カーナビ見ながら左折で登校中の8歳即死 息子奪われた父「甘すぎる刑に風穴開けたい」
Yahoo!ニュース個人で交通事故の記事を執筆すると、読者の方からさまざまなメッセージが寄せられます。
少し前になりますが、2月28日に届いたメールは、私にとって特に印象深いものでした。
「はじめまして。 2月5日の記事を読ませて頂きました。あの事故で亡くなった子は私の息子です。こんな事故はあってはいけないと強く思っています。今はまだ落ち着かず、ちゃんと考える事が出来ませんが、いつか歩車分離信号が増えるように私も力になりたいと思っています」
差出人は、東京都の大久保祐三さん。
2020年2月4日、次男の海璃くん(8)を、突然の交通事故(下記の記事参照)で亡くしたお父さんです。
『8歳男児はねられ死亡 登校中、運転の52歳男逮捕―警視庁』(時事通信/2020.2.4)
海璃くんは小学校に登校する途中、青信号で横断歩道を渡っていました。そこへ、同じく青信号で左折してきたワゴン車が突っ込み、海璃くんをはねたのです。
海璃くんは、即死だったそうです。
私は2月4日の朝、テレビのニュースで偶然この事故を知りました。
『青信号を守って横断歩道を渡っていた子どもが、またしても大人の無謀な運転によって命を奪われてしまった。あと少しで学校に到着していたはずなのに……』
そのことが無性に悔しく、翌5日に以下の記事を発信していたのでした。
『左折巻き込みで小学生死亡 通学時間帯にクルマが「赤」となる分離信号の導入を!』
■マスク着用で被告人の顔すらわからない、コロナ禍の「刑事裁判」
この記事をきっかけに大久保さんと連絡を取るようになった頃、世界中では新型コロナウイルスの感染拡大が大きな問題となり、日本でも徐々に対策が取られ始めていました。
4月に入ると、その影響は全国各地の裁判所にも及びはじめます。
海璃くんをはねた加害者は現行犯逮捕され、2月14日には自動車運転過失致死罪で起訴されていましたが、4月に東京地裁で予定されていた第1回公判は5月12日に延期。
傍聴席も「密」を避けるため、傍聴人の数が大幅に制限され、普段なら約60人は座れる法廷に17人しか入れなかったそうです。
それだけではありません。大久保さんがもっとも疑問を感じたのは、被告人も新型コロナ対策でマスクを着用していたため、顔も、もちろん表情も窺い知ることができないという現実です。
「正直言って、加害者の顔など見たくはありません。でも、報道で顔写真が出ていなかったので、この先、時が過ぎ、海璃をこんな目に遭わせた人間の顔がわからないままでいいのか……、そう考えるとどうしても納得できませんでした。なにより、裁判官は被告人の表情の変化を見なくてよいのでしょうか? 透明なアクリルボードやフェイスシールドでの対応も可能ではないかと思い、私どもの弁護士が裁判所へ要望してくださったのですが、やはり厳しいらしく、加害者は最後までマスクをつけたままでした」(大久保さん)
■ドライブレコーダーが暴いた加害者の虚偽の弁解
6月19日、第2回公判が開かれました。
被害者参加代理人(遺族側)によれば、
「被告人は『現場交差点の見通しが悪かった、被告人なりの安全確認を行ったが海璃くんの姿を確認できなかった』などと弁解していましたが、被告人の運転していた車両のドライブレコーダーの映像を確認したところ、ドライブレコーダーにおいて被告人の車両から海璃君の姿が確認できました」
また、事故後、速やかに自動車を停止させなかった理由については、客観的な当時の状況と合致しない不合理な説明を繰り返したそうです。
さらに法廷では、被告人が過去に酒気帯び運転で免許取り消し処分を受け、運転免許を再取得したこと、2019年に迷惑防止条例違反によって罰金刑に処せられた前科があること等、過去の経歴等も明らかになりました。
この日は父親の祐三さんも遺族を代表して意見陳述をおこない、その後、検察官、被害者参加代理人、被告人の弁護人から、それぞれに意見が述べられました。
まず、検察官は、
「通学時間帯で歩行者が多く、見通しの悪い交差点を進行する以上は、相当注意深く安全確認を行う必要があったのに、それを行わずにカーナビを見たまま事故を起こした被告人の過失の程度が大きいこと、被害結果があまりにも重大であること、被害者遺族が厳罰を求めていること」などを理由に、「禁固3年の実刑」を求刑しました。
被害者参加代理人も、検察官同様、実刑を求めました。
■青信号を守っていた子どもが横断歩道上ではねられ死亡……、刑罰はなぜこんなに軽いのか
一方、被告側の弁護人は、
「現場交差点は事故を引き起こしやすい危険な交差点で、被告人のみの責任とすべきでない。2度と自動車を運転しないと誓約している。被告人自身には資力はないが保険によって賠償される可能性がある。被告人には迷惑防止条例違反の罰金前科があるのみである。今回の事故では逮捕勾留期間が100日間あった」
として、実刑ではなく「執行猶予」にすべきだと主張しました。
判決を翌日に控えた7月16日、大久保さんはこう綴りました。
『明日は判決です。どんな結果になろうと海璃が戻ってくることはなく、そもそも納得のいく判決などないのですが、海璃の将来を台無しにしたこと、家族をこんなにも苦しめていること、地域の子供たちや保護者へ与えた心のダメージなど、冷静にこの事故のことを考えると、最低限、刑務所に入って欲しいと心からそう思っています。我が家にとって大きな区切りになる1日になりますように……』
しかし、判決はその思いを裏切るものでした。
翌日、大久保さんから私に届いたメッセージは次の通りです。
「柳原さん、本日判決が出ました。禁錮3年執行猶予5年でした。実刑にはならなかったです。到底納得出来ない状況で控訴したいと思っているのですが、今までの判例を見る限り、検察庁としては控訴する可能性も低いと言われてしまいました。けれど控訴を求めるつもりです。結局、新型コロナの影響やらで、被告の顔もマスクでわからないまま終わってしまいました」
■青信号の横断歩道で家族の命を奪われた悔しさ
昨日(7月19日)、私は以下の記事を発信しました。
『青信号の横断歩道で奪われた娘の命 危険な「巻き込み事故」に執行猶予は必要ですか?』
この記事を読まれた方は気づかれたと思います。
20歳の娘さんを亡くされた愛知県の坂田さん、そして8歳の息子さんを亡くされた東京都の大久保さん、いずれも青信号の横断歩道上で起こった左折巻き込み死亡事故ですが、求刑(禁固3年)に対する判決(禁固3年、執行猶予5年)も、その理由も、同じでした。
日本では今、これがあたりまえの「判例」となっているのです。
でも、本当にこのままでよいのでしょうか。
かつて、飲酒運転による死亡事故が、法改正によって「過失」から「危険運転」に変わったように、横断歩道上で注意義務を怠った事故については、もっと厳しく対応すべきではないでしょうか。
判決の翌日、大久保さんは早速、検察庁に控訴を求める署名活動を開始しました。
「禁固3年、執行猶予5年……、この判決は、息子・海璃の生命の重さを軽視した、極めて不当なものと考えます。加害者は走行中に前方を注視するという、運転者にとって最も基本的な注意義務を怠り、十分な減速も安全確認もせず、カーナビを見ながら走行していました。それでも、著しい過失が認められず、刑の執行が猶予されるのではあまりに甘すぎます。ただでさえ苦しい遺族に追い打ちをかけるような判決が後を絶たない現状に、私はなんとか風穴を開けたいと思います」
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