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石破政権と野党は少数与党の誕生を国会改革に利用すべきである

田中良紹ジャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 私が政治記者として取材したかつての「55年体制」は、国民には「与野党が激突している」と見せていたが、実は民主主義とは名ばかりの野党のいない政治体制だった。

 社会党や共産党は自民党から政権を奪って国家経営を行うより、自民党政権のスキャンダルを国会で激しく追及し、その裏側で社会党は自民党と秘密の交渉を行い、すべての法案を種分けして、国会審議とは別のところで法案の帰趨が決まっていた。

 その根底にあるのは、戦後日本の復興を担った吉田茂の「軍事でアメリカに負けたが外交で勝つ」という考えである。アメリカの占領支配から脱するため、吉田はアメリカの要求にことごとく従い、国際法上自衛権が認められているのに9条2項を受け入れて軍隊を持たず、また独立と引き換えに日本に米軍を駐留させる日米安保条約を独断で締結した。

 そして吉田は冷戦構造を利用し、国民には9条2項を信じ込ませ、野党には護憲運動を主導させ、アメリカが日本に軍事要求を強めれば、政権交代が起きて親ソ政権が誕生するとアメリカに思わせた。しかし3分の1の議席があれば憲法改正は阻止できる。だから野党は選挙で過半数の議席を狙わない。アメリカはそれに騙された。

 朝鮮戦争が勃発すると、アメリカは日本に再軍備を要求するが、吉田は9条を盾にこれを拒み、代わりに軍需産業を復活させて武器弾薬を米軍に提供し、巨額の戦争特需にありついた。万年与党と官僚と財界とが一体となり、吉田の「軽武装・経済重視路線」は日本に高度経済成長をもたらした。

 そこで話が終わればハッピーエンドだが、そうはならない。軍隊を持たず領土を米軍に提供した日本は米軍の従属下に置かれ、独立した国家になれない。1985年に日本が世界一の金貸し国に上り詰め、同年にアメリカが世界一の借金国に転落すると、アメリカは従属国日本に逆襲を始めた。

 日本は軍事に金をかけず、輸出で金を稼ぐ貿易立国路線と、銀行が経済の中枢となる間接金融体制で経済的成功を収めたが、アメリカは日本の貿易立国路線を潰し、また日銀に低金利を強制してバブル経済に導き、不良債権を抱えた銀行を没落させ、株式市場が主体の直接金融体制に転換させた。

 さらに91年にソ連が崩壊すると、吉田路線は全く効力を失う。ブッシュ(父)政権は「DPG(国防計画指針)」を作成し、ロシアと中国だけでなくドイツと日本を「仮想敵国」に指定し、クリントン政権は日本に「年次改革要望書」を突きつけて日本型資本主義を根本から変えようとした。

 従来の政治構造ではこれに対抗することができない。政治改革が急務となり、日本に政権交代可能な政治構造が求められた。国民にはリクルート事件や金丸事件など「政治とカネ」の問題を解消するためと思わせたが、真相は戦後の成功体験が有効でなくなったからだ。

 それによって93年に細川政権、09年に鳩山政権が誕生して一応政権交代は実現したが、いずれも先細りに終わり、政治改革が成功したとは言えない。つまり政治改革はいまだに道半ばなのである。

 その根本原因は、日本の国会が政権交代を繰り返す他国とは異なる構造に縛られているためだ。その代表例が与党の「事前審査制」である。そして注目すべきは石破政権が少数与党となったことで「事前審査制」が崩れ始めたことである。

 「事前審査制」とは、自民党が誕生したまさに1955年にスタートした仕組みである。日本では主に政府が法案を作成するが、それを国会に提出する前に自民党の部会と政務調査会で審査して修正し、最高議決機関である総務会で了承されれば、自民党議員に党議拘束がかけられる。

 多数党である自民党に党議拘束がかけられれば法案は必ず国会で成立する。与野党が審議などしなくとも法案は成立するのである。つまり法案に自分の意見を反映させることができるのは与党議員だけで、野党議員は全く関与できないのが「事前審査制」だ。

 自民党ではキャリアに関係なく若手の議員も部会で自由に発言の機会が与えられる。法案を作成した官僚との議論を通じ自民党議員は政治家としての能力を磨く。その一方で野党議員にはその機会が与えられない。

 自民党の部会は非公開である。公開しないのは議員がどんな意見でも言えるようにするためだと言われる。法案を作成した官僚が最も重視するのは「事前審査」で、それを通過させれば仕事は終わったに等しい。その後の国会審議は山場を越えた後のただのセレモニーに過ぎない。

 そのため野党議員が国会審議に力を入れる意味がない。そのため野党議員は法案を実力で阻止するか、あるいは法案とは関係ないスキャンダル追及に力を入れて、国民の注目を浴びないと自分たちの存在をアピールすることができない。

 「55年体制」で野党が「審議拒否」を行い、国会を空転させた背景にはこの「事前審査制」がある。しかし他国の議会で与党の「事前審査制」があるという話を聞いたことがない。与党も野党も同等の立場で法案審議に臨むのが各国の議会である。「事前審査制」は日本特有のやり方だった。

 ところが石破政権が少数与党になったことで法案は野党の協力がなければ1本も成立させられないことになった。石破政権はこの臨時国会で補正予算を成立させるために、「103万円の壁の撤廃」を主張して選挙で躍進した国民民主党を入れて、国会提出前に調整を図らなければならなくなった。これは革命的変化である。

 「55年体制」は国民に野党ではない政党を野党と思わせ、民主主義とは言えない仕組みを民主主義と思わせた。その後、日本は2度の政権交代を経験したが「事前審査制」が崩れることはなかった。国民の関心が日本特有の国会の仕組みに向かうこともなかった。それが今、ようやく政治改革の本丸とも言える「国会改革」に国民の目を向けさせる機会が訪れたのだ。

 日本の国会には「事前審査」以外にも特有のルールがある。それが会期制だ。日本国憲法は通常国会を150日間と定めている。それ以外に臨時国会と特別国会の規定があるが、それらはいずれも政府が期間を決める。

 通常国会は国会法で延長が1回、臨時国会と特別国会は延長が2回できる。また4分の1以上の議員の要求があれば、憲法は臨時国会の召集を決定しなければならないとしている。ただし召集の義務はない。

 他国には日本のような短い会期制はない。アメリカでは下院議員が選挙で選ばれてから次の選挙までの2年間が一つの会期である。議会はその間はいつでも開くことができ、法案は2年がかりで成立させることができる。アメリカ以外でドイツは4年間、イギリスでは1年間が1つの会期となる。

 その結果、日本の会期が150日間と短く、会期が終われば成立していない法案がすべて廃案となるため、野党は法案を廃案に追い込む日程闘争に力を入れる。野党が法案審議に力を入れるより、実力で阻止する構えを見せ、国会を空転させるのはそのためだ。それに対抗するため与党は「強行採決」で法案を成立させる。これも会期制があるためだ。

 国会には傍聴制度があり、またNHKは予算委員会を中心に国会をテレビ中継し、国会の公開は健全な民主主義を育成すると言われるが、日本特有の与党の事前審査制や他国に比べて短い会期制は、実りある国会審議をさせない方向に働いてきた。

 私は「55年体制」の国会を見て、野党の「審議拒否」と与党の「強行採決」が繰り返される国会を何とかしなければと思った。パフォーマンスの舞台になってきた国会を政策の議論がかみ合う場にしなければならないと考えた。

 そしてたどり着いたのがアメリカのケーブルテレビに誕生した民間経営の議会中継専門テレビ局を日本にも作ることだった。アメリカの議会中継専門テレビC―SPANはベトナム戦争の反省から生まれた。国防総省やCIAの嘘情報に騙されて戦争を承認した議会は政治に透明性を導入することを最大の政治改革と考えた。

 C―SPANの誕生から10年後にベルリンの壁が崩れて冷戦体制に終止符が打たれた。その年にイギリス議会はC―SPANの真似をしたパーラメンタリー・チャンネルを誕生させた。私はその年に日本も真似をすべきだと自民党の政治改革推進本部に提案した。

 しかし国会の仕組みを調べるうちに、日本特有の「事前審査制」や「会期制」がまともな議論を阻んでいることを知り、国会改革をやらない限り日本政治が他国と同じレベルには到達しないと考えるようになった。だがその話をしても、長い習慣の積み重ねがあるためか、なかなか理解してはもらえなかった。

 それが少数与党政権の誕生で「事前審査制」が崩れたのである。メディアは少数与党を非力な政権と見てそのマイナス面ばかりを強調するが、日本の政治は他国と同じように与党と野党が同等の立場で議論し合い、その結果、互いに妥協点を見つけて譲歩するという、まともな国会に変われるチャンスを迎えたのだ。

 石破総理は自民党の若手議員の時代に政治改革に熱心な議員の一人だった。従って国会改革の必要性は十分に認識しているはずだ。問題は野党とメディアである。視聴率や販売部数を伸ばすため「与野党激突」を好むメディアと、大衆迎合に陥りやすい野党議員が「55年体制」の思考から抜け出せないと、せっかくのチャンスは潰れてしまう。

 そしてもう一つ私が提案したいのは国会がシンクタンク機能を持つことだ。日本の国会は戦後日本を占領統治したGHQによってアメリカ議会と同じように作り変えられた。アメリカ議会は議会図書館に議会調査局というシンクタンクを持ち、800人の研究者が世界を駆けまわって情報を集め、それを与野党議員に提供している。

 それと同じ機能を持つのが日本では国会図書館にある調査立法調査局だ。しかしこちらは150人規模で圧倒的に小さく、シンクタンクと呼べる段階にない。そのため議員たちが頼るのは霞が関の情報に限られる。これでは立法府が行政府に操られることになる。

 「事前審査制」を突破口にして国会改革を政治改革の重要課題に格上げし、与野党が激突すればまともな政治が行われているという勘違いを脱し、少しは日本の国会も実のある議論をして欲しいと私は思っている。

 世界は今や大変化の時代を迎えている。アメリカでトランプが圧勝した背景、欧州で極右政党が躍進する背景には、アメリカ独立宣言とフランス人民宣言が世界に影響を与えた「啓蒙主義」に対する疑念の芽生えだと私は見ている。

 その時代に対応するには何よりも多彩な情報を駆使した議論を国会で展開することが望ましい。少数与党の誕生で我々はその入り口に立ったと考えるべきである。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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