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Vシネマだけで終わらせてしまうのは惜しい復讐劇。フランスでセルフリメイクへ

水上賢治映画ライター
「蛇の道」より

 監督・黒沢清、脚本・高橋洋、出演・哀川翔と香川照之による復讐劇「蛇の道」。

 1998年に劇場公開された同作が、黒沢監督の手によりセルフリメイクされた。

 1998年版を原案にした新たな復讐劇の舞台はフランス。

 8歳の愛娘を何者かに殺された男が、偶然出会ったパリで働く日本人の心療内科医の女性の協力を得ながら、犯人捜しへ。

 男が事件の核心へと迫り、復讐へと一歩一歩近づいていく。

 約四半世紀の時を経て、新たに生まれた「蛇の道」。

 そこで、黒沢監督が、前作から引き継いだこと、新たに試みたこととは?

 黒沢監督に訊く。全四回/第一回

「蛇の道」の黒沢清監督   筆者撮影
「蛇の道」の黒沢清監督   筆者撮影

「蛇の道」を発表したころは、いま、思えば幸せな時期だった気がします

 はじめに少し訊きたいのは、「蛇の道」が劇場公開された1998年前後の黒沢監督の状況について。

 前年の1997年に「CURE」が発表され、一般的に黒沢監督が国際的に注目を集め始めたころと言われる。

 本人としてはどのような時期だったと振り返るだろうか?

「そうですね。その時期というのは、1983年に監督デビューをして、その後、いわゆる商業映画を何本か撮ったんですけど、すぐに撮れなくなり……。

 1990年代に入るとほとんど仕事もなくて、『(キャリアは)もう終わりか』という状況でした。

 ところが1990年代半ばぐらいからVシネマの仕事が入るようになり、哀川翔さんとの『勝手にしやがれ!! 』シリーズなどを手掛けることになった。突然、たくさんの仕事に恵まれることになったんです。

 ですから、『蛇の道』を発表したころというのは、いうなれば、とにかく作り続けていた時期。(映画を)作ることに明け暮れていました。

 いまだと作品ができたら映画祭から、プロモーションで取材を受け、劇場公開といった流れですけど、そのころは、映画祭に行くこともなければ、取材を受けることもほとんどなく、映画が完成すればそれで僕の仕事は終わりでした。

 作品を発表すると、どう評価されるかの前に、もう次の作品に取り掛かっている。次から次へといった感じで、次はこんなことをやってみようとか、今度はまったく違ったアプローチで取り組んでみようとか、作品ごとに自分なりのトライが立て続けにできた。

 それがどういう結果を生もうが、もう関係ないといった感じでさまざまな実験ができた。いま、思えば幸せな時期だった気がします」

「蛇の道」は、発表当時から、ほんとうによくできたリベンジものの

ストーリーだと思って、感心していた

 さきほど、黒沢監督が語ったように「蛇の道」は、「立て続けに作品を手掛けたころ」の1本に当たる。その中で、なぜ、「蛇の道」を今回リメイクしようと考えたのだろうか?

「繰り返しになりますけど、立て続けに撮っていたころの1本ではある。

 ただ、まあ、この作品は、僕が考えたシナリオではない。友人の高橋洋が書き上げたオリジナルのシナリオで。

 当時から、ほんとうによくできたリベンジもののストーリーだなと思っていて、感心していたんですよ。

 でも、当時は、ある種の流れ作業というかな。次から次へと作品を手掛ける中で、バーっと作ってしまったところがあった。

 で、四六時中そのことを考えているわけではないけれども、『この物語って、「復讐する」というすごくシンプルなコンセプトで、時代を変えても、国を変えても、キャストを全部変えても、どこでも通じる普遍性があるよな』と思っていた。

 それに加えて、当時の流れ作業のようなところで作ったVシネマの枠組みで終わらせるのは惜しいというか。『この物語を限られた映画ファンしか観ないVシネマだけで終わらせてしまうのは勿体ない』という思いが自分の心のどこかにあったんだと思います。

 ですから、今回、フランスの映画制作会社から『なにかセルフリメイクしたい作品はないか』との打診を受けたときは即答でした。『「蛇の道」をやりたい』と。

 どこかでもう一度やってみたい気持ちがありました。ただ、まあそんなチャンスが訪れるなんて思ってませんから、深くは考えていなかったですけど……。

 でも、実際にそいう話が来て、ならば『蛇の道』をやりたいといったことでした」

「蛇の道」より
「蛇の道」より

もう一度、同じ作品を作ったらどのようになるのか?

映画監督には比較的そういう秘めた欲望が必ずあるのではないか

 では、そもそもセルフリメイクにはどういう考えをもっていただろうか?

「映画監督には比較的そういう秘めた欲望が必ずあるのではないかと。

 もう一度、同じ作品を作ったらどのようになるのか、やってみたいという、そういう欲望は表立ってはいわなくてもあると思います。

 ただ、実際問題としては、なかなかそういうチャンスは巡ってこない。自分から言い出しづらいところもありますしね(笑)。

 ただ、映画史を紐解くとちゃっかりやっている監督がいる。

 知られたところで言うと(アルフレッド・)ヒッチコックがそうですね。

 彼はイギリス時代の初期に発表した作品などを、ハリウッドに渡ってから何本もセルフリメイクしている。

 ですから、今回、僕は日本からフランスに舞台を移しましたけど、ある国でやって別の国で同じ設定で作るというのは歴史的にはなくはない流れなんです。

 まあ、ただ、現代においてはなかなかできる機会はない。

 でも、(もう一度この作品に取り組んでみたいと)心に秘めていらっしゃる監督は多いのではないかと推察します。

 ただ、自分が手掛けた作品をすべてセリフリメイクしたいかというとそれはなくて。まあ、『これはもう充分やりきった、もう一回やれと言われても無理だな』と思うものと、『これはもう一回やってみたい』と思うものに割れますね。

 僕の中で『蛇の道』は『もう一回やってみたい』ものでした」

(※第二回に続く)

「蛇の道」ポスタービジュアル
「蛇の道」ポスタービジュアル

「蛇の道」

監督・脚本:黒沢清

原案:『蛇の道』(1998 年大映作品)

出演:柴咲コウ ダミアン・ボナール

マチュー・アマルリック グレゴワール・コラン 西島秀俊

ヴィマラ・ポンス スリマヌ・ダジ 青木崇高

全国公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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