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トランプ大統領をノーベル平和賞に推薦したノルウェー人政治家とは?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
その議員はノルウェーでは有名である 撮影:あぶみあさき

ドナルド・トランプ米大統領がまたノーベル平和賞候補として推薦された。

推薦したのはまたもやノルウェーの国会議員Christian Tybring-Gjedde(クリスティアン・ティブリング・イェッデ)氏。

私の過去記事でも何回か登場している。例えば「ノルウェーで「反移民・イスラム教徒」新党結成の動き」。この取材をしている時(2016年)には立ち話で「移民に厳しいね」というようなことを私が突っ込んでいて、「この国ではその立場にいるだけで責められる」というようなことを彼が話していた。

同氏が所属するのは進歩党。日本のメディアでは「右派」と紹介されているが、ノルウェー現地ではノルウェー国会の中で最も右に位置する政党なので、「北欧各国で支持率を伸ばしている極右(右翼ポピュリスト)のノルウェー版」といえば、進歩党となる。

進歩党は減税を唱え、環境・気候対策にはあまり強い関心はなく(気候危機の懐疑論者・否定論者もいる)、移民や難民の受け入れに最も厳しい政党だ。

進歩党は現在「閣外協力」という立場。アーナ・ソールバルグ首相(保守党)率いる現政権を担う4政党のひとつだ。

進歩党と他の2政党との合意と協力がなければ、ソールバルグ首相は政権を維持することは不可能。つまり進歩党に依存する立場でもある。

進歩党は与党であったこともあるが、協力しなければいけない他の2政党と難民受け入れや環境対策で衝突することも多い。与党だと妥協しなければいけないことが増えるので、今は閣外協力という立場でソールバルグ政権に進歩党の政策をじわじわと浸透させている。

さて、進歩党といっても党内にはさまざまな政治家がいる。このChristian Tybring-Gjedde氏は他国では無名だが、ノルウェーでは最低限のニュースを見ている人なら知っている有名な顔だ。

政治的に正しい「ポリティカル・コレクトネス」なんて気にしない人物で、ノルウェーに移民や難民が増えることを危惧している。ノルウェーに住む外国人などの立場の人が、この人の発言を(社会制度の批判ではなく個人攻撃として)パーソナルにいちいち受け止めていたらイライラするだろう。

例えば同氏に関連する、とある出来事がこちら

時には過激な言動をして(特に自身のFacebookで)一部の人の感情をあおる。

批判されたり、進歩党的にとっては偏ったニュースが流れても、それをうまく利用して、世論をあおる。彼を嫌っている人もいるだろうが、反対に同じような思想を持つ市民からはこっそりと支持されている(進歩党支持者だと大きく口にしない人もいる)。

Gjedde氏は、進歩党が政権入りして以降、妥協の結果、党の移民政策などが寛容的になりすぎていると批判してきた人でもある(このような意見は進歩党にとっても大事)。

これは現地の政治ジャーナリストたちの間でよくある見解だが、首相が彼と進歩党のご機嫌をとろうという思惑もあってか、一時は妻のイングヴィル・ティブリング・イェッデ氏が防衛省で大臣を務めていたこともある(内部対立を解消するために、各党の重要人物の家族を政府側に取り込んで、批判をさせにくくするのはよくある戦略)。

ちなみに今までも進歩党の政治家は何人か記事で紹介してきたが、将来の党首候補であるリストハウグ氏や、党の有名おじいちゃんであるハーゲン氏と同様に、人々の感情をあおり、計算された炎上をするという意味でGjedde氏は似ている。

ハーゲン氏はかつてはノーベル委員会のメンバーにもなろうとした。

この3人に比べれば、かつては財務大臣も務めていたシーヴ・イェンセン現党首は控えめにさえ見える。「政権に影響力を与えるために時には妥協する進歩党」と、「妥協しない進歩党」の間に立って中和剤の役割を担っている。

ノルウェーの政党はそれぞれ特徴があるが、誰かを怒らせる・傷つけることを分かっていて、過激な発言をする政治家が最も多いのが進歩党だと思う。「市民を分断させている」という意味でも批判されやすい。

トランプ大統領を支持する政治家がいる印象が強いのも進歩党だ。

他の政党でトランプ大統領を公に支持する政治家を私はほとんど聞いたことがない。反対に進歩党の政治家たちにはトランプ大統領のスローガンが書かれた赤色の帽子を着用した写真を公開する人もいる。

だから、ノルウェーである程度政治のニュースを追っている人からすると、同議員の推薦ニュースは、「あぁ、またこの人」、「トランプ大統領を好きそうだもんね」という印象ではなかろうか。

ちなみに国会議員が平和賞候補をノミネートするのはよくあることである。普通過ぎる毎年の流れだ。

ノーベル委員会のメンバーはノルウェー国会が指名しているが、メンバーのひとりであるAske Toje氏は進歩党が推薦した。Toje氏も同党の党員だった時期があり、これまでにも「進歩党らしいなぁ~」という発言を連発している。

ノルウェーの左派社会党の国会議員ら、スウェーデンの左翼党の国会議員らは環境活動家グレタ・トゥンベリ氏をノミネート、ノルウェーのグーリ・メルビ教育・統合大臣(自由党)は民主主義のために闘う香港市民を、ノルウェーの保守党の国会議員らは北大西洋条約機構(NATO)をノミネートしている。

今回のトランプ大統領にまつわる推薦ニュースは、他国と比べて現地ではさほど大きく報道されてはいない。

Christian Tybring-Gjedde議員の娘であるMathilde Tybring-Gjedde氏は、進歩党ではなく保守党の国会議員であり、今回の父の推薦理由には「同意できない」、「良い候補者ではない」、「トランプ大統領のノミネートを支持するという人はノルウェー政界全体では少ないと思う」と現地メディアDagsavisenにコメントしている。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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