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臨時国会の論戦にこれまでにない政治の姿を期待したい訳

田中良紹ジャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

フーテン老人世直し録(781)

霜月某日

 少数与党の誕生で安倍一強時代とは真逆の国会論戦が始まろうとしている。それを象徴するのが衆議院の17ある常任委員会のうち7つ、7つある特別委員会のうち4つの委員長を野党議員が務めることである。

 国会の委員会審議は委員長が開会を宣言しない限り開かれず、また閉会を宣言しない限り議論が終わることはない。つまりこれからは野党が国会審議に大きな責任を有することになる。

 自民党が38年間も単独政権を続けた「55年体制」では、野党は審議を実力で阻止するなど常に抵抗勢力としてふるまった。そのイメージが焼き付いている国民は、国会は与野党が衝突する場と思い込んでいるかもしれない。しかしこれからの与野党はそれとは異なる姿を見せなければならないのだ。

 中でも注目すべきは立憲民主党の安住淳議員が衆議院予算委員長になったことである。この臨時国会の第一の課題は補正予算を成立させることだから、安住委員長は補正予算を成立させるために手腕を発揮しなければならない。

 また臨時国会のもう一つのテーマは「政治とカネ」を巡る政治改革の議論である。それを担当する政治改革特別委員会の委員長も立憲民主党の渡辺周議員だ。つまり臨時国会の二大テーマはいずれも立憲民主党の委員長の手腕が問われる。

 フーテンが現役の政治記者だった時代は「55年体制」で、社会党や共産党はことあるごとに予算委員会の審議を止めて審議拒否に突入した。するとメディアは「与野党激突」と報道し、国会は何日間も空転する。その背後で何が行われているかは誰も知らない。それが常態化していた。

 フーテンも最初は訳も分からず「与野党激突」を信じていた。しかしある時、田中角栄元総理から「日本に野党はない」と教えられた。社会党や共産党は政権交代を目指しておらず、国家経営をやる気がないというのだ。調べてみると社会党は選挙に過半数を超える候補者を擁立していないことが分かった。自ら政権を奪わないようにしていたのである。

 そして「与野党激突」の内実をフーテンに教えてくれたのは竹下登氏だった。ある日竹下氏から「金丸の家に行ってカレンダーを1枚めくってみろ」と言われた。「来月のカレンダーに丸印がついている日がある。その日は野党が審議拒否に入る日だ」と教えられた。

 金丸とは国対政治のドンと言われた金丸信氏である。本当にカレンダーをめくってみると丸印のついた日があり、その日に野党は予算委員会で審議拒否に入った。つまり審議拒否は与野党合意の上で1か月も前から決められていたのである。

 そこで何が行われているのかを竹下氏が解説してくれた。与党と野党から1人だけが出て秘密の交渉が行われる。そこで100本ほどの法案の何を成立させるか、何を継続にするか、何を廃案にするのかが決まる。

 その過程で野党は賃上げやスト処分問題などを持ち出して取引になる。それが全部まとまれば野党は国会審議に復帰する。その秘密の交渉は誰も知らない。書き物も残さない。2人だけが腹に収めるというのだ。そして竹下氏は「ディス・イズ・ポリティックス」と言った。

 メディアに「与野党激突」と報道させる裏側で与野党は馴れ合いをやっていた。しかも法案の成立は国会審議とは別のところで決まっていた。フーテンは衝撃を受けた。受けたがそれがなぜかを教えられ、その秘密を暴露することもできなかった。

 戦後復興を担った吉田茂は「日本はアメリカに軍事で負けたが外交で勝つ」が口癖だった。日本はアメリカの占領統治から独立するため、アメリカの要求を受け入れざるを得なかった。マッカーサーが作成した憲法草案に従い、国際法上は自衛権があるにもかかわらず、日本は9条2項を受け入れて軍隊を持たないようにした。

 しかし朝鮮戦争が始まりアメリカから再軍備を要求されると、吉田はそれを拒否し、軍需産業を復活して米軍に武器弾薬を提供し、巨額の戦争特需を得た。次に日本が独立した後も日本を米軍基地にしておきたいアメリカの意向を汲み、吉田は独断で日米安保条約を結び、その責任を自分一人で負うことにした。

 そこからが「狡猾な外交術」になる。国民に9条2項を信じ込ませ、一方で野党に護憲運動をやらせ、アメリカが日本に軍事的要求を強めれば、9条を信じる国民はソ連に近い野党に政権を与えるとアメリカに思わせたのだ。

 しかし護憲運動に専念する野党は、憲法改正を阻止する3分の1の議席を狙うだけで政権交代を狙わない。それにアメリカも国民も気が付かない。こうして万年与党の自民党と官僚と財界が一体となり、日本は「軽武装、経済重視路線」を推進することができた。

 与野党馴れ合いを国民に気付かれぬよう、NHKに予算委員会を中継させ、予算委員会では野党が全大臣を拘束して朝から夕方まで政府を攻撃する様子を国民に見せつける。しかし裏側ではどの法案が成立するかはあらかじめ決められている。国民はいわば茶番劇を見せられてきたわけだ。

 フーテンが竹下氏から衝撃的な日本政治の裏側を教えられたころ、日本は世界一格差の少ない経済大国に上り詰めた。そしてアメリカは世界一の借金国へと転落した。官僚たちは明治以来の「欧米に追い付き追い越せ」が達成されたと喜び、吉田茂の「外交で勝つ」が実現したかのように思えた。

 それは国民を騙しアメリカを騙した「狡猾な外交術」の成果である。メディアはその実態を報道することをしなかったし、フーテンも大勢に従った一人である。戦後日本の経済的成功はこのカラクリのおかげである。しかし日本経済の転落はあっという間にやってきた。

 世界一の借金国になったアメリカは、1985年にプラザ合意で為替レートを円高に誘導し、86年には日米半導体協定で世界シェアの大半を占めていた日本の半導体産業を潰し、87年にルーブル合意で日銀に低金利を強制した。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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