青信号の横断歩道で奪われた娘の命 危険な「巻き込み事故」に執行猶予は必要ですか?
そのメールが私のもとに届いたのは、7月16日、早朝のことでした。
差出人は、愛知県在住の坂田栄子さん。交通死亡事故のご遺族です。
まずは母親の栄子さんが綴られた文面を以下に転記したいと思います。
『私たちの長女、坂田紗愛理(さえり・20歳)は、令和1年6月4日、青信号の横断歩道を自転車で横断歩道中、前方不注意で左折してきた10トントラックに踏み潰されて即死しました。昨日、刑事裁判の判決が出ました。判決は禁錮3年、執行猶予5年でした。どうしても納得が出来ません』
メールはさらに続きます。
『控訴を要求していますが、検察にはなかなか動いて頂けません。今、署名を呼び掛けようと思っています。青信号の左折、右折の巻き込みはものすごく増えています。よくある交通死亡事故かもしれません。でも、今後、このような理不尽な事故を減らすためにも、ぜひ取り上げて頂きたいのです。娘は20歳で成人式を迎えたばかりでした。親として悔しくてやりきれないです』
娘の命を奪った加害者に対して、「執行猶予」がついたことにどうしても納得できず、きっと夜も眠れぬまま、控訴期限までに何かできることはないかと考え、アクションを起こされたのでしょう。
メールからは切実な思いが伝わってきました。
■ブログに綴られた、亡き娘への思い
坂田さん夫妻は、紗愛理さんの突然の死から3カ月が経った昨年9月、『さえりんの部屋』というブログを立ち上げ、家族の思いなどを詳細に綴ってきました。
その1日目は、『令和1年6月4日(火)、この日、我が家の運命は大きく変わってしまいました』という1行で始まります。
事故が発生したのは13時36分でした。
この瞬間を境に、いったい、何が起こったのか……。
母親の栄子さんのブログから、ほんの一部ですが、抜粋させていただきます。
<2019年6月4日 8時55分>
私は知人と約束があり、娘より先に家を出ました。「ママは今から出かけるけど、紗愛理も気を付けて仕事に行ってきてね」と言うと、娘は、「うん。わかった。ママいってらっしゃい」と笑顔で答えてくれました。まさか、これが紗愛理との最後のお別れになってしまうとは、思いもよりませんでした……。
<13時36分>
事故発生。
<15時30分頃>
突然、警察から私の携帯に「娘さんが事故に遭いました」との電話。私は気が動転して「娘は今どこですか? 病院ですか? 怪我の具合はどうなんですか?」と尋ねると、警察官は言いにくそうに「娘さんはお亡くなりになりました。今、警察で大切にお預かりしています」と。私は何が何だか全く理解できず、パニックになり、「嘘です!嘘です!嘘です!・・・・・」と何度も何度も叫んでいました。
<17時30分>
主人の車で警察署へ。体がガタガタ震え、現実を認めるのが怖くてしかたありません。信じたくない、きっと何かの間違いだ……、頭の中でグルグル思いが巡っていましたが、警察署で見せられた所持品(ピンク色のリュックサック、携帯電話、靴)は、無情にも娘の物に間違いありませんでした。「娘さんかどうか確認を」と言われましたが、私は怖くて、認めたくなくて、見ることが出来ませんでした。確認した主人が「頭は潰れていて目も両方無くて、顔はよくわからなかったけど、体はきれいで紗愛理に間違いなかった……」と。私は母親なのにやっぱり怖くて、かぶせてあるシートを半分だけ開けて、鼻から胸までを見るのが精一杯でした。
<21時頃>
警察から「娘さんを連れて帰っていいですよ」と言われたものの、壊れそうな娘をまさか車に乗せて帰るわけにも行かず、困っていたら「葬儀屋に連絡してください」と言われました。その後、遺体検案してもらった病院へ書類をもらいに行き、家で娘の帰りを待ちました。
<6月5日 15時頃>
ようやく娘が家に帰ってきました。紗愛理は、しっかり頭があり、髪の毛もあり、とっても綺麗な顔をしていました。眼だけは再生することが出来ずガーゼに覆われていましたが、面影はそのままで、まるでアイマスクをして寝ているようでした。納棺師の方には「紗愛理をこんなに綺麗にしてくれてありがとう」って、心から感謝しました。
<6月6日>
相手の運転手(49歳・女性)とその夫、運送会社の社長たちが我が家に謝罪に来ました。「この度は本当に申し訳ありません」と頭を下げられても、もう娘は帰ってきません。悔しくて、悔しくて、言葉が出ません。女性の運転手はただただ「ごめんなさい、私の不注意で、罪は一生償います」と泣くだけでした。
当たり前だと思っていた穏やかな日常が、その日を最後に断ち切られ、我が子の笑顔を二度と見ることができない……、そんな現実が訪れることを、誰が想像できたでしょうか。
■刑事裁判、判決は「執行猶予が妥当」
2020年3月19日、加害者のトラック運転手が自動車運転過失致死傷罪で起訴され、5月28日、名古屋地裁岡崎支部で初公判が開かれました。
しかし、6月12日の第2回公判で証言台に立った加害者の夫の言葉に、坂田さんは大きなショックを受けたと言います。
栄子さんは振り返ります。
「なぜ1年もの間、妻は謝罪に行かなかったのか、という質問に対して、加害者の夫は『謝罪に行ったら妻が殴り殺されるから止めた』と証言したのです。またこの日、加害者本人の供述内容が変わったことも信じられませんでした。当初の取り調べでは、『左折時に左を見ていなかった』と供述していたにもかかわらず、法廷では泣きながら、『見ていたけれど、見えなかった』と内容を変えてきたのです」
6月22日、第3回目公判で許された遺族(母親)に与えられた意見陳述は10分間だけでした。
この日行われた検察官の論告求刑は禁錮3年。
一方、加害者側弁護士による弁論内容は、
「加害者は反省している。現場に花を手向けた。免許はもう取らないと言っている。名前が公表されて社会的制裁も受けている。運送会社の保険に入っている。今まで事故がなく優良ドライバーだから罪を軽く執行猶予をつけて欲しい」
というものだったようです。
そして、7月15日、禁錮3年、執行猶予5年の判決が下されました。
「裁判官は判決の中で、『加害者は一応確認行為はしていた。見落として結果的に轢いてしまったが、その責任は猶予に値する。夫が監督し、もう免許は取らないこと、運送会社の保険に入っていて保険金が支払われる見込みがあることなどを理由に、今までの判例に従って、執行猶予が妥当とされる』と述べたのです。私たちは悔し涙を飲んで法廷を後にしました」(栄子さん)
■繰り返される横断歩道上での左折巻き込み事故
交通事故は過失で起こる。確かにそうかもしれません。
しかし、「青信号の横断歩道」は、交通弱者にとっての究極のセーフティーゾーンのはずです。その場所を十分に確認もせず、漫然と通過するというのは、あまりに危険な行為ではないでしょうか。
特に大型車を運転する職業ドライバーの場合、「うっかり」で済む話ではありません。
私自身、これまで右左折の巻き込み事故による死亡事故を、数多く取材してきました。そして現在も、ほかのご遺族から同様の連絡が相次いでいます。
この種の事故を減らすには、「歩車分離信号」(歩行者が青のとき、車をすべて赤で止める信号サイクル)の設置を推進すること、車の死角をさらに減らす取り組みをすること、そして、横断歩道の前で確認を怠る行為を「危険運転」として厳しく罰することで、ドライバーの意識を高めることしかないのではないかと思っています。
坂田さん夫妻は紗愛理さんを事故で失ってから、同様の巻き込み事故が多発し、大勢の人が命を奪われてきたことを初めて知ったと言います。
「うちの娘の事故だけではありません。青信号の横断歩道上で起こる交通事故のなんと多いことでしょうか。子供のころから教えられてきたルールを守って、安全を確認し、横断歩道を渡っていても、運転手の『つい、うっかり』で簡単に命が奪われてしまうことが毎日のように起こっているのです。ルールを守っていた歩行者や自転車をはねながら、大きな車を運転している加害者が『うっかり』の事故として、執行猶予で済まされるのはどうしても納得できません。私たちは犠牲者をこれ以上出さないためにも相応の刑を科し、ドライバーには右左折時に細心の注意が必要なのだと肝に銘じていただきたいのです」
坂田さん夫妻は、7月22日、名古屋高検に署名を添えて「上申書」を提出する予定です。
事故の概要や署名(21日まで受け付け)の趣旨については、下記ブログに掲載されていますので、ご参照ください。
●坂田さん夫妻のブログ
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