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大坂なおみ優勝 黒人差別に対するメッセージも含め米メディアはどのように報じたか

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
優勝セレモニーでの大坂選手の控え目な笑顔と、日の丸&星条旗。(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

9月12日、大坂なおみ選手がニューヨークで行われた全米オープンテニス女子シングルスで、2度目の優勝を果たした。大坂選手が4大大会のグランドスラムタイトルを獲得したのは、今回で3度目となる。

前回の優勝は、セリーナ・ウィリアムズ選手との決勝戦ですったもんだがあった2年前。過去記事

今回の決勝戦では、第1セットを落としその後逆転勝ちした大坂選手。このような試合展開は1994年を最後に25年間1度もなかったとして、この点でも大きな話題になった。またコロナ禍の今年は、密を避けるために無観客試合で行われ、優勝セレモニーも無観客の中で行われるなど異例の形となった。(大坂選手の家族も試合に来れなかった)

ニューヨークタイムズ紙も大坂選手の勝利をいくつかの記事で伝えている。3日付の記事を再び引用し、「Naomi Osaka Is Steadfast in Winning, and Her Message」(大坂なおみの勝利への執念と彼女のメッセージ)という見出しで、今回の試合を振り返った。

試合後、スポーツチャンネル、ESPNによるインタビューで大坂選手が「(怪我の)痛みを感じていることが相手に伝わらないような、そんな選手になりたい」と語ったことについて触れ、「体の故障がありながらも大坂選手の安定した不動の強さは、黒人に対する警察の暴力に注目してもらいたいとする確固たる思いでより完結された」とある。

大坂選手はここ数ヵ月間、黒人への不当な差別、暴力についてメッセージを出し続けてきた。

「私はアスリートである以前に1人の黒人女性です。テニスをするよりも重要な事があるように感じています」

警官に7発撃たれたジェイコブ・ブレークさんの事件直後、大坂選手は、USオープンの前哨戦のテニストーナメント、ウエスタン・アンド・サザン・オープンでの準決勝に欠場の意思を表明し、大会も試合開催を一時見合わせる事態になった(その後大会側の対応を受け、ボイコットを撤回)。テニス界をはじめスポーツ界を中心に多くの賛同者が現れ、日米をはじめ世界中の人々が注目した。

さらに同選手は、今回の全米オープンで試合ごとに警官に殺された7人の黒人の犠牲者の名前がついた7種類の黒マスクを着けて登場し、これも大きな話題となった。

ニューヨークタイムズ紙は、7日に発言したとする大坂選手のコメントをこのように報じている。

勇敢だと言われてもあまりピンとこない。私はただ、自分がやるべきだと思うことをやっているだけ。

私が黒人への不当な差別について声を上げるようになって、(否定的なリアクションにより)たくさんの人が私に大きなストレスになっているのではと聞くけど、正直なところそれはありません。

私のことを好きでないなら、それはそれでいいのです。私はただ、自分のプライドでこのように行動しています。言わんとすること、わかっていただけますでしょうか?

(7種類のマスク着用の行動が)きっかけとなって、世界中の人々がグーグルで(犠牲者の)名前や何が起こっているのかを調べ、正確に(背景や理由を)知ってもらうことができれば何よりです。人種差別はアメリカだけの問題ではありません。それは世界中で起こっています。たった今この時も、毎日どこかで差別を受けている人がいるということです。

同紙によると、一般的にテニス選手は、コーチなどから社会問題や政治問題について発言しないよう奨励されてきたが、大坂選手が声高に叫ぶ姿勢は、彼女の所属エージェントやコーチのウィム・フィセッテ氏の両方から支持されているという。

13日付のヤフー!スポーツは、大坂選手の7種類のマスク着用について、このように紹介している。

「日本とハイチの血が流れる22歳の大坂選手は、人種的不公平に対して人々の注目が集まるように行動している」

大坂選手による13日のツイート。

「ご先祖様に感謝します。先祖の血が私の静脈を流れていることを思い出すたびに、私は負けてはいけないと思い知らされるからです」

全米オープンの試合会場「アーサー・アッシュ・スタジアム」は、ウィンブルドンで黒人初の優勝を飾り、活動家としても知られる故アーサー・アッシュ選手にちなんで名付けられたところである。

これに関連しヤフー!スポーツは、WTA(女子テニス協会)の元代表、ステイシー・アラスター氏の言葉として、このように伝えた。

アッシュ選手にちなんで名づけられた試合会場で、大坂選手に優勝トロフィーが授与された。まさに彼女にふさわしい出来事でした。

大坂選手のリーダーシップのある主義主張と行動、そしてアーサー・アッシュ・スタジアムで見せた優勝劇について、(天国の)アッシュ選手はどれほど彼女のことを誇りに思っているだろうか。

ウェブニュースのバズフィードは、「People Are Applauding Naomi Osaka's Response To A Question About Black Lives Matter After Winning The US Open」(優勝後、黒人問題について質問された大坂なおみ選手の回答に、拍手喝采)と報じた。

優勝後に行われたセレモニーで、ESPNのレポーターに、7種類のマスクのメッセージについて問われた大坂選手はこのように答えた。

あなたがこのマスクからどんなメッセージを受けたか、ということです。人々がこれをきっかけに、差別問題について話し始めるようになれば。

大坂選手の返答に対し、一般の人々からこのような声が聞こえてきた。

「これよ、これよ、これなのよ。逆に問いかけを返してくれてありがとう、なおみ。すべてのことについて本当にありがとう」

「返答がなおみからの素早い逆質問になっていて、自問自答させたところがすばらしかった。(台本にない)自然発生から出てきたこの回答!! 彼女は本当に頭がいい!大好きだ!」

CNNでは、大坂選手による「(黒人差別について)話すきっかけになれば」と言う強いメッセージを引用しながら、兵庫県の西宮民主商工会による「あなたを誇りに思う。差別に対するあなたの行動を応援している」という、同選手へのリプも紹介された。

BLM ≠ 暴力的、暴動、略奪

アメリカではBLM運動が5月末に起こって以来、一部の心無い犯罪者らにより暴動や略奪が幾度となく起こってきた。そのため、アメリカ以外では、BLM運動があたかも暴力的なものと間違って解釈されている節がある。

しかしBLMであれ何であれ、デモと暴動や略奪はまったく別物だ。アメリカに住んで普通に暮らしていれば、暴動は一部の心無い犯罪者がデモを「悪用」して行ったものであり、本来のデモの多くは平和的に行われていることがわかる。

「アメリカのBLMの93%は平和的に行われている」とワシントンポスト紙

また、BLM運動を眉唾物だと感じている人は、これまで黒人がこの国でどのように暴力を受け差別をされてきたのか「歴史の真実」を知らない人が多い。そもそも黒人でない人が黒人が受けてきた「苦痛」を知る由もない。

大坂選手がBLM問題について発信するたびに「スポーツ選手が社会問題や政治について話すべきではない」「スポーツ選手は結果を出してから発言せよ」「彼女は日本人に見えない」「前は好きだったが、最近嫌いになった」などというネガティブな声もちらほら聞こえている。特に彼女が有名になればなるほど、そしてコートの内側、外側両方で話題になればなるほど。

もちろん賞賛する声も多いのだが、否定する声がBLMをきっかけに増えている。

一方、ニューヨークの試合会場では、彼女がマスクを着けてコートに登場するたびに、「From Japan」(日本からの選手)と大きくアナウンスされてきた(時に文脈によっては「アジア人選手」とアナウンスされることも)。優勝式典で、彼女の背後に大きな日の丸が掲げられたのもとても印象的だった。

大坂選手についてフォーブス誌は、影響を受けた名選手セリーナ・ウィリアムズを抜き、22歳にして世界最高額の女性アスリート(前年だけで37ミリオンドル、約37億円)に名を挙げたと報じた。黒人差別問題への彼女の強いメッセージについても、上記の通りアメリカのメディアやスポーツ専門家からは賞賛の声が沸き起こり、今回優勝した(結果を残した)ことで、メッセージのパワーや価値がますます高まっている。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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