Vシネマだけで終わらせてしまうのは惜しい復讐劇。セルフリメイクでの柴咲コウのうれしい誤算とは?
監督・黒沢清、脚本・高橋洋、出演・哀川翔と香川照之による復讐劇「蛇の道」。
1998年に劇場公開された同作が、黒沢監督の手によりセルフリメイクされた。
1998年版を原案にした新たな復讐劇の舞台はフランス。
8歳の愛娘を何者かに殺された男が、偶然出会ったパリで働く日本人の心療内科医の女性の協力を得ながら、犯人捜しへ。
男が事件の核心へと迫り、復讐へと一歩一歩近づいていく。
約四半世紀の時を経て、新たに生まれた「蛇の道」。
そこで、黒沢監督が、前作から引き継いだこと、新たに試みたこととは?
黒沢監督に訊く。全四回/第四回
柴咲さんはなにか得体の知れない怖さと
何かを突き刺すような強さが眼差しにある
前回(第三回はこちら)は、フランス・パリでの撮影について訊いた。
ここからはキャストについて。
黒沢監督のもとに、フランスと日本の一流の俳優陣が集まった。
中で、発見と言っていいのが柴咲コウの存在といっていい。
黒沢監督自身も絶賛しているが、「彼女はこんなアクションができる役者だったのか」というシンプルな驚きがある。
そのアクションに関しての話の前に、小夜子役に柴咲をと考えた理由はどこにあったのか?
「ほかでも言っているのですが、柴咲さんのあの目がいいですよね。見つめられただけで、男性はあらぬ方向へと誘導されてしまう気がする。
変な言い方になるかもで、誉め言葉かどうかもわかりませんけど、哀川翔さんを日本人の女性に置き換えると柴咲さんというか。
なにか得体の知れない怖さと何かを突き刺すような強さが眼差しにある。このようなある種の狂気をはらんだ目力のある日本の女優さんて、あまり見当たらない。
ただ、ほとんど科白(セリフ)がフランス語の上、演じる役の小夜子もかなりのダークヒロインというか非情な役で、けっしていい役とは言えない。
果たして、『こんな役ででてくれるのかしら?』と思いながら、まあ一か八かで声をかけさせてもらいました。
『だからこそやりたい!』と返事をいただけて、よかったです」
これほど全身を使えて、獰猛に動ける方とは存じていなかった
で、アクションの話になるのだが、これがすさまじい。
たとえば大男を相手に、ジムのロッカールームで果し合いのように取っ組み合うシーンがあるのだが、ほぼリアルファイトに近いアクション・シーンになっていて驚かされる。
「これは柴咲さんご本人には失礼に当たるのですが、僕としては嬉しい誤算というか。
ここまで身体能力の高い役者さんだとは思っていなかったんですね。
見ていただければわかるように求めたのは華麗でスタイリッシュなアクションではなく、泥臭い格闘で。
重いものをひきづったり、人と取っ組み合ったり、もみあったりといったことが本気でやっているように見せられればいいなと。
で、走ったり、人を抑え込んだりといったアクションが随所にあるんですけど、当初は、ある程度こなしてくれたらいいなぁぐらいに考えていました。
失礼ながら、柴咲さんが日本の映画やドラマで激しく動いているところをほとんど見たことがなかった。もしかしたら、『バトル・ロワイアル』で見ていたかもしれないですけど、まあそれもずいぶん前の話で、柴咲さんがどれぐらい動けるのかは未知数でした。
そこは正直、不安だったんですけど……。これがめちゃめちゃ動けたんですね。
これほど全身を使えて、獰猛に動ける方とは存じていなかったのでびっくりしました。発見でした」
普段はまずやらないような暴力的なシーンをお願いしました
ほかにも、「レ・ミゼラブル」でフランスのアカデミー賞と言われるセザール賞の主演男優賞にノミネートされたダミアン・ボナール、監督としても活躍する名優、マチュー・アマルリック、「ネネットとボニ」「美しき仕事」などで知られるグレゴワール・コラン、スリマヌ・ダジといったフランスの第一線で活躍する俳優が出演する。
「もう日本の西島(秀俊)さんも含めて、大変贅沢になっています。
マチュー・アマルリックとグレゴワール・コラン、スリマヌ・ダジには、普段はまずやらないような暴力的なシーンをお願いしたんですけど、快く楽しそうにやってくれました」
スタッフとキャストには事前にオリジナル版はみないように通達した理由
また、スタッフとキャストには事前にオリジナル版はみないように通達したとのこと。その意図はどこにあったのか?
「いや、深い意図はないんですけど、特にスタッフが見てしまうとオリジナルにとらわれてしまうというか。
オジリナルに倣って撮るのか、まったく新しい形で撮るのか、オリジナルに近づくのか、遠ざけるのか、どうしても距離を考えてしまうのではないかと考えたんです。
で、舞台をフランスに移すわけですから、どのみち同じにはならない。ならば、余計なことは考えてほしくないので、みないでほしいと伝えました。
なので、知っているのは僕だけ。シーンによってはオリジナルとほとんど同じことをやっている。一方でまったく違うこともやっている。
それをアットランダムに組み合わせた形になっています」
僕は、いくつになってもまったく系統の違うものを
見境なく節操なくバラバラバラと撮っていくタイプ
今年は、配信プラットフォーム「Roadstead」で独占販売された「Chime」(※8月2日より映画館「Stranger」にて上映が決定)を発表。今回「蛇の道」が公開を迎え、9月には『Cloud クラウド』の公開を控える。まだまだ現役バリバリといった印象だが、来年は70歳。今後をどう見据えているのだろうか?
「年齢としては、大ベテランといいますか、社会的には、もう定年退職していてもおかしくない年齢になっているのでしょうけど……。
幸いなことに映画監督や小説家といった職業はあまり関係ない。
俳優さんとなると年齢は大きくて、やはり年相応の限られた役しかできないことになっていく。
でも、監督は別に自分が映るわけではないし、表にでるわけでもないから、変な話、年老いてものすごくバカバカしいものを撮ってもいいし、若くしてものすごく渋くて枯れたものをとってもいい。撮らせてもらえるか、もらえないかの問題はあるけれども、年齢でどうこうという線引きはないわけです。
だから、まあ自分が撮れそうなものを今後も撮っていきたいなと思っています。
あと、映画監督ってある年齢に達したところで成熟して、ある一つのテーマに落ち着いて、そのテーマについて撮り続けていくタイプと、いくつになってもまったく系統の違うものを見境なく節操なくバラバラバラと撮っていくタイプがいる気がするんです。
僕の場合は、明らかに後者のタイプなんでしょうね。だから、さきほどいったように、撮れそうなものをなんでも撮っていければなと思います」
(※本編インタビュー終了)
「蛇の道」
監督・脚本:黒沢清
原案:『蛇の道』(1998 年大映作品)
出演:柴咲コウ ダミアン・ボナール
マチュー・アマルリック グレゴワール・コラン 西島秀俊
ヴィマラ・ポンス スリマヌ・ダジ 青木崇高
全国公開中
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