日米交渉を「ウィン、ウィン」などと甘っちょろい言葉で済ませて良い問題か
フーテン老人世直し録(479)
極月某日
今国会最大の与野党対決になるはずだった日米貿易協定の承認案が4日の参議院本会議で可決された。協定は1月1日から発効する見通しである。
与野党の議席数から可決されることは分かっていたが、この協定を安倍総理の言う「ウィン、ウィン」で済ませて良いのだろうか。かつて日米貿易交渉を見てきた立場から言えばあまりにもあっさり成立した。日米間に横たわる問題の所在が国民に伝わったとは思えない。
野党は「桜を見る会」の追及に力を入れるのも良いが、日米の問題を国民に伝える努力をもっとする必要があった。公職選挙法違反の疑いをかけられ辞任した2人の大臣の説明責任も含め、多角重層的に政府を追及する戦略を採るべきだったと思う。それがメディア受けを狙うあまり1点集中化し過ぎた。
これまでの貿易交渉で日米が激しく争ったのは主に農産物と自動車の分野である。今回の交渉でもこの2つが主要議題だった。農産物は農業大国の米国が日本の障壁をこじ開けて輸入を増大させようとし、自動車では米国が日本製自動車の輸出を抑えようとあの手この手を繰り出す。
自動車摩擦が最も激しかったのはレーガン政権が誕生した1981年である。自動車の都デトロイトに「反日の火の手が上がった」と言われ、日本製自動車をハンマーで叩き潰すデトロイト市民がニュース映像に流れた。日本人がデトロイトに行くと石をぶつけられると真顔で言う米国人もいた。
しかし石をぶつけられるところを撮影しようとフーテンがデトロイトに行くと、日本製自動車がすいすい走っている。どこにも「反日の火の手」などなかった。ハンマーで日本製自動車を潰した男は地元のメディアから批判され、フーテンの取材にも逃げ回った。失業した自動車労働者は日本製自動車の性能を称賛し、米国が自動車王国に胡坐をかいた結果だと冷静だった。
「反日の火の手」が上がっていたのはワシントンの政界である。デトロイトを選挙区にする議員が「日本からの米軍撤退」を叫ぶなど、日本をバッシングすれば票になると考える議員が大勢いた。
一方で自由貿易主義を掲げるレーガン政権が日本の自動車輸出を規制することに反対の声もあった。しかし最後は日本が自動車輸出を自主規制することで決着した。輸出が減っても日本製に需要があれば車は売れる。しかも需要があるのに数量が減れば値段は上がる。
結局、日本の自動車メーカーが損をすることはなく、損させられたのは米国の消費者だった。フーテンは自由貿易主義のレーガン政権が日本の輸出自主規制を受け入れるために作られたのが「反日の火の手のストーリー」だと思った。それを日本政府が提案したのなら日本の外交技術も捨てたものではない。
オバマ政権の時にはもっとひどい話があった。2009年からトヨタ自動車の不具合のため急発進で事故が起こると全米で訴訟が相次いだ。米運輸省が調査を主導し、トヨタは大規模なリコールに追い込まれる。さらに豊田社長が米議会の公聴会に召喚され、涙ながらに謝罪することになる。
トヨタ・バッシングが盛り上がるとGM(ゼネラル・モータース)は乗り換えキャンペーンを行って売り上げを伸ばし、中国市場でもGMが優位に立った。そしてバッシングは2010年の中間選挙が終わると収束した。
選挙が終わると米運輸省が「トヨタ車の不具合ではなく、運転者のミスで事故は起きた」という調査結果を公表する。それを受けてワシントン・ポスト紙は「政治的に引き起こされたヒステリー」と報道したが、なぜか日本のメディアはほとんど報道しなかった。
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