「大金を掴みたい」生きづらさをコントに昇華するサスペンダーズの人生の目的
【シリーズ・令和時代を闘う芸人(7)】
個性的で注目の若手芸人を紹介するシリーズ連載。今回は古川彰悟と依藤たかゆきからなるマセキ芸能社所属のコント師「サスペンダーズ」。
サスペンダーズは、今年8月24日深夜に放送された『有田ジェネレーション』(TBS)で、「東京03飯塚激推し芸人」として出演。違う事務所であるばかりか、それまでまったく面識がなかった飯塚が、後輩から面白いと聞きYou Tubeで彼らのネタを見て推薦したという。その約1ヶ月前に放送された鈴木おさむがパーソナリティを務めるラジオ『JUMP UP MELODIES TOP20』(TOKYO FM)でもゲスト出演した飯塚は「今イチ押しの若手芸人」として彼らの名前を挙げた。「設定が全部いい」「人が面白い」などと絶賛している。飯塚だけではない。『キングオブコント』決勝常連のGAG福井も今年の『キングオブコント』を前に「超大穴」としてサスペンダーズを推したのだ。彼らが称賛するサスペンダーズとは何者なのだろうか。
■“ニン”の乗ったコント
依藤と古川は、早稲田大学のお笑いサークルで知り合った。早稲田のお笑いサークルと言えば、ひょっこりはん、にゃんこスター・アンゴラ村長、ハナコ・岡部らを輩出した「お笑い工房LUDO」が有名だが、彼らが入ったのは「早稲田寄席演芸研究会」。山田邦子、オアシズ、ギース・高佐らが出身の老舗サークルだ。
依藤: あくまで個人的な感覚ですけど「お笑い工房LUDO」という名前が僕はすごく嫌で(笑)。文字面が「寄席演芸研究会」のほうがかっこいいと思ったんです。「お笑い工房」と付いている時点で、僕の中ではちょっと違うかなという(笑)。LUDOはクリスマスにフィーリングカップルみたいなイベントをやってたりして楽しそうなんですけど、それを聞いた当時は反吐が出るような気がして。当時は、ですよ(笑)。今思うとすごく素敵なサークルだと本当に思うんですけど。僕らのサークルはすごい暗いヤツが多いイメージです。人数も少ないし。
―― 硬派な人たちが集まったという感じですか?
古川: むちゃくちゃ良く表現してくださった言葉ですね、“硬派”というのは(笑)。他のサークルは割と横の交流があるんですけど、僕らのサークルだけ結構閉鎖的で、そんなに他サークルと交流がないんですよ。同期でいうと、真空ジェシカやサツマカワRPG。それこそ真空ジェシカは他大学(川北が慶應大学「お笑い道場O-keis」、ガクが青山学院「ナショグルお笑い愛好会」)でコンビを組んでいるんですけど、うちはサークル内で固まってる感じです。サークル内の同期では学生時代に『THE MANZAI』の認定漫才師になったスパナペンチ(現在は解散し、永田敬介のみピン芸人として活動中)がいます。
―― サークルでコンビを組んだんですか?
依藤: いや、当時の僕は別のコンビを組んでいて、古川はずっとピンでやっていました。卒業してプロになりたいという人を探して古川を誘ったんですが、1回断られてしょうがないかと思って、公務員試験を受けようかなと1年くらいブラブラしてたんです。
古川: 僕は自分の世界観を表現したいみたいなのがあって、それを依藤と一緒に築くビジョンがその時は見えなかったので断ったんです。
依藤: 古川がピンでマセキのオーディションを受けたんですけど、ものすごいスベったらしくて。それで組んでくれないかって言ってきたんで、じゃあ組もうと。
古川: 依藤の組んでいた「ダージリン」は「笑樂祭」というワタナベコメディスクールが主催している学生お笑いの大会で2年生次に優勝したんです(その時の準優勝がサツマカワRPG)。その漫才がすごくサークル内でウケてたし、人気も高かったんで、僕と組んでもし漫才をやって比較されたら嫌だから、漫才を避けてコントを選んだような気がします。
依藤: 僕は感覚より合理的に考えてというほうが得意だと思うんです。漫才だと構成と関係なく入っているボケが面白くても成立したりするんですが、コントは構成が割と大事だから、そういう脳みそを使って作りやすいのかなと今のところは思っています。
東京03・飯塚やGAG・福井ら当代随一のコント師たちに絶賛されるサスペンダーズのコントはどのように作られているのだろうか。
依藤: ネタ作りは完全に2人で集まってゼロからスタートする感じです。お互いにこういうのはどうかなと出し合って、そこから展開させてボケを考えていくという作り方です。
古川: 設定案みたいなものをお互いに箇条書きで持ち寄って、その中から良さそうなものを選んでいく形ですね。
―― 飯塚さんも「設定が全部いい」とおっしゃっていましたが設定に対するこだわりは?
依藤: 既視感がある設定は避けようというのは2人の共通認識だと思います。最初がベタな設定からズラしていくみたいなのはそんなにやってない。
古川: 確かにそうですね。あんまり意識はしてないですけど、そういう案はあんまりあがってこない。設定の段階で割とパンチがあるもののほうが理想的です。最近のネタだと、結構、僕の演技面が笑いを生み出す上で重要になってきているので、依藤から厳しい演技指導みたいなのは受けています。
依藤: そうですね。感情になりきって動いてみろってよく言ってます。
―― 古川さんが「戸惑う」というような場面が多いですもんね?
古川: そうです。その戸惑い方も結構細かく指導されます。
―― パワーバランス的には依藤さんのほうが強い感じですか?
依藤: あんまりそういうのはしたくはないんです。完全にこっちの人が上みたいなコンビは見ていて怖くなっちゃうから嫌なんで、お笑いのことはともかく、私生活のことはなるべく言わないようにしてるんですけど……。でも本当に、襟とかがぐちゃぐちゃで来たりとか、目やにがついてきたりとか、そういうのは言いたくなくても言うしかないから注意してます。
古川: 生活面での指導もかなり受けますね。
依藤: ハンガーを買えってもう何ヶ月も言ってるんですけど、ハンガー使わないんです(苦笑)。別にこいつの私服がどうなってもいいんですけど、衣装がぐちゃぐちゃの状態で持ってこられるのが嫌なんですよね。
古川: 僕はだらしなくてずぼら。依藤はしっかりしていて合理的な考え方。金銭的にも倹約家で使うときには使って、締めるときには締める。だから「GO TO イート」とかも絶対に利用したほうがいいって言われるんです。
依藤: 結局使わなかったよね(笑)。「お金がない」という言い訳をされてお笑いに食い込んでくるのが嫌なんです。ネタの練習時間でも衣装でも。コスプレみたいな衣装だと、それが面白くなるようなバカバカしいネタが出来てるわけじゃないから、学ランならちゃんとした学ランを使いたいんです。
古川: 普段のキャラクターとか、その人間の考えに近いものをネタでやるようには心がけています。コントの人って、ネタと普段話すことは違うことが多かったりすると思うんですけど、なるべくそうならないようにしようと思ってます。そういう点では、漫才師の方に近い考え方かもしれないです。
依藤: たぶん、もっと演技力があればまた違うと思うんですけど、お互いのキャラクターを崩さず、普段の面白さをコントにしようという風にしてから割とウケ始めた感じはします。だから本当に古川に普段起きたことをコントにしたりしています。
古川: 漫才師の人たちでいうところの“ニン”が乗っかってるネタのほうが僕たちも好きですし、面白いと感じるので、そういうのは意識してます。
■人生が暗くなった分、お笑いが明るく見えた
コントに“ニン”を乗せているというサスペンダーズ。では、彼らはどのような学生時代を送ってきたのだろうか。
依藤: 僕は普通に元気な学生でしたね。中心グループのちょっと下の方。野球をやったりテニスをやったり、楽しい学生生活でした。お笑いはすごくライトなファンで、ライブシーンはひとつも知らなかった。中断する前の『M-1』には一番食らっている感じがします。あとは『エンタの神様』とか『笑いの金メダル』とか、ゴールデンでやっていたお笑い番組を見ていた感じです。それで高校3年の夏くらいから好きな将棋を指しながら松本人志さんの『放送室』というラジオを聴いてハマっていきました。
古川: 僕は中学の途中くらいから、イジりがエスカレートしたイジメみたいなのを受けて。それは中学の間に回復はしたんですけど、元々活発ではなかったので、どんどん暗い生活を歩み始めました。
依藤: 高校デビューでミスってるもんね?
古川: そうなんです。僕は当時お笑いよりも映画とかが結構好きで。『青い春』という映画があるんですが、松田龍平さん演じる主人公が寡黙でクールな番長みたいなキャラだったんです。その松田龍平さんにすごい憧れて、そういうキャラになろうと思ったんですけど、周りからはただただ暗いヤツに映って(笑)。カリスマ性も何もなかったんで。
クラスに友達がいなくてどんどん生活が暗くなってきたときにちょうど『M-1』を見て、こんなに素晴らしいものがあるんだと思って。自分の人生が暗くなった分、お笑いが明るく見えてそこにすがるような感じになってきました。その頃は、本も好きだったんで、(ビート)たけしさんの『浅草キッド』とか『漫才病棟』とか、自伝的なものを読んでその生き様に憧れたり、千原ジュニアさんが、引きこもりから芸人として花開くみたいな感じだったので、暗さを笑いに昇華している人に対する憧れが強かったですね。
サスペンダーズのコントは、そんな古川の生きづらさが全面に出ているものが多く、共感を呼びつつ大きな笑いを生んでいる。
古川: 僕の父親は一人で飲食店に入ることができない性格らしくて、僕は入れるんですけど、その気持はよくわかる。そのくらい自意識過剰みたいなところがあるんです。依藤は割とそっちじゃないので、依藤がいかに僕をそういう気持ちにさせるか、と。
依藤: コントでは、なるべくボケっぽくならずにそうさせたいんですよね。僕は普通に何かをしているだけなのに、古川のほうが勝手におかしくなってほしい。
古川: この感じのネタになったのが去年からで、徐々に自分たちでも掴み始めてきたかなというのはあります。それでマセキがネタ動画をYou Tubeにアップしてくれているのがすごく良かったなと思います。僕らの名前を挙げて「面白い」と言ってくださった飯塚さんやGAG福井さんとかも、そこから僕らのネタを見てくださったみたいなので。
依藤: めちゃくちゃ嬉しかったですね。
古川: 今まで全然そんなことが一切なく、そういう人たちを指をくわえて眺めているような感じだったので、自分たちが取りあえずこの方向性を高めていけばその先にテレビとかに出られる未来があるんだという希望になりました。
■お茶の間の人気者になりたい
本格派コント師の系譜に連なるサスペンダーズ。昨今は東京03を筆頭にコントにこだわり、全国ツアーなど大規模なコントライブを行っているコント師も少なくない。だが、話を聞いてみるとサスペンダーズは意外にもメディア志向のほうが強いという。
依藤: 「コントで全国ツアーをやりたい」とかいうよりも、「テレビで売れたい」というほうが全然強いです。別にそれをやりたくないというわけじゃないですけど。
古川: そうですね。だから、“コント愛”というよりは、お笑い全体が好きなんです。僕らがデビューした頃は、まだ冠番組を持って、とか夢を抱ける時代だったので、今もその夢はあります。僕個人としては、「大金を稼ぎたい」という気持ちが相当強いです。よくバイトを辞められればいいとか、月収20万くらいをずっと続けられればいいっていう芸人さんもいますけど、その考えは全然良いと思うんですが、僕はお金を掴みたい。
依藤 僕もそうですね。やりたくないことは絶対にしないみたいな空気の人たちを僕はちょっと怖いです。こういう仕事はやりたくないみたいな感覚はあんまりないです。
古川: 広く認知されるお茶の間の人気者みたいな感じになりたいです。
―― テレビで活躍するためには平場のトークも大事だと思いますが何か対策はされていますか?
依藤: 最近、You Tubeを始めて、2時間2人でしゃべるというのを1週間に1回やっているんですけど、それは平場を良くしたいという意識があります。
古川: 事務所の先輩のきしたかのさんと話をさせてもらうことが多いんですが、岸さんが先程話したコントのネタのキャラと平場の統一性みたいなことをおっしゃっていて、そういう風に考えるようになりました。
依藤: You Tubeもきしたかのさんから話を聞いて見習って始めました。きしたかのさんにはかなり影響を受けてます。
古川: きしたかのさんや先輩のカナメストーンさんのような昔から友達で息がぴったりの同級生コンビに憧れます。それこそダウンタウンさんやさまぁ~ずさんもそうですけど。僕らが大学からというギリギリ同級生コンビだからこそ憧れる部分があるかもしれないです。
依藤: 確かにそうかな。ラジオでキャッキャやってるみたいなのにはやっぱり憧れますね。
ともに現在30歳。年齢的には「第7世代」とも言えるが、彼らにとってのライバルは誰なのだろうか。
古川: 僕はでも、カッコよくなっちゃうかも知れないですけど、自分自身。
依藤: いや、いいわ! そんなの聞いてるわけじゃないんだから。
古川: でも、ちょっと前まで近い世代の活躍全部が妬ましく思えてしまって、性格的に素直に祝福できなかったんです。たとえば、マセキの後輩のパーパーが(『キングオブコント』の)決勝に行ったりしたときは、ジェラシーでいっぱいになってしまって、それは良くないなと思って、あんまり他の人に目を向けるのをやめたんです。そういう意味で自分自身。
依藤: 古川が一時期、第7世代のいろんなコンビのいいところをキメラのように詰め合わせた最高のキャラができあがったって言ってた時期があってすごい嫌でした(笑)。
古川: 第7世代を意識しすぎて、ちょっとおかしくなってたんです。やっぱり僕らは第7世代でもちょっと上の方の年代なので、彼らが活躍している姿には置いていかれている気分になっていました。今では逆にもう「打倒・第7世代」みたいな気持ちはもうなくて自分たちのペースで、という気持ちになってます。自分の中では、妬ましいとかいう気持ちを取り除くのが人生の目的のひとつなんです。
■サスペンダーズ
2013年結成。早稲田大学「早稲田寄席演芸研究会」出身。マセキ芸能社所属。
https://www.maseki.co.jp/talent/suspenders
古川彰悟(@spfurukawa):1990年4月26日生まれ。神奈川県出身。
依藤たかゆき(@itotakayuki711):1990年6月7日生まれ。東京都出身。
(取材・文)てれびのスキマ (編集・撮影)大森あキ
(取材日)2020年11月中旬
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