トルコは欧米からさらに離れるか――‘ロシア通のキングメーカー’の登場
- 5月14日のトルコ大統領選挙で第3位だったオアン候補は28日の決選投票で現職エルドアンを支持すると表明した。
- オアンは欧米メディアで「極右」と呼ばれるが、その一方ではトルコ屈指の「ロシア通」でもある。
- そのため、オアンの支持でエルドアン政権が続投する場合、トルコはこれまで以上に少数民族などに厳格な対応をとるとともに、よりロシア寄りの外交に向かう公算が高い。
5月28日のトルコ大統領選挙決選投票の行方を左右する「キングメーカー」がエルドアンを選んだことで、今後トルコが今以上にロシア寄りになる可能性が高まった。
キングメーカーの決断
トルコでは5月14日に大統領選挙第一回投票が行われたが、ここで3位になったオアン候補が5月22日、決選投票で現職エルドアン大統領を支持すると表明した。
この表明は5月28日に予定されている決選投票に重大な意味をもつ。
14日の大統領選挙第一回投票では、現職エルドアンが49.52%を獲得して1位通過し、野党連合のクルチダルオル候補は44.88%、そしてオアンは5.17%の票を、それぞれ得た。
トルコ憲法によると、第一回投票で過半数を獲得する候補がいなかった場合、上位2名による決選投票になる。そのため、3位になったオアンとその支持者の動向が決選投票の趨勢を決するとみられていた。
いわば「キングメーカー」になったオアンは結局エルドアンについたわけだが、その先行きには不透明さも残る。第一回投票でオアンは極小の5政党の連合体(後述)の統一候補として立候補していたが、そのなかには今回のオアンの決定を支持しない政党もあるからだ。
とはいえ、オアンの協力は内外で大きく報じられており、「エルドアン有利」のイメージが強まれば、「勝ち馬」につこうとする有権者の心理、いわゆるバンドワゴン効果も大きくなるとみられる。
オアンとは何者か
今回の決選投票はトルコの内政だけでなく、ウクライナ戦争をはじめ国際情勢にも影響を及ぼすと想定される。
エルドアンはこれまで欧米と中ロの間で独自の立場を確立してきた。これに対して、第一回投票で第2位のクルチダルオルは親欧米路線を全面に掲げている。
仮に決選投票でエルドアンが勝てば、その政権運営は基本的にこれまでの路線を維持しながらも、「キングメーカー」オアンの考え方を反映したものになるだろう。
では、オアンの思想性はどんなものか。これを知るため、まずオアンの経歴などを簡単にまとめてみよう。
公式HPによると、オアンは1967年生まれ。シンクタンク研究員(後述)などを経て政治家に転身した。右派政党「国民運動党」に入党し、2011年には出身地アナトリア州ウードゥルの支部長になった。
国民運動党を便宜上「右派政党」と呼んだが、もっとはっきり言えば極右で、ネオナチとさえ呼ばれることもあった。冷戦時代から左派や少数民族クルド人への襲撃・暗殺をたびたび行ったためで、一時的に禁止されたこともある。
近年のオアンは「テロリズムは排除されなければならない」と述べてクルド人取り締まりを強調する一方、シリア難民の排除を求めてきた。シリア難民を300万人以上抱えるトルコは世界屈指の難民受け入れ国だが、これを進めたエルドアンへの批判は党派を超えて広がっており、オアンはその急先鋒の一人である。
オアンの思想性を一言で言い表すなら、トルコ・ナショナリストだ。現在のトルコ共和国だけでなく、遊牧民トルコ人が歴史的に移住していったカフカスから中央アジア一帯にかけての結びつきを重視する立場である。
一方、エルドアンも「強いトルコ」の再建を目指しており、この点ではオアンと大きな違いはないといえる。
エルドアンとの確執と連携
ところが、これまでオアンはエルドアンと一線を画してきた。
その転機は2015年の総選挙にあった。この選挙でエルドアン率いる公正発展党は過半数の議席を獲得するに至らず、国民運動党との閣外協力に踏み切った。指導部のこの決定に反対した者は国民運動党を除名され、そのなかにオアンもいたのだ。
今回の大統領選挙でオアンは5つの小さな極右政党の連合体「始祖連合」の統一候補として立候補していた。
こうした経緯にもかかわらずエルドアンと手を組むのは、政治家として「一番高く売れるタイミング」を逃さなかったということだろう。
大統領選挙第3位につけてキングメーカーになったオアンには、エルドアンだけでなくクルチダルオルもアプローチしていた。しかし、中道左派とみなされるクルチダルオルはオアンからみて、イデオロギー的な距離が大きい(シリア難民の排除に関してはクルチダルオルも賛成しているが)。
それだけでなく、クルチダルオルの提示した条件もオアンの要求を満たすものでなかった。クルチダルオルは閣僚ポストを約束してオアンの取り込みを図ったが、オアンは「副大統領にもなれる自分がなぜ大臣にならなければならないのか?」と述べて断ったといわれる。
だとすると、オアンは相当の野心家でもあり、エルドアンはかなり高いレベルのポストを約束したとみてよいだろう。
ロシアより政権が誕生する可能性
もし決選投票でエルドアンが勝利し、オアンが副大統領あるいはそれに準じるポストについた場合、新政権はこれまでよりG7と距離を置くことも想定される。オアンがロシアと深い関係を持っているからだ。
東西冷戦が終結した1989年にトルコのマルマラ大学を卒業した後、オアンはトルコ国際協力開発庁の職員として旧ソ連のアゼルバイジャンなどで勤務した。2000年に帰国したオアンはトルコの保守系シンクタンク、ユーラシア戦略研究センターに奉職してロシア・ウクライナ部長まで務めた経歴をもつ。
その後、2009年にはロシア外務省附属のモスクワ国際関係大学で博士号を取得している。
もっとも、オアンを「親ロシア派」とは断定できない。オアンが「トルコ人の世界」として重視するカフカスや中央アジアはロシアのナワバリでもあり、争奪の対象になるからだ。
とはいえ、その経歴に照らせば、少なくともトルコ屈指のロシア通であることは疑いない。
ウクライナ戦争に関してはこれまで目立った発言をしていないが、これ自体ロシアの立場を暗に認めるものと理解できる。
とすると、エルドアン=オアン体制が成立した場合、スウェーデンのNATO加盟の承認がさらに引き伸ばされるなど、欧米と距離を置いた対応も予想される。トルコ・ナショナリストの視点からすれば、トルコからみて重要度の高くないウクライナ問題でロシアに恩を売ることが、カフカスや中央アジアにおけるトルコの立場を認めさせる手段にもなるからだ。
ロシア通のキングメーカーの登場に揺れるトルコ大統領選挙決選投票の行方は、ユーラシアを挟む大国間の力関係にも影響を及ぼすとみられるのである。