「黒人差別は“個人”でなく“構造”の問題」をあらわにしたブレオナ・テイラー射殺事件を今一度解説
今年再燃したアメリカでの大規模なBLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動が、一向に収まる気配がない・・・。
ケンタッキー州で今年3月、黒人女性のブレオナ・テイラー(Breonna Taylor)さんが警官に射殺された事件の裁判で、大陪審は9月23日、事件に関わった3人の警官のうち1人に対して、隣人への「無謀な危険行為」の罪で起訴するという判断を下した。
これは(起訴された警官とは別の警官による)テイラーさん殺害の罪ではなく、起訴された警官が窓や中庭に向け無謀に発砲し、数発が隣室まで達したことへの罪で、重罪の中ではもっとも軽い。またこの警官に対して、1万5000ドル(約150万円)で保釈を認めた。残りの2人の警官は正当防衛として不起訴となっている。
この射殺事件の現場にいた3人の警官の誰一人として殺人罪で起訴されていないということに、地元住民らは強く反発。またこれを発端に再び、全米各都市でも警察や司法制度に対する大規模な抗議活動が発生した。抗議中に2人の警官が撃たれたり、車がデモ隊に突入したりと一部が暴徒化している。
人々の失望や怒りの灯火は今年に入り、鎮火しては爆発、鎮火しては爆発をずっと繰り返している状態だ。ここニューヨークのデモは今のところ平和的に行われている。デモ参加者の黒人女性の1人はこのように話した。
「これはブレオナ・テイラーだけの問題ではない。ここにいる一人ひとりにとって明日は我が身なのです。このフラストレーションが6月以降ずっと続いている。トラウマ以外の何ものでもありません」
「ブレオナ・テイラー射殺事件」のおさらい
あの夜自宅で何が起こった?
救急外来技師として働いていたブレオナ・テイラーさん(当時26歳)は今年3月13日午前0時40分、ケンタッキー州ルイヴィル市の自宅アパートの寝室で、ボーイフレンド(27歳)と就寝中だった。
そこに突然、麻薬の家宅捜査を認める令状を持った3人の白人の覆面警官が、室内に強制的に踏み込むため、破城槌を使ってテイラーさんの自宅ドアを破壊し始めた。その音を聞いた2人は飛び起き「不法侵入者」だと勘違いしたボーイフレンドが警官に向け発砲。1人の警官が太ももに銃撃を受けて負傷した。
警官も応戦し、30発以上(16発、10発、6発ずつ)が「やみくも」に発砲された。そのうち6発がテイラーさんに当たって亡くなった。
現場にいないとわからないこともあるが、報道で知る限り「無秩序も甚だしい」捜査劇が、どの場所よりも安全であるはずの自宅で、真夜中に突然起き、命を奪われたというわけだ。
関連記事
昨年自宅で、警察に突然襲撃されて亡くなった別の「アタティアナ・ジェファーソン(Atatiana Jefferson)」事件。
事件後にわかったこと
事件後の捜査でわかったこと
- 捜査令状の内容は、実はテイラーさんともボーイフレンドとも無関係だった
- テイラーさんの自宅から麻薬はいっさい見つからなかった
- 麻薬事件の当事者は、テイラーさん宅の襲撃以前にすでに身柄を拘束されていた
それではなぜ、テイラーさん宅に家宅捜査の令状が出たのかというと、警察は当時テイラーさんの自宅から離れた別の民家で麻薬を売っていた男2人を捜査中だった。そのうちの1人(テイラーさんの元ボーイフレンド)が、麻薬取引のための小包を受け取る場所として、テイラーさんの住所を使っていたのではないかと捜査当局が見ていたためだ。
しかしすべては警察の見当違いから起こったことだった。
もう1つの争点は、強制捜査の際、自分たちが警察であることを名乗り出たのか否かだった(警官はボディカメラをつけていなかった)。
警官は「ドアをノックをし身元を明かした」と証言しているが、ボーイフレンドは「そのような警告はいっさい聞こえなかった」と証言し、両者が正当防衛を主張したが、「現場近くにいた者の証言」により、また最初に発砲したのがボーイフレンドだったため、警官側の正当防衛だけが認められた。
事件後、構造改革があったが・・・
ルイビル市では6月11日、警官による「ノックなしの家宅捜査」を禁止する「ブレオナ法案」が発令された。
また9月15日、同市はテイラーさんの遺族に対し、1200万ドル(約12億6000万円)の賠償金の支払いと警察改革を約束することで和解に合意したと発表した。
しかし、今回の大陪審の判断で、すベてがひっくり返ってしまった。
9月24日付のニューヨークタイムズ紙は「警官に殺された黒人女性は2015年以降だけで48人。そのうち起訴されたのは2件」とする衝撃的な事実を報じた。
有色人種の女性に対する警察の暴力に関する本の著者、アンドレア・リッチー氏の「ブレオナ・テイラーを殺した司法システムや構造は、殺害に対しての正義や賠償のために設定されていない」とする言葉を引用しながら、全米はおろか世界中で黒人差別問題が再注目され、解決への大きな一歩を踏み出す機運があったにもかかわらず、蓋を開けてみると、この国で何も変わっていなかったことが今回の大陪審判断で明らかになり、人々の期待を裏切り失望させたとした。
また記事では以下のファクトも紹介されている。
関連記事
警官の発砲で上記の48人の黒人女性を死に至らしめたケースにおいて「殺人罪または過失致死で起訴されたのは2件」(スティンソン教授)。そのうち1件は無罪、もう1件は現在も係争中。
2015年以降、勤務中の警官が白人女性に向けて発砲し、過失致死または殺人罪で起訴されたのは5件。そのうち3件は有罪判決。
全米でなぜこれだけ多くの人々が、BLM運動に拳を振り挙げているか?
人種差別が身近にないとピンとこないのは無理もない。そして黒人差別事件やBLM運動が起こるたびに、殺された方にも原因があるという的外れな意見が出てきがち。
しかし全米の人々がこれほど怒っているのは、そんな個人単位の話がベースではない。400年以上に及んで蓄積されたシステミック・レイシズムという積年の「構造」が問題なのだ。
最後に「ママ」と言って死んでいったジョージ・フロイドさんの事件では、息子を持つ全米の有色人種の母親が涙し震え上がった。 今すぐには変わらなくても、自分の子どもや孫に同じ思いを絶対にさせたくない、次の世代には変わってほしいという思いが、この400年以上ずっとあるのだ。だから活動家やデモ参加者は、悪しき司法制度や構造を根本から変えるために日夜闘っている。
しかし今回の件は、システミック・レイシズムがこの国でいかに根強く絡み合っているかを改めて示した。
今年発生したBLM関連記事(一部)
(Text and photos by Kasumi Abe)無断転載禁止