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Vシネマだけで終わらせてしまうのは惜しい復讐劇。セルフリメイクでは男二人から男女の設定に

水上賢治映画ライター
「蛇の道」より

 監督・黒沢清、脚本・高橋洋、出演・哀川翔と香川照之による復讐劇「蛇の道」。

 1998年に劇場公開された同作が、黒沢監督の手によりセルフリメイクされた。

 1998年版を原案にした新たな復讐劇の舞台はフランス。

 8歳の愛娘を何者かに殺された男が、偶然出会ったパリで働く日本人の心療内科医の女性の協力を得ながら、犯人捜しへ。

 男が事件の核心へと迫り、復讐へと一歩一歩近づいていく。

 約四半世紀の時を経て、新たに生まれた「蛇の道」。

 そこで、黒沢監督が、前作から引き継いだこと、新たに試みたこととは?

 黒沢監督に訊く。全四回/第二回

「蛇の道」の黒沢清監督   筆者撮影
「蛇の道」の黒沢清監督   筆者撮影

「蛇の道」は復讐劇のパターンにまったく当てはまっていない

 前回(第一回はこちら)は、主に「蛇の道」をセルフリメイクするにいたった経緯について明かしてくれた黒沢監督。

 その中で、高橋洋氏の脚本を「秀逸」と評したが、具体的に最も惹かれたところはどこなのだろうか?

「いまさら言うまでもなく、これまでにも古今東西で復讐劇というのは数多く作られています。

 その多くは、ある登場人物が『復讐』を心に決めた瞬間からもうターゲットとなる人物は決まっていて。その標的の人物へ着々と近づいていって復讐を果たす。

 このようなストーリーラインがおおよそ復讐劇の典型だと思うんですね。

 ただ、『蛇の道』はそのパターンにまったく当てはまっていない。ある人物が復讐心に駆られていることは終始一貫しているのだけれど、彼が復讐を果たすべき相手が最後の最後までわからない。誰がターゲットになっているのかがよくわからない。次々と謎が生まれてターゲットがその都度変わっていって、どこまでいってもターゲットがわからない。これ、画期的だと思うんですよね。最後までターゲットが誰なのか、どこにあるのかわからない復讐劇ってほかにあまりないと思うんですよ。

 そこがやっぱり一番の魅力ではないかと思います」

ある意味、永遠と無限に繰り返れる復讐の負の連鎖のようなものの

本質を突いている

 確かにそう言われると、どこからかターゲット探しがターゲットになっていくような構図になっていく。異色のリベンジ・ドラマといっていいいのかもしれない。

「そうですね。

 たとえば、わかりやすいところで言えば、『忠臣蔵』は復讐劇の典型ですよね。

 ターゲット、まあおおよそは一番の悪党ということになるんでしょうけど、吉良上野介と決まっている。

 大石内蔵助をはじめとする赤穂四十七士は、吉良の首をとりにいく。

 でも、『蛇の道』は、ターゲットがわからなくて一番悪い奴がだれなのか全然わからない。わからないことで主人公は復讐心が消えるどころか、さらに募らせてしまう。むしろ復讐心が増幅してしまう。

 ある意味、永遠と無限に繰り返れる復讐の負の連鎖のようなものの本質を突いているところがあって、そこが普遍性につながっていて魅力なんだろうと思いましたね」

「蛇の道」より
「蛇の道」より

男女という設定にすることで、対比がくっきりとしたところがありました

 今回の物語は、8歳の愛娘を何者かに殺されたアルベールが、偶然出会ったパリで働く日本人の心療内科医・新島小夜子の協力を得ながら犯人を割り出し、娘の無念を晴らすべく復讐を果たそうとする。

 1998年版は男二人が手を組んでという設定だったが、男と女というように形を変えた。

 そのように設定を変更したことに対して、黒沢監督はステートメントで「深い意味はなかった」と語っている。

 ただ、作品を見ると、すごく大きな意味をもつことになった気がするのだが?

「そうですね。

 最初の段階では、深い意味はなくて、リメイクとはいえ、やはり1998年のものとは違ったものにしたい。じゃあ、主人公の一人を男から女にしてみるか?という、単純な発想でそうしてみたんです。

 ただ、おっしゃるようにそうしてみると、脚本も当然違ってきて、実際に撮影してもまったく違う要素が入り込んでくる。

 男女という設定にすることによって、対比がよりくっきりとしたところがありました。

 一番印象的だったのは、脚本を書いててのことなんですけど……。

 オリジナルは男二人が復讐していくけれども、今回は男女のペア、しかも夫婦や肉親ではなく他人同士で復讐していく。

 となったときに、まったく狙っていたわけではなかったのだけれども、自然とアルベールと小夜子の背景に思いを馳せるようになったというか。

 娘を殺した相手への復讐ですから、現在はどうかはわからないけれどもいずれにしてもアルベールには妻がいる。

 そうなったときに、小夜子にも夫がいていいかと、いい具合に話に奥行きができて。なんとなく最終的に行き着く先は、男は妻のもとへ、女は夫のところへみたいな流れになんの無理もなく自然と物語が帰結していった。これは面白かったです。

 男二人のときはぜんぜん、二人の背景に思いを馳せることなんてなくて考えもしなかったんですよね(苦笑)」

(※第三回に続く)

【「蛇の道」黒沢清監督インタビュー第一回】

「蛇の道」ポスタービジュアル
「蛇の道」ポスタービジュアル

「蛇の道」

監督・脚本:黒沢清

原案:『蛇の道』(1998 年大映作品)

出演:柴咲コウ ダミアン・ボナール

マチュー・アマルリック グレゴワール・コラン 西島秀俊

ヴィマラ・ポンス スリマヌ・ダジ 青木崇高

全国公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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