UNRWA地下にハマスのトンネル網があったとしてもイスラエルの免責にはならない理由
- イスラエルはガザにあるUNRWA本部の地下にトンネルがあり、ハマスの司令部が置かれていたと発表した。
- 当事者の発表だけに正確性には留保が必要だが、仮に事実だったとしてもイスラエルが求める「UNRWA解体」にはリスクが大きすぎる。
- さらに重要なことは、UNRWAに問題があったとしても、それがイスラエルの免責にはならないことである。
「トンネル」の衝撃
イスラエル軍は2月11日、ガザにあるUNRWA(国連パレスチナ難民救済機構)の建物の地下にハマスのトンネルがあったと発表した。
記者団に公開されたトンネルはコンクリート製で地下およそ18メートルと深く、距離は700メートルに及んだ。いくつもの部屋があり、トイレもあったという。
イスラエル軍はこれが「ハマスの司令部だった」と主張している。
イスラエルの空爆を避けるとともに、移動や物資搬入を容易にするため、ハマスがガザにトンネルを作っていることは以前から指摘されていた。こうしたトンネルが合計500キロ)以上にも及ぶという推計もある。
そのトンネルがUNRWA本部の地下にあったと発表したイスラエルは、かねてから「UNRWAがハマスを支援している」と非難し、「UNRWA解体」を要求してきた。
さらにイスラエル政府は1月末、「UNRWA職員が10月7日のハマスによる奇襲攻撃に関与した」と発表し、これに呼応して日米を含む先進各国の多くがUNRWAへの拠出金を停止した。
これに関連してUNRWAは12人の職員を解雇していた。
「トンネル」は、こうしたイスラエルの主張を裏付ける証拠と位置づけられている。
これに関して、UNRWAは「10月12日以降、建物は無人だったので(イスラエルの言い分を)確認できない」と述べている。また、ハマスは「トンネル」をウソだと批判している。
「トンネル」で注意すべき3点
UNRWAにハマスが深く食い込んでいたとすれば、改革の必要があることは疑いない。しかし、イスラエルの主張にも注意が必要で、そこには3つのポイントがある。
第一に、一方の当事者の言い分を鵜呑みにすることはできない。
戦争にプロパガンダはつきもので、イスラエルはこれまでにも疑問の余地の大きい主張を繰り広げてきた(例えば「パレスチナ人は自ら土地を放棄した」のであって「占領」には当たらない、など)。
さらに、そもそもUNRWAはイスラエルにとって目障りな存在だった。
昨年10月以前からガザでは、およそ15年間にわたってイスラエル軍に包囲され、食料、医薬品、電気などの調達が難しい状態が続いてきた。この経済封鎖そのものが国際法に抵触しかねないもので、それを告発してきたのがUNRWAだ。
この背景のもと、ネタニヤフ首相はかねてから「UNRWA解体」を要求してきた。
その意味で、第三者による検証なしに「トンネル」の実態は断定できない。
国連のグテーレス事務総長は2月初旬、UNRWAの実態解明のための委員会を発足させたが、発見された「トンネル」も調査対象になるとみられる。
「UNRWA解体」の危険性
第二に、たとえトンネルがハマスの司令部だったとしても、イスラエルが求める「UNRWA解体」には問題が多い。
それがガザ全体の破局を招きかねないからだ。
UNRWAがハマスに肩入れしていたとしても、その一方でガザの230万人の生活にとっての生命線であり続けたこともまた確かだ。
国際的な人権団体などからも、もともと制約の多かったガザへの物資搬入が、昨年10月以降、イスラエル軍の包囲によってさらに難しくなっていると報告されている。
こうした状況のもと、UNRWAに代わってガザ市民の生活を支援できる体制がないまま、ただUNRWAだけスクラップすれば、それはほぼ自動的にパレスチナ人の人道危機に拍車をかけることを意味する。
多くのパレスチナ人がハマスを支持していることは間違いない。かといって、10月7日の民間人襲撃などによってハマスが負うべき法的責任まで、一般のパレスチナ人が共有しなければならないということにはならない。
それを無視してパレスチナ人全体の破局を黙認するなら、「よいインディアン(ネイティブアメリカン)は死んだインディアンだけ」と言い放ったアメリカ開拓民や、イスラエルを批判して「よいユダヤ人は死んだユダヤ人だけ」と叫ぶ欧米の差別主義者と基本的には同じで、そこには殲滅戦の思想があるといえる。
イスラエルの免責にはならない
そして最後に、「トンネル」がハマスのものだった場合、UNRWAやハマスは非難を免れないが、それはイスラエルの免責にはならない。
ハマスは1980年代、イスラエルによる占領に抵抗する組織として発足した。イスラエルは1948年以降、国連決議で「パレスチナ人のもの」と定められた土地まで軍事的に占領し、しかもその土地にユダヤ人を入植させてきた。
このうちガザは2005年、パレスチナ人に返還されたが、ヨルダン川西岸は今もイスラエルに実効支配されている。さらに、イスラエル政府は西岸にあるエルサレムを「首都」と定めているが、これもやはり国連決議に反する。
こうした占領政策がパレスチナ人の敵意と絶望感を招き、それがハマスを生んだのだとすれば、その環境を作ったのは他ならないイスラエルといえる。
こうしてみた時、「ハマスはテロリスト」というイスラエルの主張にも留意が必要だろう。
「テロリスト」と呼ばれないテロリスト
「テロリストが相手なら人権を無視しても問題ない」と思われやすいが、その呼称には政治的判断が作用しやすい。
1940年代後半からアジアやアフリカの各地では植民地支配に抵抗する勢力が台頭したが、その独立運動の多くは当時「支配する側」だった先進国で「テロリスト」と呼ばれた。
現代のパレスチナに関していえば、先進国はイスラエルの民間人を殺傷するハマスを「テロリスト」と呼ぶが、その一方で一般ムスリムまでも殺傷するユダヤ人入植者やイスラエル極右を「テロリスト」とは呼ばない。
国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、ヨルダン川西岸では10月7日のハマスによる奇襲攻撃以前、2022年から2023年9月までの間に、入植者(その多くはイスラエル人極右)による襲撃事件が多発し、1100人以上のパレスチナ人が土地を追われていた。
これも立派なテロのはずで、民間人の人質をとったハマスとの間に大きな差はいが、当然のようにイスラエル治安当局はほとんど取り締まっていない。
こうしてみた時、UNRWAの「トンネル」は重大な問題であるとしても、それでイスラエルが免責されるわけでないことだけは確かなのである。