青信号の横断歩道で死亡事故 執行猶予つきの定型判決に遺族の怒り
『青信号で横断歩道を渡っていた歩行者や自転車が、車にひかれて死亡――』
こうしたニュースを目にするたびに、
『死亡事故を起こした車の運転手には、きっと実刑判決が下されて、交通刑務所に入ることになるのだろうな』
そう思っている人は多いのではないでしょうか。
しかし、現実はそうではありません。
今年7月、名古屋地裁岡崎支部と東京地裁で、刑事裁判の判決が相次いで下されました。
いずれも青信号の横断歩道上で起こった死亡事故でしたが、裁判官はそれぞれの加害者に「禁錮3年、執行猶予5年」という判決を言い渡したのです。
執行猶予5年――、つまり、実際に刑務所に入れられることを保留にしてもらい、5年間、罪を犯すことなく過ごせば、この刑の言い渡しそのものが無効になるということです。
執行猶予を付けた理由についての裁判官の説明は、「同種の過失運転致死事案との刑の均衡という点をふまえ、直ちに実刑をもって臨むことが相当であるとはいえない」というものでした。
■全国各地で繰り返されている「右左折巻き込み」死亡事故
私は偶然、この2件の事故の遺族から連絡をいただいており、判決直後に以下の2本の記事を執筆しました。
『青信号の横断歩道で奪われた娘の命 危険な「巻き込み事故」に執行猶予は必要ですか?』(2020/7/19配信)
『カーナビ見ながら左折で登校中の8歳即死 息子奪われた父「甘すぎる刑に風穴開けたい」』(2020/7/20配信)
事故の状況、また判決の内容については、上記記事に書いた通りですが、被害者は2人とも青信号に従って横断歩道を渡っていました。
しかし、交差点に進入してきた車にはねられ、突然命を奪われたのです。
■被害者に過失はないが、加害者の罪は重いとは言えない?
7月15日、17日と、続けて下された2件の判決。
控訴期限は2週間しかありません。
執行猶予付きの判決にどうしても納得できなかった坂田さんと大久保さんは、それまでに何かできることはないかと考え、それぞれが数日間で署名を集め、検察庁に直接出向き、検察官とやりとりを重ねました。
しかし、検察から告げられたのはいずれも「控訴はできない」という結果でした。
結局、双方の加害者に対する「禁錮3年、執行猶予5年」という判決は、7月末に相次いで確定したのです。
では、遺族が納得できないと訴えたにもかかわらず、なぜ検察は控訴を断念したのでしょうか。
坂田さん、大久保さん、双方の遺族から寄せられた、名古屋地検、東京地検による主な説明内容を抜粋します。
<名古屋地検による控訴断念の理由>
・検察も裁判官も「被害者に過失はなかった」と認めている。過失は全て左を十分に確認せずに左折したトラック運転手にあると認識している。しかし、裁判官はトラックが交差点に差し掛かった時、被害者は未だ横断歩道には入らず歩道にいたと判断し、『被告人が確認を怠ったという罪は大きいが、その罪の程度は即実刑に、というほど重いものではない』としている。検察としてはその判決を覆すことが出来ないと判断し、控訴はしないという結果に決まった。
この説明を聞いた坂田さん夫妻は、涙を流しながら検察にこう抗議したといいます。
「私たちは担当検事から、最初にトラックが娘の自転車にぶつかった場所は横断歩道のほぼ中央で6メートル入った場所だと聞いていました。トラックが交差点に差し掛かったとき、娘はすでに横断歩道の中にいたことは痕跡からも間違いありません。トラックが曲がってきているのに娘の紗愛理がトラックめがけて横断歩道に突っ込んだとでも言うのですか?」
しかし、検察側は態度を崩すことなく、淡々と、「控訴は検討した結果、難しいと判断しました」と繰り返したそうです。
この日の検察でのやり取りは、栄子さんのブログ『さえりんの部屋』(7月27日)に詳しく掲載されています。
「命がこのように軽視されること、私たちは絶対に許せません。こんな理不尽な判決がまかり通るならこの国は無法地帯と同じで、同じ事故が繰り返されます。娘が事故に遭うまでは何も知りませんでしたが、ぜひブログなどを通じて多くの方にこの現実を知っていただきたいと思います」(栄子さん)
■カーナビ凝視は、「ながら運転」ではなく「わき見」?
一方、加害者がカーナビを注視しながら左折し、大久保海璃くんをはねた死亡事故について、検察は控訴しない理由を遺族にどのように説明したのでしょうか。
<東京地検が述べた控訴断念の理由>
・携帯電話を注視しながら事故を起こしたケースでは実刑判決が出された例があるものの、本件のようにカーナビを見ている中で事故を起こした事案では脇見運転等と同様に取り扱われ、実刑判決が出されていない例が大半である。現状の裁判例の量刑からすると、控訴によって原判決を覆す相当な理由があるとはいえない。
この説明を聞いた父親の大久保祐三さんは、憤りを隠せない口調で語ります。
「裁判官も検察官も、『信号を守って横断していた子どもには非がない』とはっきり言いました。それなのに、なぜ加害者に執行猶予が付くのか。携帯電話とカーナビ、いったい何がどう違うのか?どうしても受け入れられません。短時間にもかかわらず署名に賛同して頂いた10008人の方のお気持ちを無駄にしないため、そして息子の死を意味あるものにするために、これから私に出来ることをやっていきたいと思っています」
■交差点での右左折巻き込み事故は防げる! 声を上げる遺族たち
交通弱者のセーフティーゾーンであるはずの横断歩道上で繰り返される「右左折巻き込み」による重大事故。
本来、その場所を通過する車は、一時停止をして歩行者や自転車の有無を確認しなければならないはずです。
青信号を守り、安全だと信じている歩行者や自転車にとって、このかたちの事故は、信号無視の車が背後からいきなり飛び込んでくるのと同じで、とても避けられるものではありません。
しかし、横断歩道上の右左折巻き込み事故は、上記2件の判決を見てもわかる通り、他の過失運転致死事案と比較して「重いとは言えない」と、執行猶予付きの判決を下されるのが慣例となっており、本来なら被害者の味方のはずの検察も控訴することはほとんどないようです。
18年前、同様の左折巻き込み事故で当時6歳だった長女の菜緒ちゃんを亡くした佐藤清志さんは、坂田さんと大久保さんの事故の一審判決確定を知り、このような意見を寄せてくださいました。
「私の娘が青信号の横断歩道上で被害に遭った18年前から、何も変わっていないことに愕然としています。被害者に寄り添うべき検察までが、なぜこのような後ろ向きな判断で終わらせてしまうのか。もし、『これが妥当だ』という意識を持っているなら、変えていかなければなりません」
<佐藤さんの記事>
『4月10日は「交通事故死ゼロを目指す日」 娘の命を突然奪われた父の訴え』
また、28年前、通学中の長男・元喜くん(11歳)を、同じく横断歩道上の左折巻き込み事故で亡くした『歩車分離信号普及全国連絡会』会長の長谷智喜さんは、こう訴えます。
「日本は交通事故犯罪に甘すぎます。遺族は皆、理不尽な判決に二度号泣させられています。新型コロナの特効薬はワクチン、青信号巻き込み事故防止のための特効薬は『歩車分離信号』です。それをなかなか普及させず、仕方のない犠牲だとして加害者に執行猶予を連発する司法。もういい加減に目をさましていただきたいものです。今年6月、全国で子どもたちの分散登校が始まりました。小さく見落とされやすい子どもたちの安全を守るため、歩車分離信号の普及に向けてさらに訴え続けていくつもりです」
<長谷さんの記事>
『左折巻き込みで小学生死亡 通学時間帯にクルマが「赤」となる分離信号の導入を!』
今年2月4日、小学校に登校途中の大久保海璃くん(8)が左折車にはねられ死亡した事故から、今日でちょうど6か月です。
父親の祐三さんは昨日、自身のフェイスブックに、こう綴っておられました。
『明日で事故から半年。明日は海璃が大好きだったスイカをお供えしてあげよう!』