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トランプ「鉄鋼・アルミ関税」引き上げ―「被害者意識と癒しの政治」は何をもたらすか

六辻彰二国際政治学者
下院議員と新関税について協議するトランプ氏(2018.2.18)(写真:ロイター/アフロ)

 3月2日、トランプ大統領は鉄鋼とアルミニウムの関税をそれぞれ25パーセント、10パーセント引き上げる方針を表明。トランプ大統領は「中国が不当に安い鉄鋼製品を過剰に供給しているために米国の鉄鋼業界が損失を受けている」だけでなく、「兵器の製造などにかかわる鉄鋼製品を海外輸入に依存することは安全保障にかかわる」と強調しています。

 しかし、これは中国だけでなく、日本やヨーロッパ、カナダなどからも強い懸念と反発を呼んでいるだけでなく、米国の主要な企業からも反対意見が噴出。これまででも最も大きなショックといえるトランプ政権の方針には、大きく三つの論点が見出せます。

安全保障を理由に貿易を制限できるか

 第一に、「安全保障」を理由に貿易を制限することは、そもそも認められるのでしょうか。

 トランプ政権の今回の方針は、1962年に成立した米国の国内法、通商拡大法の第232項に基づきます。ここでは「安全保障上の懸念がある場合」に、米国政府は輸入の制限を決定できると定められています。ただし、2001年の同時多発テロ事件の後、米国がそれまでになく警戒態勢を強化していた時を含めて、この条項が適用されたことはありません。

 これはあくまで米国の国内法ですが、世界全体の貿易にかかわる世界貿易機関(WTO)のルールでも、国家の安全保障を理由とした貿易制限は認められています。ただし、それは「戦時」を念頭に置いたもので、「平時」においての適用は異例です。「安全保障」をタテマエに貿易制限を行うなら、他にも同様のことをする国が続出しかねないという意味で、フィナンシャル・タイムズ紙はこれを貿易戦争における「核の選択」と呼びます。

 つまり、今回の「鉄鋼アルミ関税」導入は、少なくとも法的にはぎりぎりセーフでも、「普通ならしないこと」であるばかりか、国際的な貿易ルールそのものを形骸化させかねないといえます。

中国は諸悪の根源か

 第二に、トランプ政権にやり玉にあげられた中国の鉄鋼製品は、果たして米国の鉄鋼業にとって脅威となっているのでしょうか。

 まずワールドアトラスの統計で2015年段階での粗鉄の生産量で比較すると、第1位の中国のそれは8億383万立法トンで世界全体の50.3パーセント。これに日本(1億515万立法トン)、インド(8958万立法トン)と続き、米国は7892万立法トンで第4位でした。これにロシア、韓国、ドイツ、ブラジル、トルコと続きます。

 トランプ政権は「米国を再び偉大な国にする」と叫び、貿易赤字の解消を目指すなか、対中関係において貿易が大きな焦点になってきました。また、中国の主に巨大国有企業で生産される鉄鋼製品が、国際市場を左右する大きな力をもつに至っていることは確かです。

 しかし、中国の生産量が多いのは確かでも、トランプ氏が強調するように、鉄鋼製品が「中国の過剰供給で値崩れをおこしている」とまではいえません。実際、2015年以降、鉄鋼製品の国際価格はやや回復傾向を示しています。ここには世界全体での需給関係が影響しているとみられますが、少なくとも「中国が不当に安く鉄鋼製品を輸出しているせいで米国企業が損害を受けている」とは一概にいえません。

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 さらに、米国の鉄鋼業界が大ダメージを受けるほど、米国は中国製の鉄鋼製品を輸入していません。米国政府の統計によると、2017年の米国の鉄鋼製品の輸入(3447万トン)のうち、最大の輸出国はカナダ(567万トン)で、これにブラジル(466万トン)、韓国(340万トン)、メキシコ(315万トン)、ロシア(286万トン)、トルコ(197万トン)、日本(172万トン)、ドイツ(138万トン)、台湾(112万トン)、インド(74万3000トン)が続きます。中国のそれは74万トンで、米国向け鉄鋼製品の輸出では第11位にとどまります

 これでは「中国との貿易戦争に熱心なヒーロー」を演じることはできても、「中国製の鉄鋼製品に依存することは国防にかかわる」という主張に説得力は生まれません。

斜陽産業の保護につながるか

 それでは、何のためにトランプ政権はわざわざ鉄鋼やアルミニウムの関税を大幅に引き上げようとしているのでしょうか。ここであげられる第三の論点は、関税導入の国内的な理由としての、米国の斜陽産業の保護です。

 鉄鋼業は「米国の衰退」の一つの象徴です。米国最大の鉄鋼メーカー、USスチールが本拠を構えるペンシルベニア州ピッツバーグを含む、米国中西部から大西洋岸中部にかけての一帯は、鉄鋼や自動車など重厚長大型の産業拠点が集まり、かつては米国の繁栄を支えた地域です。しかし、技術革新に遅れ、いまやラストベルト(さび付いた工業地帯)とも呼ばれるこの一帯の沈滞は、情報通信企業が集まるカリフォルニア州のシリコンバレーなど太平洋岸の活気とは対照的です。

 かつての栄光が遠のき、設備の更新や原材料地の多角化に遅れた米国の斜陽産業の代表格である鉄鋼業界が、政府に救済を求めることは不思議ではありません。1970年代から噴出した日米貿易摩擦でも、USスチールをはじめとする鉄鋼産業は、自動車産業とともに反日運動の中心にありました。

 現代に目を転じると、この地域の多くの選挙区では2016年大統領選挙でトランプ氏が勝利しました。つまり、国際的な競争に敗れつつある産業分野の人々が、米国の歴代政権が推し進めた自由貿易より、トランプ氏の「米国第一」に希望を託したといえます。この観点からみれば、支持者を優遇するという意味で、競争力の低い業種を支援することは不思議ではありません。

 トランプ政権のウィルバー・ロス商務長官はかつて企業買収などに辣腕をふるった企業家ですが、その経歴には鉄鋼業界での買収なども含まれます。この点も、トランプ政権による鉄鋼業の優遇に拍車をかけているといえるでしょう。

 ただし、鉄鋼業の露骨な優遇は、USスチールなど鉄鋼メーカーにとっては朗報ですが、「米国企業が鉄鋼を調達するコストの向上」につながり、他の米国産業に悪影響を及ぼすものとみられます。実際、鉄鋼アルミ関税の発表を受けて、中小企業からだけでなくゼネラルモーターズやフォードといった大企業からも懸念の声があがっています。少なくとも、この措置が「米国を再び偉大にする」かは大いに疑問です。

米国の「癒し」は何をもたらすか

 今回の鉄鋼・アルミ関税の引き上げ以前から、トランプ大統領はしきりに「自由、公正、互恵的な貿易」が必要だと強調してきました。今回の決定も、米国は「不当に安い」産品を買わされてきたのだ、という「被害者意識」を前面に出すことで、(いろいろと無理のある)新たな関税の導入を正当化しているといえます。

 自分が被害者であると思うことは、かえって相手に対する強気な態度を生みやすくなります。トランプ政権の手法は、傷つき、疲れた米国民にとって「癒し」をもたらすものといえます。したがって、企業やエコノミストの多くが懸念や警戒感を抱くなか、それでもトランプ政権が「斜陽産業の象徴」である鉄鋼業の保護に乗り出したことは、経済的な成果は未知数でも、政治的には中間選挙を控えたトランプ氏にとって「自分の好ましくない状況を誰かのせいにしたい」支持者へのアピールにはなるでしょう

 その一方で、鉄鋼・アルミ関税を引き上げることは、同盟国への締め付けにもつながります。トランプ政権が中国を名指しして「安全保障上の理由」から新関税の導入を正当化したことに対して、日本やヨーロッパ、カナダなどからは「自国の鉄鋼輸出が米国の安全保障を損なうことはない」と強調する意見が噴出しています。実際、トランプ大統領は今回の措置が中国だけでなく全ての国を対象とすると強調しているものの、マティス国防長官らは「新関税の対象から同盟国を除外するべき」と主張していると報じられています。

 つまり、かつてジョージ・ブッシュ大統領(当時)が2001年の同時多発テロ事件の直後に「テロリストの側につくか、我々の側につくか」と二者択一を迫ったのと同じく、トランプ大統領は米国市場を盾に「中国に連なるか、米国の引力圏に入るか」という選択を強要しているといえます。さらに、トランプ政権はTPPを放棄し、各国と再び自由貿易協定(FTA)を個別に結ぶことに意欲的ですが、鉄鋼・アルミ関税の導入は米国への譲歩を余儀なくする圧力にもなり得ます。

 こうしてみたとき、「被害者意識」を前面に掲げ、「米国を癒すこと」を他国にさえ求めるトランプ政権の方針は、支持者にとっての慰めにはなるかもしれませんが、これまで以上に米国が「世界最大の問題児」となるターニングポイントといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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