撤収し、その後にグラウンドを整備する。シートを上げるという判断をしてから1時間は要する。
ただそれも、強い雨の中では上げることはできない。シートを畳むときにどうしても水がこぼれてしまい、一箇所に集中したその水がグラウンドにダメージを与えてしまうからだ。
この日も夕方の雨を予想しながらも、定時開始を目指してシートを上げた。しかし上げた直後に予想を上回る強い雨が降った。よって、砂を入れるなどの作業が増え、試合開始時間を遅らさざるを得なくなった。いや、遅らせてでも開催したかったのだ。
今季初の甲子園での「伝統の一戦」はチケット完売だった。楽しみにしているファンのためにも、中止だけは避けようという判断だった。
そこで奮闘したのが、「世界の」という“修飾語”まで付く甲子園球場の名グラウンドキーパー・阪神園芸さんだ。その匠の技は「神整備」と称されている。冒頭の坂本選手の言葉も、他の球場なら固有名詞までは出して賞賛しないであろう。
そのあたり、坂本選手に訊いてみると、「やはり甲子園といえば阪神園芸さん。土のグラウンドなのに、普段からすごく守りやすい。でも、あの日は本当にビックリした。あの雨だし、もっとグチャグチャなのを覚悟していたけど、見た目ほど気にならなかった。さすがだなぁって思いましたよ」と感嘆していた。
これを受けて阪神園芸 運動施設部金沢健児次長はこう話す。
「あの日に関しては、天気とグラウンドコンディションから判断して整備するというソフト面の好判断もありましたが、根本的なグラウンドを作る作業であるハード面のデキがよかったことが大前提ですね」。
してやったりとばかりにニヤリとした。
■その秘密はシーズンオフの職人ならではの作業にあった
通常、屋外のグラウンド整備は雨を予想しながら仕上げる。シートを張るかどうか。張ったら上げるタイミングはいつか。散水の量はどうするのか。砂はどれくらい、どのタイミングで入れるか。それらすべてを計算して行っている。
これは経験に基づくものだ。だがあの日は違った。その日々の作業以上に、もっと以前の作業が試合開催を可能にしたのだという。
よく「甲子園球場は水はけがいい」と言われる。もちろん形状や土の配合など構造的な部分もあるが、それ以上に“職人”の手によって仕上げられた成果によるところが大きいのだ。
毎年、甲子園球場を使用するのは3月のプロ野球オープン戦からだ。それに向けて、1月からグラウンド作りは始まる。まず土を掘り起こす。地中の深さ30cmまで土が入っているのだが、22〜23cmまで掘り起こしていく。そしてそれを丁寧にほぐし、雨を利用しながら2月にゆっくり時間をかけて、ローラーで締め固める。これを転圧という。
「雨は誤差なく底まで全体に水分が行き渡るから」と、自然の雨は絶対条件として必要だ。大事なのはそこからで「固める時期、タイミングがポイント。ちょうどいい水加減を見極めないと。早いとベチャベチャになって、ほぐした意味がなくなるし、遅いと固まらない」と金沢次長は話す。
「子供の頃、砂場で作った泥だんごを思い出してみて。水分が多くてベチャベチャだと、すぐ壊れたでしょ。一方、乾いた土だと固まらない。でも、ちょうどいい水加減だとしっかり固まって壊れにくい。それと一緒」。
なるほど、わかりやすい。
「甲子園のこの面積、この土の厚さの規模で、その水加減を判断しないといけないので難しい。気候、気温、雨の多い少ない…それぞれが年によって違う。また2月は気温が低くて日照時間も短いから、時間は限られている」。
まさに経験がものをいう。いや、経験なくしては成し得ないことだ。
■特に難しかった今年の天候
実際、2月にその作業に当たった施設2課の森本剛志課長も口を揃える。
「もっとも難しいのは水加減です。水加減ですべて決まるので、雨や気温と相談しながらの作業ですから、タイミングがすごく難しかったです」。
特に今年は苦労したという。1月にまとまった雨が降り、晴れの日が続かなかったことで、グラウンドの水分は飽和状態だったそうだ。
金沢次長が話したように1月、2月は気温も低く、日照時間が短い。表面は乾いても中まではなかなか乾かない。「締め固めるタイミングの見極めは、本当に難しかったですね」と森本課長は振り返る。
そんな中、「締めすぎず、締めなさすぎずという中間は見極められたかな。硬すぎたり柔らかすぎたりが水はけに影響するんです。仕上げていく上で、『今年、水はけいいな』と手応えはありました」と、思いどおりの仕上がりになったそうだ。
中止かと思われたジャイアンツ戦が開催できたのも、「森本の作業のお陰」と金沢次長は讃える。
「もし、あの日と同じ天気や状況で、(冬の作業をしていない)他の球場で試合ができるように仕上げろと言われてもできないでしょうね。森本がちゃんと作ってくれていたから、甲子園ではああやって決行できた」。
試合が無事に行えたことが、2月に正しく転圧できていたことの何よりの証しだという。
森本課長も「1、2月に色んなことを考えながら作業して、そういう成果が出て、間違ってなかったんだとホッとした」と笑顔を見せた。
計算し尽くされた日々の整備は非常に素晴らしい。そしてそれをシーズンオフの“職人ならではの作業”が支えているとは…。
グラウンド整備は本当に奥が深い。
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